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Honda「テレマティクスの第一人者」が語る、ビッグデータ時代も受け継がれるDNA【連載:匠たちの視点-今井武】

タグ : Honda, カーナビ, テレマティクス, ホンダ, モノづくり, 今井武, 東日本大震災, 自動車業界 公開

 

プロフィール

本田技研工業株式会社 役員待遇参事 グローバルテレマティクス部部長
自動車技術会 フェロー

今井 武氏

1976年入社。本田技術研究所に配属以来、デジタルメータや電子コンパス、ナビゲーション分野の技術開発に携わる。1991年に2代目レジェンドに搭載された『デジタルマップナビ』以降、開発リーダーとしてカーナビサービスやテレマティクスサービスの普及に努める。2012年には2012年には役員待遇参事に就任。2011年、第61回自動車技術会開発技術賞受賞。東日本大震災でのインターナビによる取り組み『通行実績情報マップ』は同年、グッドデザイン賞大賞を受賞

クルマの情報化が加速している。

いまや大衆車にも標準搭載されるようになったカーナビは、もはや単なるルート検索を行うだけの機器ではない。カーナビの画面には地図だけではなく、ドライバーが必要とするさまざまな情報が映し出されるようになっているのは、ドライバーであれば周知の事実だろう。

しかし、今日の自動車の情報化はカーナビの小さな画面に収まらない規模に拡大している。

例えば、ナビゲーションサービスの利用者から許諾を受けて収集したビッグデータを匿名の統計データとして解析処理することで、交通事故や渋滞多発地帯の発見や、故障予測、衝突防止技術の精度向上、さらには“自動運転車”実現のための機械学習にも利用されているようになってきているからだ。

このようなクルマの情報化によって集められた、テレマティクスデータ活用の広がりは、これからの自動車の進化のみならず、自動車産業の発展、さらには社会全体の行く末に大きな影響を与えることになるだろう。むろんこの領域に国境は存在しない。

期せずして入社したHondaで得た“世界初”へのこだわり

テレマティクス分野の第一人者である今井だが、就職時は「自動車メーカー希望」ではなかった

今から遡ること37年前。将来、テレマティクス分野の最前線で活躍することになる1人の若者がHondaに入社した。現在、同社のテレマティクス領域をけん引する今井武その人だ。

「僕が大学の電子工学科を卒業した年はオイルショックの翌年で文字通りの就職難。10社ほど受けて最後に採ってくれたのがHondaでした。大学に戻って教授に就職の報告に行くと『クルマのセールスをやるのか?』って言われたのを今でもよく覚えています。当時はそれくらい電子工学出身の学生が自動車メーカーに就職するということに違和感があった時代でした。僕自身もそうでしたが、たいていの同期は、卒業したら電機メーカーに入るものだと思っていましたからね」

1977年、研究所に配属された今井は、デジタルメータや電子コンパス、ドライブコンピュータの開発にかかわるようになる。

そんな彼の傍らでは、別の開発チームが現在のカーナビの祖先にあたる機器の開発を進めていた。1981年にHondaが世界に先駆け発売した『エレクトロ・ジャイロケータ』である。

このエレクトロ・ジャイロケータは、今日のGPSを利用するカーナビとは趣を異にしている。

まず、現在位置はヘリウムガスが直進しようとする慣性力を利用したガスレートジャイロセンサが、ガス流の変化によってクルマの方向を検知。その値をタイヤの回転で割り出した距離センサの値と組み合わせ、クルマの位置を算出していた。

これは、かつて航空機が自機の位置を知るために使っていた方法を応用したものだ。表示用のマップは紙製でスライドのように差し替えて使うため、画面が自動的にスクロールすることもない。

「当時はGPSもデジタル地図もない時代で、世界初のチャレンジでしたから、隣で別の仕事をしながら、先輩たちの仕事ぶりを眺め、面白そうだなって感じていましたね」

そんな光景を目の当たりにした時、今井の頭の中には本田宗一郎の相棒として、長らく副社長を務めた藤沢武夫の言葉が浮んだと今井は振り返る。

「それは、『たとえ小さい松明(たいまつ)であろうと、Hondaは自分でつくった松明を自分の手で掲げて、前の人たちには関係なく好きな道を歩んで行く』という藤沢の言葉です。同時に自分もHondaに入ったからには、誰かの後姿を追うのではなく、自ら先頭に立つような仕事にかかりたいと思うようになったのは、あのプロジェクトを間近に見たことがきっかけでしたね」

エレクトロ・ジャイロケータの発売から約4年。今井は次世代のナビゲーションシステムの開発チームに加わることになる。

しかし、残念なことにこのプロジェクトからは量産された製品がリリースされることはなかった。技術が理想に追い付いていなかったからだ。

紆余曲折を経て実現した『デジタルマップナビ』プロジェクト

今井らが手掛けた『デジタルマップナビ』開発秘話は、ホンダHP内の「テクノロジーストーリー」にも掲載されている

「米軍が開発した『トマホーク』という巡航ミサイルに搭載していたジャイロよりも精度が良いものが作れることころまでは行けたのですが、マップマッチング技術がなかったために、うまく誤差を補正することができなかったんです。

実際、試作機を積んで、和光にある研究所からテストコースのある宇都宮までクルマを走らせると、ナビ上の表示が実際より数十キロメートル東の鹿沼市だったなんてこともありました」

これではナビとしての実用に耐えないと量産化はいったんあきらめ、技術が追いつくまで待つことになった。しかし、意外なことに、挫折感も焦燥感も感じることはなかったと今井は振り返る。

「もちろん悔しさは感じました。でも、実用レベルのマップマッチング技術さえ完成すれば、必ず精度の高いナビゲーションは実現できると確信していましたからね。単にタイミングと時間の問題。もともと楽天的な性格なんですよ(笑)」

そして1990年、今日に遂に待望の『デジタルマップナビ』が完成し、2代目レジェンドに搭載され、華々しいデビューを飾る。

この時までに開発リーダーとなっていた今井は、デジタルマッチング技術の成熟を待つ一方、全国を網羅するデジタルマップの完成を目指して奔走していた。

「今ならデジタルマップ製作メーカーから地図を購入するのでしょうが、当時はそうしたものはなかったので作るしかありません。仮にいくらでできるか見積もってみたら、当時の金額で10億円もの大金が必要なことが分かった。さっそく企画書を書いて各方面を説得して回りましたが、海のものとも山のものともつかないデジタルマップの企画書に、ハンコを捺してくれる決裁者はすぐには見つかりませんでした」

それでも実現できたのは、当時の研究所の役員が「Hondaとして未来のクルマの姿を提案することには大きな意味がある」と腹を括ってくれたから。つまりHondaらしく「自分でつくった松明を自分の手で掲げよ」という結論に至ったのだ。
(次ページへ続く)




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