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ニートから自動車整備工を経てベイエリアの世界的企業へ。自称・社会不適合者の河野十行氏が語る、プログラマーがキャリアを作るということ

タグ : Twitter, キャリア, ベイエリア, 河野十行, 派遣プログラマ, 転職 公開

 
河野十行氏

ニートから自動車整備工、派遣プログラマーなどを経て現在はベイエリアの世界的有名企業で働く河野十行氏

大学を中退し、いわゆるニート生活を経て立ったキャリアのスタートは自動車整備工。プログラマーを志して一念発起するも、その後に待っていたのは多重派遣にデスマーチ……。

そんな先行きの見えない20代を過ごしていたある日本人エンジニアが今、どんな因果かベイエリアの世界的有名企業で、開発者として活躍しているという。

河野十行氏(@jugyo)、34歳。自らを「社会不適合者だった」と振り返る彼はなぜ、エンジニアとして誰もが知る世界的企業で働く機会を手にすることができたのか。その半生から、エンジニアが自らの意思でキャリアを築くためのヒントを探った。

世の中の成り立ちが知りたかった

河野氏

大学の授業に出席したのは最初の2週間。図書館にこもって哲学書を読みふける日々だった

「小さいころからゲームやコンピュータに興味があって、将来的にはゲームを作る仕事に就きたいと思っていました。家にたまたまBASICが使えるパソコンがあったので、プログラミングの真似事のようなことを小学生当時からしていましたね」

そんな幼少期のエピソードを聞けば、同年代か少し上の世代の多くのエンジニアと源流は同じように思える。だが、河野氏が実際にプログラマーとしての道を歩み始めるのは、ずっと先の話だ。

地元大阪で附属高校からのエスカレーターで入った大学は、2週間で通うのを辞めた。家が貧しく、学費は自ら働いて稼がなければならなかったが、興味のないことを習うために働くことは馬鹿らしく思えた。

世界の成り立ちを自分なりに知りたくて図書館にこもったが、ニーチェを読んでも、ウィトゲンシュタインを読んでも、大江健三郎を読んでも、自分の生きている世界とは別物のようにしか感じられなかった。

自主退学し、当時はまっていたスケボーやボルダリングに明け暮れた。冬はスキー場のホテルに住み込んで厨房や掃除の仕事をしつつ、ひたすらスノーボードを楽しむ日々を過ごした。もともとテクニカルなスポーツが好き。それまでできなかったことが練習を積むことで、少しずつできるようになるのが楽しかった。

「そろそろ働こう」

そう思って上京し、最初に選んだのは神奈川の自動車整備工場の仕事だった。コンビニで買い物をするのもはばかられるくらいの人見知り。自分にできると思えるような仕事が他になかったから、という消極的選択だった。

「結構きつい仕事で、自分と同じような派遣労働者の人たちはみな、1、2カ月で辞めていきました。辞めても行く場所のない僕は、とりあえず次の仕事が探せるくらいまではと思って1年は働き続けました」

自動車工場の次はパソコンの修理工場へ。しかしこのころすでに、河野氏の頭の中にはおぼろげながらプログラマーとして働く自分の姿が描かれていた。

「こんな仕事をしていても、とにかく新しいことを知るのが好きというのは変わらなかったんです。今後はソフトウエアが非常に重要な時代になるということは分かっていました。プログラマーになれば、世の中で何がどう動いているのかということが分かるようになると思ったんです」

工場の仕事は極限まで効率化し、捻出した隙間時間にひたすら本を読んでC言語を学んだ。同僚に「彼は仕事中に別のことをしている」と告げ口されてやりづらくなることもあったが、往復1時間の通勤時間を勉強に充てた。

限られた時間でいかに足りない知識を身に付けるかを追求した。努力を継続する方法が知りたくて自己啓発本にも手を出したし、日本経済の成り立ちを勉強し直すこともした。

決して潤沢な資金はなかったが、本に費やすお金だけは惜しまなかった。

居心地の良さに募る危機感

パソコン修理工場で働き始めて1年後。工場が閉鎖になるということで、次の仕事を探し始めた。ここでようやく、河野氏はプログラマーとしての人生をスタートさせる。

何回か面接に落とされ、たどり着いたのは渋谷にある派遣会社。いわゆる多重派遣で、デスマーチも日常茶飯事だった。

とりあえず見よう見まねで仕事をこなしつつ、派遣の特性を活かして3カ月から半年ごとに新しい環境に移るということを繰り返した。次第に「こんな自分でもプログラマーとして何とかやっていける」と思えるようになっていた。

派遣プログラマーとして2年ほどの時間を過ごした河野氏は、知り合いのツテを頼ってベンチャー企業に就職する。しかしその後も、理想の環境を求めて会社を転々とする日々は続いた。

「Rubyでの開発に携わりたくて入った万葉という会社は、非常に居心地が良い環境でした。エンジニアが働きやすい環境を作ろうという意思の明確な会社でしたし、自分たちが使いたい技術を使って仕事ができる。他の社員との関係もうまくいっていた。でも2年くらい働いて、自分から辞めました。あまりにも居心地が良すぎる気がしたんです」

派遣プログラマーだった時代を通じても、1つのプロジェクトに長くいると、だんだんと仕事に慣れてくる。状況に完全にフィットしてしまって、全てが楽にこなせるようになってくる。

河野氏はそのことに危機感を感じ取っていたようだ。

「人は本質的に、慣れた環境を変えることを嫌がります。でも、そうした環境が自分の成長を疎外しているケースもある。そのことに自覚的でありたいと思っているんです。もちろん、当時からそこまではっきりと意識できていたわけではありません。会社を辞めた理由の多くは、社長が嫌いだからとか仕事がつまらないからとか、そういったことだったと思います。先が見えないと思いながら、働きやすい環境を求めて転々としていたというのが本当のところです」

自分が半年で辞めたプロジェクトに、当時一緒に働いていた派遣エンジニアが2年、3年経ってもまだ関わっていると聞き、驚かされることがある。

「自分に合わない職場に居続けても、人は消耗するだけ。派遣エンジニアはいい現場が見つかるまで、転々と移り続けるしかない」

これは、実際に良い現場も悪い現場もたくさん経験してきた今だからこそできるアドバイスだと河野氏は言う。

突然届いたスカウトメール

河野氏のGitHubページ。積極的に情報発信を行っていたことがキャリアを開いた面もあっただろう

河野氏のGitHubページ。積極的に情報発信を行っていたことがキャリアを開いた面もあっただろう

万葉を退社した後もいくつかの会社を移り、その後フリーランスとしての活動を始めていた河野氏にある日、1通のメールが届く。

会ったこともなければ名前も知らない、ベイエリアの世界的有名企業に勤めるある日本人からだった。

「日本人エンジニアの採用を強化しており、一度オフィスを見に来ませんかという内容だったと思います。面識はありませんでしたが、自分は作ったツールをGitHubで公開したり、Twitterなどで活発に発信したりしていたので、そのいずれかを見て自分のことを知ってくれたのだと思います」

日本オフィスを見学し、さまざまな話を聞く中で、河野氏は最終的に面接を受けることにした。英語には全く自信がなかったが、「落ちて失うものは何もないですから」というひと言に背中を押されて挑戦を決めた。

思い切った決断の連続のように見える河野氏の人生だが、「実際には誰かに背中を押されて恐る恐るやってみたことが、結果としてうまくいくことが多い」のだと言う。

「面接はよく聞くアメリカのソフトウエア企業のそれで、課題を出され、途中アドバイスをもらったりもしながら、その解決法を考えていくというものでした。物事をロジカルに、センスよく考えられるか、ヒントをもらうことでまた違う視点を持つことができるかといったところが試されていたと思います。1日に5、6人と面接したのですが、面接官を務めるのは全て、後にチームメートとして一緒に仕事をすることになる人たちです。だからエンジニアは入社すると、誰もが面接をする側にもなるんです」

ビザの関係で1年半ほどは日本オフィスでの勤務となったが、現在は家族とともにベイエリアに移住し、日本でのグロースを強化するチームに籍を置いている。

数々の会社を転々としてきた河野氏だが、この職場であれば長く働いてもいいと感じているという。

仕事の目的が明確であること。一ユーザーとしても大好きで使い倒してきた分かりやすいサービスを扱っていること。Facebookと並び、他の会社ではあり得ない規模の大量のデータとトラフィックを扱う仕事であることなどが、そう考える理由だ。

「ベイエリアで働いていて面白いと思うのは、最先端の技術に簡単に触れられるということです。たくさんのフレームワークやライブラリ、ツールがここベイエリアで生まれており、日本で働いていた時には、どうしても後追い感があった。そうしたものが生まれる現場に立ち会えるというのは、すごくエキサイティングだと感じています」

自分の力でどれだけ人生をより良くできるか

河野氏

「個人の問題を人生の早い段階で片付けて、自分にとっての成功とは何かということと向き合うことが大切」と河野氏

渡米後、同僚に誘われて始めたサーフィンにはまった。毎朝、自宅から車で30分の海岸で波に乗り、それから職場で「エキサイティングな開発の時間」を過ごす。

そんな充実した日々を送る中で、河野氏はしばしば考える。なぜ自分は今のような場所にたどり着くことができたのか。似た境遇にいた他の人と何が違ったのか、と。

「行き当たりばったりに生きてきました。それでも本質は外していなかったのではないかと、今にして振り返れば思います」

河野氏の言う本質、それは、社会で生きていくのなら人の役に立つことをすべきであるという信念だ。

「例えば自分が作ったツールを、人のためを思って公開するというのもそうかもしれません。そのことが反響を呼び、ひいては自分を成長させる。社会にどう貢献するのかを考え続け、行動してきたからこそ、時には人に仕事をもらえたり、時には背中を押してもらえたりしたのだと思います」

人々の人生をより良いものにするために、インターネットはどうあるべきなのか。これまでと同じ姿勢で、今はそんなことを考えている。

「そしてもう一つ。幸い自分は目標に向かって努力し続けることができた。それは、抱えていた個人の問題を人生の早い段階で片付けて、自分にとっての成功とは何かということと向き合う余裕が生まれたからだったような気がします」

フリーターのような生活を送っていた20代前半。貧しい家庭環境が人生の可能性を狭めていると言い訳している自分がいた。ある日も祖父に向かって、いつものようにぼやいた。もしかしたら援助してもらえるのではないかという密かな期待もあった。

だが、返ってきたのは「そればっかりは仕方ないからな」という言葉。何も助けてはくれなかった。

「その時ひらめいたんです。変えようがないことをあれこれ言っても仕方がないと。ある意味であきらめがつきました。でも一方で、自分が努力することで変えられることはある。だったら自分の力で人生を良くしていこうと思えたんですね」

環境に対して文句を言うだけの人は、自分の力では人生は変えられないと思っている。良くなってくれたらと願うだけで、自分から働きかけようとしない。

河野氏はこの時を境に、自分の力で自分の人生をどれだけ良くできるのか試してみようと思うようになった。

それは、大好きだったスノーボードやボルダリングでもっとうまくなりたいと思って努力するのと、そんなに変わらないことのように思えた。

大学は中退。最初に入った会社も決して良い会社とは言えなかった。かなりハンデのあるところからスタートしたと河野氏は言う。

「人生、スタート地点からものすごくうまくいっている人もいるでしょう。登山にたとえるなら、僕はそうした人たちよりもかなり下の方からスタートしたのかもしれません。でも、登った距離で言えば他の人と比べても、かなりの長さになるんじゃないでしょうか。貧しい国や家に生まれた人は、どうしたってその環境でやるしかない。でも、人生が有意義かどうかというのは、自分の力でそれをどこまで良くしていけたかで測ればいいのではないでしょうか。スタート地点は変えられませんからね」

それは裕福な家や国に生まれた人でも同じことだ。ある程度のところまで登った人がモチベーションを見いだせなくなると言うのには、目標設定に問題があると河野氏は言う。本来はどんどんと目標を上に設定していかなければならないはずだ、と。

「僕の人生の目標はちょっと抽象的なんですが、一部の人にしか知り得ないことを知りたいという欲求が強いんです。文学、芸術、サーフィンにしたってそう。世の中にはものすごく努力した人にしか知り得ない世界というものがある。僕はそれが知りたい」

世界の成り立ちが知りたくて大学の図書館にこもっていた青年は、同じ理由でプログラマーとしての道を歩み始め、同じ理由でサーフィンに明け暮れる。

もっと知りたい。もっとうまくなりたい。そうした内なる声に応えられるのは自分だけだということにいち早く気付き、努力を重ねてきた先に今があるのだろう。

取材・文/鈴木陸夫(編集部)


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