Vol.40

元テスラのマネジャー上田北斗氏が、イーロン・マスクに学んだ「First principles thinking」とは

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上田北斗氏

2010年の春。アメリカ・カリフォルニア州にあるテスラモーターズのオフィスに、ボストンからある青年が訪ねてきた。受付にいた社員に「アポなしなのですが」と告げた彼は、こう切り出す。

「僕はハーバードビジネススクールでMBAプログラムを受けている者です。ちょうど今、インターンとして働ける会社を探しているところでして。テスラはインターンを雇っていますか?」

青年の名は上田北斗氏という。両親は日本人で、生まれはアメリカ。ハーバードに通う前は、いくつかの会社で自動車関連製品のエンジニアをやっていた。

上田氏が訪ねて来るまで、テスラはMBA学生のインターンを採ったことがなかったそうだ。だが、偶然にもその週、MBAインターンの受け入れ担当者を雇っており、上田氏はアポなし訪問から数カ月後、無事に採用される。

これが、のちに世界中に衝撃を与える4ドアセダンの電気自動車『Tesla Model S』のローンチマネジャーを務め、世界最大のリチウムイオンバッテリー工場となる予定の『ギガファクトリー』建設計画にも携わった彼の、テスラとのファースト・コンタクトだった。

システムと業務の両方を理解している点はSI出身者の強みになると相澤氏は語る
上田氏がローンチマネジャーを務めたTesla Model SのWebページ

そして今春、彼は約4年勤めたテスラを辞め、2014年から共同創業者として携わってきたDrivemode, Incにフルコミットのビジネスディベロップメント担当者として加わった。

同社が手掛けるのは、運転中に「画面を見ないでスマートフォンを操作できるUXアプリ」の開発だ。

現在はアメリカ限定でβテストを行っている最中だが、同社の考案したソリューションが完成して広く普及したら、どんな車種のクルマもスマホ一つでコネクテッド・カーに様変わりすることになる。

つまり、上田氏はこれまでのキャリアで一貫して「クルマに革命をもたらす仕事」をしてきた人物なのだ。彼はテスラで何を学び、今後の自動車産業にどんな変化をもたらそうとしているのか。未来のゲームチェンジャー候補の野望を聞いた。

入社後、最初の仕事は「4カ月で新工場を作ること」

―― テスラに入るきっかけは、ハーバードビジネススクールでMBAを学んでいる最中のインターンだったそうですね。まずはハーバードに入る前までの経歴を教えてください。

大学はワシントン州立大学に通い、メカニカル・エンジニアリングのメジャーで卒業しています。その後、小さなころからクルマが好きだったこともあって、富士通テンアメリカに入社して部品設計などを経験しました。

2年くらい働いた後、2008年に同じくアメリカのパナソニックオートモーティブシステムズへ転職し、車載用インフォテインメントシステムの開発を担当。ハーバードに入ったのが2009年なので、約1年と2カ月いましたね。

ちなみにハーバード大の近くにはMIT(マサチューセッツ工科大学)もあるので、在学中はMITメディアラボでやっていた折りたたみ式の電気自動車開発プロジェクトにも参加していました。

―― MBAの勉強だけでも大変なのに、すごいですね。

結局のところ、僕はクルマが好きなんですよ。

いったん自動車業界から離れて見識を広めようとMBAを勉強しにいったのに、学校に来ていたインターン募集情報を見たらネット企業や投資銀行などが多く、イマイチ行きたいと思えなかった。「やっぱり僕がエキサイトできるのはクルマ関係の仕事だ」と再認識しました。

―― だからテスラでのインターンを志願し、MBA取得後もテスラに戻った。

ええ。2011年にMBAを取得し、その年の5月末から正式にテスラで働き出しました。テスラでは、最初から強烈な体験をしましたね。

僕はModel Sのローンチマネジャーとして入社したので、まずプロトタイプづくりから始めなければなりませんでした。その製造ラインを(2009年に閉鎖していた)トヨタとGMの合弁工場跡地に作るのが、最初の仕事だったんですね。

そこで、(テスラモーターズCEOの)イーロン・マスクにこう言われました。「今年の10月には関係者を招いて新工場のオープンパーティーを開くから。もう3000人に招待状を送ってあるのでよろしく」って。

今考えれば、プロトタイプのデザインすら決まっておらず、古い製造ラインの解体も終わっていない状況なのに、4カ月で新工場を稼働させるという計画は超が付くほど難しいものです。

でも、当時26歳でラインの建設経験がなかった僕は、そうとも知らずに「はい、やります」と(笑)。

―― (笑)。実際に10月までに竣工したのですか?

ええ、何とか。僕よりも経験豊富なエンジニアたちは「普通なら1年以上、もしくはもっと掛かる」と言っていましたが、とにかくやり切らないとテスラではサバイブしていけませんから。

業界を変えるのは「unlearnできる専門家」と「何も知らない若者」

テスラで働く中で得た学びについて語る上田氏

テスラで働く中で得た学びについて語る上田氏

―― 今のお話しかり、テスラは他の自動車メーカーが「無理だ」と思うようなことをやり続けて今の地位を築いています。なぜこういった挑戦をやり遂げられるのでしょう?

いくつか理由はあると思いますが、一つは社員の特徴でしょうね。

アメリカの会社は日本の会社より簡単にレイオフ(解雇)できるので、テスラでもイーロンの考えに順応できない人はレイオフされます。そんな環境を生き残る人には、2つのパターンがあるんです。

1つは、ものすごく優秀で高度な専門知識を持ちつつも、過去のやり方にとらわれない人。成功体験をunlearnするというか、業界の常識や経験知を捨てることのできる人が多かった。

もう1つは、何も知らない若者。当時の僕みたいな人間です(笑)。

この2パターンの人間が、「電気自動車をすべての家庭に普及させる」というたった1つの目標に向かって全員で動く。テスラのすごさは、このパワフルさにあったように思います。

会社や組織の存在理由は何で、目標にたどり着くためのロードマップはどうなっていて、現時点でやらなければならないことは何か。この3セットがとても明確なので、皆、疑問を持つことなく前に進むんです。

もちろん、イーロンはPayPalやスペースXで「今まで誰もできなかったこと」を成し遂げてきた人なので、彼を信じてやっていけば何とかなる!という感覚も求心力になっていました。

―― よく、アメリカの企業は分業制が進んでいるといわれますが、テスラは違った?

はい。テスラでは、セールス担当者だろうがエンジニアだろうが職種を問わず全員が「今やるべきこと」に取り組みます。

さっきの新工場建設の時は担当以外の社員も協力してくれましたし、Model Sのセールス戦略が予定より遅れていた時は、僕も週末に販売店を回ったり、ディーラーとしてお客さまのところへクルマを届けたりしていました。

アメリカではかなり特殊な環境だったと思います。

「技術は矛盾を解消するためにある」

Drivemodeのオフィスにて。後ろに写る黒のダッシュボードはModel Sのもので、仲間からの寄せ書きが記してある

Drivemodeのオフィスにて。後ろに写る黒のダッシュボードはModel Sのもので、仲間からの寄せ書きが記してある

―― 目標が明確で、チームが一丸となって取り組んでも、技術的な制約に突き当たって事を成せない……というシチュエーションはごまんとあります。テスラが前例のないことをやり続けられる理由を、技術開発面から紐解くとしたら何になるでしょう?

質問へのお答えになっていないかもしれませんが、すべてはイーロンがミーティングなどでよく口にしていた「First principles thinking」という言葉に集約されるかもしれません。

日本語に訳すとしたら、「物事の本質をゼロから考える」という意味になるでしょうか。

今、この瞬間がどうなっているか? ではなく、目的を達成するにはどうなればいいのか? と考える。考え続けることで、本来必要だった打ち手が見えてくる。その打ち手を実践するために必要なことも、ゼロから考える。こういった試行錯誤の先に、ブレークスルーが生まれるのです。

そもそも、技術って矛盾を解消するものだと思うんですよ。

例えば僕がテスラへインターンに行った時に聞いたModel Sの構想なんて、技術的には矛盾だらけでした。4ドアセダンタイプの電気自動車で、航続距離と燃費を伸ばして加速もポルシェ以上、7人乗りでSUV並のカーゴスペースにするなんて、理論上は完全に矛盾していますよね?

でも、パワートレインからバッテリー容量まで、あらゆる部分を見直し、目標値を上回るための技術開発を行うことで、2年後、Model Sで85kWh仕様の航続距離は(Model Sの前にリリースされた)『Tesla Roadster』を大幅に上回る約480km以上になり、燃費もガソリン車に換算すると37.8km/l、加速や他のスペックも構想通り。技術が矛盾を解消したのです。

ギガファクトリー計画にしたって、失敗したら大損しますし周囲からは荒唐無稽なものだと思われるでしょうが、それをやらないと「電気自動車をすべての家庭に普及させる」という目標を達成できないなら、自分たちがリスクを取ってやるしかないとチャレンジする。

―― やはり、イノベーションを生むにはリスクを取らなければならない?

あ、でも、テスラではリスクについて尋常じゃないくらい議論しますよ。これも、テスラの特徴かもしれません。

今でも覚えているのが、入社後にハードウエア開発の担当VPとご飯を食べに行った時のこと。僕が「テスラのコアコンピテンシーは何ですか?」と聞いたら、彼は開口一番「リスクマネジメントだ」と答えたんです。

チャレンジングな仕事に取り組む時ほど、リーダーはどんなリスクがあり、どうすればリスクを最小化できるのか考え抜かなければダメだということでした。

だから、ギガファクトリー建設を決める際も、あの規模の工場をテスラが作る必要があるのか? とさんざん議論しました。その結果、テスラがやらなければ社会は変わらない、だからやるけど、やる以上はリスクを最小化しなければならない、と。

新しいことはやってみなければ分からないけれど、同時に執拗なほどのリスクマネジメントがなければ成功しないのだと教わりました。

Drivemodeで「普通の人たちの生活」をより良いものにしたい

現在βテスト中のDrivemode
現在βテスト中のDrivemode

―― 現在のDrivemodeでの仕事についても聞かせてください。最初に聞きたいのは、なぜテスラほどのエクセレントカンパニーを辞めたのか?(笑)

さっき「クルマの仕事が大好き」と話しましたが、もう一つ、僕がキャリアを通してやりたいことがあります。それは、普通の人たちが、日々の生活をより良くできるものを作るという目標です。

テスラに残ってもこの目標は達成できたかもしれませんが、迷ったら、とどまるより動く方を選ぶことにしているんですね。だから、Drivemodeにフルコミットすることにしました。

Drivemodeが掲げるスマホを使ったコネクテッド・カー構想は、もともとCEOの古賀洋吉が「PCやスマホはこんなに進化しているのに、なぜ車載ナビシステムやインフォテインメントシステムはこんなにひどいままなんだ」と感じたことがきっかけで生まれています。

この点について、テスラはModel Sに搭載されている17インチの液晶タッチスクリーンパネルやインターネットに接続可能なコンポーネントシステムで解消しています。ただ、テスラ車は現状、とても高価です。買えない人たちは世界中にたくさんいます。その方々にも、新しい自動車体験を提供するのが僕らの目標です。

スマホがクルマのコンポーネントシステムを代替すれば、よりリアルタイムにユーザーデータを得られるようになり、ニーズに合ったサービスを提供することも可能になる。

車載用コンポーネントシステムは、仕様を決めてから搭載するまで最速でも1年くらいは掛かります。でも、その間にテクノロジーはどんどん進化していく。そのスピードに適応する意味でも、スマホを利用したコネクテッド・カー構想は理に適っているはずです。

テスラで学んだことを活かし、応用することで、世界中の人々により大きなインパクトをもたらすことができると考えています。

―― 直近では何を「ゲームチェンジ」したいとお考えですか?

UXですね。スマホはクルマ用には作られていないので。

アプリ自体はもちろん、ハードとの接続部分にも、UX向上のヒントが隠されているかもしれません。Drivemodeはβテスト中でまだまだ道半ばですが、イーロンが言っていた「First principles thinking」を貫けば、きっと改善できると思っています。

今年中には正式版のDrivemodeをローンチしたいと考えているので、ぜひ楽しみにしていてください。

―― 貴重なお話をありがとうございました。

取材・文/伊藤健吾(編集部) 写真/本人提供

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