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Apple Store店員→米Appleでジョブズと仕事→Evernoteへ。ある日本人デザイナーの立志伝【特集:New Order】

タグ : Apple, Evernote, UIデザイナー, シリコンバレー, スティーブ・ジョブズ, 中島大土ランツ, 転職 公開

 
Evernote Corporation Principal Designer
中島大土ランツ氏
1986生まれ、米シアトル育ちの日本人。シラキュース大学で約1年間エンジニアリングを学んだ後、日本の上智大学へ。在学中からApple Store銀座で働き、ある日iPhone/iPad各種のハードウエア開発をしていたマイケル・ローゼンブラットと出会ったことから、2000年代後半に渡米して米Apple本社へ勤務。New Technologies TeamやiPod UI Design Teamなどを経験した後、2013年8月からEvernoteにジョイン

プログラミングやUIデザインの実務経験は皆無。Apple Store銀座で働いていた若者が、のちに米Appleで故スティーブ・ジョブズともミーティングを共にするチームで仕事をすることになり、現在はシリコンバレーでEvernoteのデザイナーとして活躍している。

そんな、夢物語のような経歴を持つ20代の日本人がいる。

「これまでのキャリアを振り返ると、とても幸せな偶然に恵まれたと思っています。僕はただ、その偶然をチャンスとしてとらえ、チャレンジを繰り返してきただけなんです」

この物語の主人公、中島大土ランツ氏の言葉を、自己啓発本にでも載っている空虚なフレーズのように感じる読者もいるかもしれない。だが、彼はほんとうに幸せな偶然に恵まれただけのラッキーボーイだったのだろうか?

事実は小説より奇なり。中島氏は自らの行動で偶然を必然に変えながら、今もかの地で挑戦を続けている。

なぜ、中島氏はAppleやEvernoteでキャリアを築くことになったのか。そして、実力主義の世界といわれるシリコンバレーで、開発未経験だった中島氏はなぜ生き残ることができたのか。

その理由を探っていくと、「仕事の意味」について考えさせられる逸話が数多く隠されていた。

Appleへの扉を開いた、一通のお礼メール

From Yoshikazu TAKADA
物語の最初の舞台となったApple Store銀座

両親が米シアトルに移住していたため、出生から高校までの時期をシアトルで過ごした中島氏。その後ニューヨークにあるシラキュース大学に進み、1年ほど機械工学の勉強に励んでいたが、「日本人として一度は日本で暮らしてみたい」と考えて上智大学へ。

物語の最初の舞台となったApple Store銀座には、“帰国”の直後に入っている。

「Apple製品が大好きで、シアトルにいたころからApple Storeで働いていました。なので、当時勤めていた店舗から『日本に行ってもApple Storeで働きたい』とメールして入れてもらったのです。午前中は大学に通い、午後から夜まではテクニカルサポートの仕事をする、という二重生活の始まりでした」

最初はカスタマーや周囲とのコミュニケーションがうまくいかず、苦労したそう。日常的な会話はほとんど問題なかったが、アメリカ育ちでモノの考え方の基本がアメリカ人的だったからだ。

日本語の持つ微妙なニュアンスや、「言外の含み」のようなものが分からない。クライアントとのやりとりや社内での発言でも、しばしば見えない壁にぶち当たる。

「その時は『壁』があるということ自体を分かっていなかったので、対処の仕方も分かりませんでしたね」

日本人の顔カタチを持ち、日本語も淀みなくしゃべる…….。だから周囲の人たちは、目の前の彼がアメリカ的な思考を持つ若者だと気付かない。事情を知る社内のスタッフですら、中島氏が日本生まれではないことを忘れてしまう。

当の本人には、そこの部分が分からなかったのだ。

とはいえ、何度か遭遇したそんなトラブルが、中島氏に相手の言葉を慎重に聞き取る習慣をもたらす。結果、丁寧なカスタマー対応が認められ、契約社員に。転機が訪れたのは、その直後の2000年代後半だ。

いつも通りにStoreで働いていたある日、「Apple本社から社員が来たので」と、英語の話せる中島氏が対応を任された。

「いろいろ話をしているうち、彼がiPodの開発に携わるエンジニアだと分かったので、メールで来店のお礼をする際に『Storeにはこんな不具合の相談が寄せられている』と事例をいくつか書いて送ったんです。そうしたら、翌年再来日したその方が、僕のことを覚えていてくれて。『ご飯でも行かないか?』と誘ってくれたのです」

その人は、iPod touchなどのハードウエア開発に携わっていたことで知られるマイケル・ローゼンブラット氏(現Seamless Toy Company・CEO)だった。中島氏はディナーの席で、「いつか本社で働いてみたい」と熱く語った。

すると、その年の11月、突然ローゼンブラット氏から「わたしのチームに空きができたから、本社に来ないか」と打診が来たのだ。

中島氏があとで聞いたところ、「一緒にディナーをした席が入社面接だった」そうだ。

「あの時は、『自分には開発経験がない』などと消極的なことは考えず、すぐに渡米しますとお返事しました。2カ月後には、Apple本社のあるカリフォルニアにいましたね」

若さゆえの怖いもの知らずだったのかもしれないが、「若かったから跳べた」とも言えるだろう。

Appleの超精鋭が集まるチームで、「素人」がやり続けた2つの行動

中島氏をスカウトしたマイケル・ローゼンブラット氏(彼が創設したSeamless Toy CompanyのHPより)

Apple製品を売る側から、作る側の人間へ。

開発やデザインを生業にする者にとっては、まさに夢のような話だが、入社後には大きな壁が待ち構えていた。

前述のように、中島氏はエンジニアリングをシラキュース大学にいた1年ほどしか学んでおらず、いわゆる実務経験もゼロだった。なのに配属されたのは、「New Technologies Team」と呼ばれる少数精鋭の部門だったのだ。

ローゼンブラット氏がリーダーを務めていたこのチームは、CEOだったスティーブ・ジョブズ氏に直接プレゼンを行うこともある特殊な部門だった。同僚は、MITやアイビーリーグ(米の名門私立大学8校の総称)をトップクラスの成績で卒業している秀才たち。中島氏の知識不足、経験不足は際立っていた。

「だから入社後は、はんだ付けからソフトウエア開発、UIデザインまで、すべてをゼロから必死になって学びました。それでも、周囲の同僚たちとは出せるクオリティに差があるので、徹夜してでも『やれることは全部やる』といった毎日でしたね」

今でも鮮明に覚えているのは、その後iPod UI Design Teamに移り、タッチスクリーン搭載のiPod nano (6th generation)をリリースする前のこと。nanoの小さなスクリーンの中にどうアイコンを表示させるのかをプロトタイピングし、ジョブズ氏に説明することになっていた。

「当時は何をやるにも『スティーブならどう判断するか』と考え続けていました。そうして作ったアイコンの表示案を副社長に渡す前に、4×6インチの紙にちょっとずつ色の違うアイコン案を何十枚分も印刷して準備しました。スティーブのディテールへのこだわりは尋常じゃないので、そのくらい入念に準備する必要があったんです。その後、副社長がスティーブとのレビューから戻って来るまでの時間は、永遠のように感じましたよ(笑)」

こうした修羅場をいくつもかいくぐって、チーム内で信頼を得ていった中島氏は、「素人」である負い目を2つの行動で払拭してきたという。

1つは、失敗を怖がらないこと。

「最初は不安でいっぱいでしたし、『こんな優秀な同僚たちの中で俺はやっていけるのか』と自問自答する毎日でした。ただ、抽象的な物言いですが、いったん“崖”に飛び込んでみないと、どのくらい深い崖なのかって分かりませんよね? 仕事も同じで、失敗を恐れていたら前に進めない。『失敗したらその時学べばいい』という気持ちで、何にでも挑戦するようにしていました」

そして、自分に課したもう1つの行動習慣が、分からないことを恥ずかしがらずに聞くことだった。

「周りが皆優秀だと気遅れしてしまい、質問すらできなくなるものなんです。でも、分からない時は素直に聞くという一歩を踏み出すだけで周囲との関係が変わりますし、教わった以上は成果で返そうと努力するようになります。アメリカはアピールすることで認められる社会ですから、『声に出す』ことは思った以上に大切なのです」

両方とも誰でもできることだが、実践し続けるのはとても難しい。尋ねて教えられたことを確実に自分のものにしていかなければ、次の質問に答えてくれる人はいなくなる。中島氏はそれを人並み以上にやり続けることで環境に適応し、結果的にチーム内で存在感を高めていった。

世界最高峰のスキルを持つ人が集まるチーム内でも、こうした基本的なやり方が通用するというのは示唆深い。むしろ、世界最高峰のスキルを持つ人が集まるチーム内だからこそ、学歴やキャリアのような付随的な事情に左右されることなく、基本的なやり方が通用したのかもしれない。

「今のデジタル社会には、もっと発見があっていい」

「iPodは人間と音楽の関係を変え、iPhoneは人とコンピュータの関係を大きく変えました。僕が仕事をする上で、『世の中を変える』というのはとても重要な意味を持っています。どうせ仕事をするならたくさんの人の役に立ちたいし、自分1人では無理ならば世の中を変えそうな人たちと一緒に仕事がしたい。その思いがあるから、徹夜だってできるし、知らないことを貪欲に学ぶこともできたのだと思います」

このポリシーは、昨年8月にAppleからEvernoteに転職した理由にもなっている。

「そろそろ新しい世界に挑戦をしたい」と思い始めていた中島氏は、行きつけだった寿司屋『吉祥』の元オーナーシェフが自宅で行ったBBQパーティーで知り合ったEvernoteの副社長アレックス・パチコフ氏と再会する(※シリコンバレーで有名なEvernoteの「Wednesday Sushi」を握っていたのも、このシェフである)。

同氏との会話を通じて、次第にEvernoteへの転職に興味を持つようになったそうだが、その時に言われた言葉が頭を離れなかったという。

“We want to eliminate the amount of ambient stupidity in the world.”

意訳するなら、「われわれは世の中の“ムダ”(物事の本筋の重要なことがあるのに、それまでの準備や過程に時間や動力を使うこと)を取り除いていきたい」といったニュアンスになるだろうか。“第二の脳”であるEvernoteを軸として、人々のライフスタイルをよりスマートにしようと本気で取り組む社員の話を聞くうち、この言葉に共感を抱くようになっていった。

「今のデジタル社会には、もっと『発見』があっていいと思うんですね。Evernoteは、メモアプリという情報を記憶する機能を拡張しながら、レシピや写真などさまざまなデータを出し入れできるクラウドサービスとしてユーザーに幅広い体験を提供しています。その先にどんな発見があるのか、一緒に可能性を探ってみたくなったのです」

その思いは、同社が昨秋立ち上げた『Evernote Market』の動向を間近で見ながら、さらに強くなっている。

「僕もEvernote Marketで売っている『ひらくPCバッグ Evernote Edition』を使っているのですが、とてもスマートにデザインされていて使いやすいんですよ。Evernoteのロゴの下、フィジカルとデジタル、ソフトとハードの境界線を超えるようなモノづくりをしていく一員でいられるのは、とても刺激的なことだと思っています」

IoT(モノのインターネット)の動きなども顕在化し始めた今、本当にユーザーの体験を拡張するようなプロダクトをどうデザインするべきか。その答えは、中島氏もまだ持っていない。

それでも、Appleで学んだ仕事哲学は、彼に自信と期待を抱かせる。

「僕は日本とアメリカ両方にルーツを持っているので、日本人とこちら(アメリカ)の人との違いについて考えることが多々あります。その一つに、日本人は失敗を怖がるがゆえに不言実行を好む一方、シリコンバレーの人たちは有言実行するというのがあります。失敗から学ぶことを前提にチャレンジし、言ったことは責任を持ってやり遂げるんです。僕は、自分の仕事で世の中を変えたいと本気で思っているから、Appleに飛び込み、今はEvernoteで仕事をしている。根拠のない自信かもしれませんが、今後もチャレンジを続け、必ず有言実行したいと思っています」

>> 特集「New Order」過去記事一覧はこちら

取材・撮影/斉木修一 文/伊藤健吾(ともに編集部)




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