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日産がル・マン復帰で目指す、常識はずれの「グローバル」で「バーチャル」な開発とは【連載:世良耕太】

タグ : ル・マン, 世良耕太, 日産, 開発 公開

 
F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

出版社勤務後、独立し、モータリングライター&エディターとして活動。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『auto sport』(三栄書房)。近編著に『モータースポーツのテクノロジー 2013-2014』(三栄書房/1680円)、『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

日産は2014年5月23日(ゴー・ニッサンの語呂合わせ)、2015年にル・マン24時間レースに復帰すると発表した。1999年を最後に伝統のレースから離れているので、16年ぶりの復帰となる。また、ル・マン24時間をシリーズの一戦に含むFIA世界耐久選手権(WEC)にも参戦する。

ル・マン/WECはにわかに活況を呈してきた。2011年までの最上位カテゴリー、LMP1(Le Mans Prototype)はアウディとプジョーのディーゼルエンジン勢が盛り上げていた。2012年にトヨタがガソリン自然吸気エンジンベースのハイブリッドシステムを引っ提げて参戦すると、アウディもディーゼルエンジンをベースにハイブリッド化して対抗。2014年にはポルシェが16年ぶりの復帰を果たし、「Back where we belong.」とファンにメッセージを投げつけた

新しいレギュレーションが、メーカーにとってのやりがいに

自動車メーカーがこぞってル・マンに戻るのは、技術的に挑戦しがいのあるレギュレーションになっているのが最大の理由だ。2011年にハイブリッドが選択できるようになったのも大きいが、2014年に導入された規則は画期的だ。

1周あたりに使用できる燃料の量と、瞬間的に利用できる燃料流量を規制したのである。前者は燃費に、後者は出力に影響を与える。LMP1はハイブリッドシステムとすることが義務付けられているが、1周あたりに放出できるエネルギー量は2MJ/4MJ/6MJ/8MJの枠が定められており、メーカーは自由にその枠を選択することができる。

トヨタとポルシェは6MJの枠を選択したが、6MJがどれくらいのエネルギー量かというと、モーターの出力が200kW(約272馬力)だった場合、1周あたり30秒間アシストできる計算になる。ル・マンは1周13.629kmで、1周およそ200秒から210秒で周回する(平均速度は240km/h前後)。放出エネルギー量のランクをひとつ上げると、ラップタイムを1秒短縮する効果が得られる設定だ。

ただし、車両の最低重量が一律870kgに定められているのが頭の痛いところだ。放出エネルギー量の上のランクを狙うほど、高出力なシステムが必要になり、重くなってしまう。パフォーマンスを高めるなら大きな放出エネルギー量は魅力だが、それを活かすには、システムを軽くコンパクトに成立させる必要があり、ここに技術的なチャレンジがある。

ル・マンのBSFC基準は量産車のそれに近いため、エンジンの技術改良の場には最適

ル・マンのBSFC基準は量産車のそれに近いため、エンジンの技術改良の場には最適

エンジンの開発も魅力だ。

例えば6MJのランクを選ぶと、1周あたりに使用できる燃料のエネルギー量は139.5MJになるが、容量に換算すれば4.79Lになる。燃費にすれば2.85km/Lだ。

「何だ、そんなに悪いの?」と思うなかれ。ル・マンでは1周の75%が全開(つまり、アクセルペダルを床まで踏みつけている)であり、500馬力以上の出力を発生させているのだ。

1kWの出力を1時間出し続けた時に何グラムの燃料を消費するかという指標を【燃料消費率=BSFC】というが、BSFCという尺度を当てはめると、ル・マンを走るマシンのエンジンは、エコカーに分類される量産車が積むエンジンといい勝負をする。

領域によってはル・マンのエンジンの方が勝つ。熱効率の尺度を当てはめれば、量産エンジンよりもル・マンのエンジンの方が上だ。

耐久レースで勝てる効率の高いエンジンやハイブリッド技術を開発すれば、量産車にも活用できる。そんな実利的な魅力が、自動車メーカーをル・マンに引き寄せている。

エンジン選択の自由さが独自の技術革新につながる

ル・マン/WECの懐が深いのは、エンジンに関する締め付けが緩いことだ。ガソリンに限らずディーゼルを選べるのは無論のこと、排気量も、気筒数もシリンダー配列も自由。自然吸気でもいいしターボでもいい。

ハイブリッドにも選択肢があり、ブレーキング時の運動エネルギーを電気エネルギーに変換する運動エネルギー回生システム(ERS-K)に加え、排気が持つ熱エネルギーを電気エネルギーに変換する熱エネルギー回生システム(ERS-H)が認められている。

アウディは4L・V6ディーゼルにERS-Kの組み合わせ。パワーアシストを行うモーターはフロントに搭載する。一方、トヨタは3.7L・V8ガソリン自然吸気とERS-Kの組み合わせ。フロントだけなくリヤにもモーターを積むのが特徴だ。

ポルシェもガソリンだが、2L・V4直噴ターボとERS-K&ERS-Hという冒険的なパッケージを選択した。

Nissan ZEOD RCに積んだわずか40kgのエンジン。このコンパクトさで400馬力のパワーを生み出す

Nissan ZEOD RCに積んだわずか40kgのエンジン。このコンパクトさで400馬力を生み出す

アウディ、トヨタ、ポルシェがそれぞれ独自の技術を引っ提げて技術力を競っているのが現在のル・マンである。

そこに来年、日産が殴り込みを掛けるわけだが、彼らは「ライバルたちとまったく異なる方法で勝ちたい」と宣言する。

日産は6月14日~15日に開催されたル・マン24時間の特別枠で、1.5L・直列3気筒直噴ターボエンジンを積んだNissan ZEOD RCを走らせた。

アウディが積むディーゼルエンジンは200kg弱。トヨタの3.7L・V8ガソリンエンジンは105kgで、このクラスでは超軽量の部類に入る。だが、日産のエンジンはわずか40kgである。このエンジンが400馬力のパワーを発生する。

ZEOD RCは電気エネルギーだけで13.629kmのコースを1周しつつ、最高速が300km/hを超えるのが特徴だが、補助で積んでいる小さいけれども力持ちなエンジンも、十分に革新的でユニークだ。

日産が目指すのはスムーズな技術移植

日産の取り組みがユニークなのは、パワーユニットに関してだけではない。2015年に投入するLMP1カーは、マシンの外観を量産車に似せるというのだ。何に似せるかといえば、日産の看板モデルであるGT-Rだ。

伝え忘れたが、日産が2015年のル・マン/WECに投入するLMP1カーの名称は『NISSAN GT-R LM NISMO』である。

アウディにしてもトヨタにしてもポルシェにしても、ル・マン/WECに投入するLMP1カーから特定の量産モデルをイメージするのは難しい。ところが日産は、「ひと目見てGT-Rと分かるルックスにする」と、日産のモータースポーツ活動を担うNISMO Global Head of Brand, Marketing & Salesのダレン・コックス氏は明言した。

それだけではない。次期GT-Rは、「LMP1プロジェクトからインスパイアされたクルマになる」こともはっきりと語った。「マーケティング上都合がいいからGT-Rの名前を使うわけではない。純粋にLMP1プロジェクトを通じて開発した技術を次期GT-Rに移植したいと思っている」と。

ヒントはこうだ。「現在のLMP1カーの操作は複雑すぎる。クルマを始動するだけでも、状況に応じて5つの異なる手順がある。コクピットで調整できるセットアップのパラメータもたくさんあり、ドライバーの手に負えないほどだ。この状況を何とかし、次期GT-Rに活かしたい」

日産が目指す、「開発拠点を持たない開発」

と、開発の方向性を語っているのが日本人でないところに、日産のグローバルな立ち位置が現れている。それどころか、開発の拠点も日本ではない。ヨーロッパでも、アメリカでもない。

NISSAN GT-R LM NISMOが「グローバル」で「バーチャル」に開発された車両第1号となる

NISSAN GT-R LM NISMOが「グローバル」で「バーチャル」に開発された車両第1号となる

「グローバルだ」とコックス氏は説明を続ける。

「もっと言えばバーチャルだ。現実的には何らかの施設は必要だろうが、F1チームのように立派できらびやかな施設は必要ない。プロジェクトに携わる人間が1ヵ所に集まる必要はなく、打ち合わせはSkypeでも電話でもいい。クルマの設計と製造はグローバルでやるし、チームはバーチャルだ」

レーシングカーの設計・製造は実体のある拠点で行うのが常識だった。ル・マン/WECに参戦するならヨーロッパに拠点を置くのが一般的だ。だが、コックス氏は「ル・マンが終わったらヨーロッパを離れてレースを行う。だから、シーズンを通じて3カ月しか滞在しないヨーロッパに拠点を置く意味はない」と言い切る。

だから日産は、ヨーロッパにこだわるつもりはない。それに、グローバル(実際には日米欧)に散らばる有能な人材を特定の拠点に集結させるのは非効率的、という考えの持ち主でもある。情報交換を行うだけなら物理的に近い距離にいる必要はないし、モノづくりにしてもそう。1台のクルマに組み上げる場所は必要だとしても、個々のコンポーネントを同じ拠点で製造する必要はないし、屋内試験やテストにしても同じである。

「グローバル」で「バーチャル」とはそういう意味だ。日産は革新的なクルマづくりだけでなく、革新的なモノづくり体制の構築にも取り組もうとしている。

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