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80回目のル・マンで「影の主役」となった日産デルタウィングが見せた、巧妙な戦略【連載:世良耕太⑪】

タグ : エンジン, ガソリン, ディーゼル, ヒット商品, マツダ, 世良耕太, 女性, 開発者 公開

 
F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー4』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

今年で80回目を迎えた伝統の24時間耐久レース「ル・マン」。各社がハイブリッド技術を披露する場に

From TMG

今年で80回目を迎えた伝統の24時間耐久レース「ル・マン」。各社がハイブリッド技術を披露する場に

フランスはパリの南西約200km、歴史あるカトリック教会がそびえる小都市ル・マンでは、例年、1年でもっとも日が長くなる夏至近くの週末に24時間レースが開催される。1923年以来の伝統を持つ「ル・マン24時間レース」で、今年6月16日~17日に行われた大会で80回目を迎えた。

4つのカテゴリーと1つの特別枠に分類される56台のマシンは、常設サーキットと公道を組み合わせた1周13.629kmのコースを周回する。今年の優勝マシンは24時間で378周を周回。距離にすれば約5152kmで、空路ならば成田~バンコクを超え、シンガポールに近づく。F1レースなら17戦分を一気に走り抜ける計算だ。

今年のレースでは1位と2位に1周の差がついたが、昨年の1位と2位の差はわずか14秒。平均時速200km/hで24時間競争して生まれた差が、距離にして800mだった。3人のドライバーが交替でステアリングを握るとはいえ、陸上に例えれば100m走を24時間続けるような過酷さである。いっときも気が抜けない。圧倒的な性能だけでなく高い信頼性も必要で、それゆえ伝統的に、自動車メーカーの技術力を示す格好の場となっている。

2012年はエンジンとモーターを組み合わせたハイブリッド車が本格的に導入された年で、これを機会にトヨタが13年ぶりに復帰。過酷な環境でハイブリッド技術を磨き、将来の量産ハイブリッドシステムに活かす目標を掲げた。

これを迎え撃ったのがアウディだ。アウディは2006年にル・マンに初めてディーゼルエンジンを持ち込むと、この年のレースでいきなり優勝。その後、2007年、2008年、2010年、2011年と伝統のレースを制している。トヨタがガソリンエンジンをベースにハイブリッド化したのに対し、アウディは得意のディーゼルをベースにハイブリッド化した。

レースは14年の豊富な参戦経験を持つアウディと、わずか半年の開発期間で過酷なレースに挑んだトヨタの経験の差が出た。ハイブリッド車とコンベンショナルなディーゼル車を各2台、合わせて4台のマシンを持ち込んだアウディは、ハイブリッド車が1位、2位でフィニッシュ。ディーゼル車が3位と5位でフィニッシュした。

トヨタが持ち込んだ2台のうち1台は途中、アウディを追い抜きトップに立った。レースが始まって5時間後のことで、最大1分開いたギャップを縮めての逆転劇だった。だが、この車両はその後、度重なるトラブルに見舞われ、その5時間半後にリタイヤした。

「ドラッグ半減、重量半減」を追求して速さと低燃費を両立

ウィングを廃するなどの斬新なフォルムや、実験的な技術で話題をさらった『日産デルタウィング』

From Nissan

ウィングを廃するなどの斬新なフォルムや、実験的な技術で話題をさらった『日産デルタウィング』

前置きが長くなったが、今年のル・マンで観衆の注目を集めていたのは、トヨタやアウディだけでなく日産(NISSAN)が持ち込んだ1台だった。『日産デルタウィング』である。

ル・マン24時間の参戦枠は55台に制限されているが、実験的な技術を採用したマシンに対し、特別枠として56番目の参戦枠が与えられる。上位に入賞しても賞は与えられず、賞典外での走行となる。その代わり、世界に向けて技術をデモンストレーションする場が与えられるのだ。

日産デルタウィングが実験的な技術で成り立っているのは、姿形を見れば一目瞭然である。デルタウィングの名が示すとおり、三角翼の形状をしている。実際には幅10cmの細いタイヤが2本並んで装着されているが、フロントタイヤは1輪に見えるし、実質的に1輪として機能する。

レーシングカーにお決まりのウィングは見当たらないが、走行風を利用して車体を地面に押さえ付けるダウンフォースはフロアの下で発生させるため、路面に吸い付くようにして走る。あんな頼りないタイヤできちんと曲がるのか、と心配になるが、キビキビと向きを変える。

開発の狙いは「ドラッグ(空気抵抗)半減、重量半減」だ。空気抵抗は速度の自乗に比例して大きくなる。だから、高速域で走れば走るほど、空気抵抗の低減は効率に効く。つまり、燃費の向上につながる。重量も同様で、軽くすれば軽くしただけ小さなパワーで走らせることができるし、燃料の節約につながる。

パッと見の外見はバットモービルのような特異なボディーだが、非常に理にかなった構造となっている

撮影 世良耕太

パッと見の外見はバットモービルのような特異なボディーだが、非常に理にかなった構造となっている

仰々しいウィング類を取り払って前方を尖った形状にしたのは、空気抵抗を減らすためだ。四角い平面を三角形にすれば重量低減効果も大きくなる道理。この技術を乗用車に転用した場合は居住スペースの減少につながるので実現性に疑問符を付けざるを得ないが、実験的であることは間違いない。

徹底した軽量化によって、車重は475kgに抑えた。トヨタTS030ハイブリッドやアウディR18 e-tronクワトロの車重が900kgだと言えば、その軽さが伝わるだろう。軽くて空気抵抗が小さいから、エンジンのパワーも小さくて済む。トヨタが3.4L・V8ガソリン、アウディが3.7L・V6ディーゼルターボを搭載するのに対し、日産デルタウィングはコンパクトSUVのジュークが積む1.6L・直4直噴ガソリンターボをチューンして300馬力に高め、搭載している。

トヨタTS030ハイブリッドの燃料タンク容量は73L、アウディR18 e-tronクワトロの燃料タンク容量が58Lなのに対し、日産デルタウィングは40L。これだけの量で、トヨタやアウディと同じ周回数を走ることができるし、最高速は300km/hをゆうに超える。つまり、速さと低燃費を両立している。

日産デルタウィングはレース開始から7時間55分後にアクシデントによりリタイヤしたが、その特異な姿と走りは、レースを見守った多くの観衆を魅了した。注目度はトヨタやアウディと互角だった。

技術をアピールするにはマーケやPRの力も必要

ウィングを廃するなどの斬新なフォルムや、実験的な技術で話題をさらった『日産デルタウィング』

撮影 世良耕太

今年のル・マンでは、「NISSAN」の名を冠するオブジェクトなども多数見られた

驚嘆すべきは、日産デルタウィングには「日産」の名前がついているけれども、車体の設計には一切関知していないことだ。もともとは、アメリカを本拠に置くデルタウィングが車体を開発。搭載するエンジンを探したところ、縁あって日産(欧州日産)と出合い、コラボレーションが実現したというわけだ。実際のところ、日産はエンジンサプライヤーであり、それ以上にデルタウィングに対するスポンサーとしての意味合いが強い。

でも、実状を深く知らない人たちからすれば日産デルタウィングは日産のクルマに映り、「日産とは革新的な技術に取り組む勢いのある会社だなぁ」と思うことだろう。そう思わせた時点で、少なからぬ投資は回収できたことになる。サーキットに足を踏み込めば「NISSAN」の文字を配したゲートが出迎え、近くのブースには日産デルタウィングのモックアップを中心に最新日産車が並ぶ。

サーキットは日産一色だった。実効性のある技術を地道に開発することは重要だが、それが消費者の心に響かなければ商売に結び付かない。商品は機能に訴えるだけでも情緒に訴えるだけでもダメで、両者のバランスが必要なように、技術をアピールするにもマーケティングやプロモーションの力が欠かせない。2012年のル・マン24時間は、その点に気付かせてくれたイベントでもあった。




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