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コカコーラ・レッスン 2013春【連載:川田十夢】

タグ : AR, AR三兄弟, コカ・コーラ, 川田十夢, 拡張現実 公開

 
AR三兄弟の微分積分、いい気分。

AR三兄弟・長男 川田十夢(@cmrr_xxx

公私ともに長男。日経BP社より、『AR三兄弟の企画書』絶賛発売中。TVBros.で「魚にチクビはあるのだろうか?」を隔号で、ワラパッパで「シンガーソング・タグクラウド」を、好評連載中。5月29日発売の真心ブラザーズ「消えない絵」にて、ミュージックビデオを監督・出演・開発しました。オフィシャルブログはこちら

1980年、谷川俊太郎は、「コカコーラ・レッスン」というタイトルの詩集を刊行した。詩という領域にコマーシャルな異物を持ち込む実験のようでもあったし、ノートの余白に茶褐色の液体を染み込ませる儀礼のようでもあった。

2013年、僕らは日本コカ・コーラからの依頼で、自動販売機を拡張することになった。まだ、その途中ではあるものの、実験であり儀礼でもあるコカ・コーラとの毎日は、谷川俊太郎が80年に体験したレッスンのようでもある。なるべく克明にその過程をノートに書き残すことで、自らの復習と誰かの予習に役立てたい。

コカ・コーラしか飲まない、うちの次男。

以前に次男と一緒に撮った、コカ・コーラのプリクラ

喫茶店のメニューに「コーラ」とあった場合、うちの次男(:髙木伸二)は必ず、それがどこの銘柄のコーラであるかを確認する。それが、「コカ」であれば頼むし、「コカ」でなければ頼まない。そういう、無駄にストイックなところが、彼にはある。

というか、彼がコカ・コーラ以外のソフトドリンクを飲んでいるところを見たことがない。水も、お茶も、飲まない。ひたすらコカ・コーラだけを飲み続けている。

極めて顔色がいいところを見ると、健康状態は良さそうである。

日本コカ・コーラから、メールが届いた。

そんな次男のストイックな嗜好を知ってか知らずか、日本コカ・コーラ(仮にHideさんとしておこう)から、メールが来た。「ARを使った案件で、相談がしたい。」という内容のシンプルなメールだった。

差出人の名前の明記がHideとしかなく、本当にコカ・コーラからの依頼なのかなと半信半疑で本社に出掛けたら、本当だった。返信で「Hideとしかお名前が分からないのですが、部署とか名前とか教えていただけますか?」と戻したところ、「受付でHideっていえば通じるから、大丈夫」とひと言。ますます不安になったが、ほんとに通してくれた。

Hideさんが2010年に体験した「INSPIRED BY ZERO」。とにかく寒かった

受付を通って真っ赤な会議室で話を聞くと、Hideさんは2010年に渋谷PARCO前をジャックして行った「INSPIRED BY ZERO」を、実際に氷の前で見て感動したのだという。いつか、一緒に仕事がしたかったのだという。新しい自動販売機が市場に投入されるタイミングで、何かおもしろいことを一緒に仕掛けたいという。

こちらから事例を紹介する前から、拡張現実を体験してくれている。理解のバッファがある。会社の中なのに、麦わら帽子を被っている。この人がクリエイティブ・ディレクターを務めている。なんて信頼できる会社なんだろう。ふたつ返事で、オファーを快諾した。

AR三兄弟の企画書が、ドット文字である理由。

日本コカ・コーラ向けに最初に作った企画書の表紙

僕らが作る企画書は、すべてドット文字で記載されている。最初から、読ませようとしていない。むしろ、僕が自分の声で読みあげるまで、読めなくていいとさえ、考えている。

企画書とは、シナリオである。考えたアイデアを、空気に触れさせる。空気に触れて周知になる瞬間を具体的にイメージしてもらうために、企画書はある。人間の声を通過して、空気が震えてそれが脳にインプットされて、具体的なイメージが喚起される。肉体にフィードバックされる。そこで、初めて意味を為すものである。企画書の中だけでパーフェクトを目指しても意味がない。会議に参加するすべての人が、感情移入できる余白がなければならない。

自動販売機の歴史は、省略の歴史でもあった。

この仕事に係る前に、何冊かの文献に目を通した。どうやら自動販売機の歴史は、省略の歴史でもあるらしい。確かに、空間と時間と電力を省略することを技術的に適えたものが、現代の自動販売機である。

僕は、日頃から「斬新とは省略である」という言葉を意識している。何かしら具体的な省略がないと、ARのアイデアは駄目だと思っている。省略を必然として据えられてきたという意味で、自動販売機とARはとても類似している。俄然、興味が湧いてきた。

世界最古の自動販売機について調べてみた。紀元前215年まで、歴史は遡る。古代エジプトの神殿に置いてあったらしい。貨幣を投入すると、その重みで内部の受け皿が傾く。その傾きが元に戻るまで、弁が開いて蛇口から水が出るという構造だ。簡単な仕組みだが、コインを投入する概念が、古代エジプトから存在していたという事実には驚きである。

更に調べてみると、それを設計した(或いは書物に残したのは)のはヘロンという数学者であることが分かった。彼は数学者であるとともに、測量学・気体学・機械工学・反射光学を研究する研究者でもあったらしい。数学は現代の技術でざっくり言えばプログラムだし、測量学はマーカー検出だし、機械学はミシン工学でもあるし、反射光学はレンダリング技術でもある。これは、いよいよ他人事ではなくなった。かつてヘロンが自動販売機を発明したように、拡張現実機能を搭載した自動販売機を現代に再発明する必然が、僕の中でピークを迎えた。あとは、具体アイデアにシフトすればいいだけだ。

点在する自動販売機に、内在するパターンを可視化してみる。

自動販売機に内在するもの、それはまず距離と時間だと考えた。それに紐づく生活と気候のパターン、そしてすっかり省略されてしまったユーモアの部分をまずは補完することにした。

上の画像は、今回拡張したピークシフト自販機にプリントされたポーラーベアにアプリをかざすと現れるアニメーションのバリエーションの一部だ。かざした時間、場所、天候によって、ポーラーベアの生きたリアクションを見ることができる。ARマーカーという固定概念から、ひとつ抜きん出た構造であるとも言える。こちらの環境を逆算できるということは、暑い時には冷たい飲み物を勧められるということでもある。

自動販売機と人間の間で行われてきた約束ごとを、踏襲する。

人間が自動販売機で行ってきたことは、古代エジプトからそんなに変わっていない。コインを入れる、欲しい物を押して選ぶ、受け取る。このシンプルなフローは、長い年月とともに完成されたシステムでもある。ここに、新しい行程を付加させたところで、まるで分からないものになってしまう。何かを「押す」ことで、何かに「触る」ことで、何かが起きる。それで十分だ。

あと、場所にはそれぞれ、滞在時間という空間の持ち時間がある。これ以上でも、以下でも、いけない。新しい文化にこそ、踏襲すべき儀礼がある。

コカ・コーラのことが大好きな、中里さんのこと。

眼力ビームに興じる中里さん(仮名)

クリエイティブ・ディレクターのHideさんと同じく、今回のプロジェクトに欠かせない人物がいる。ここでは仮に、中里さんとしておく。

ユーモア溢れる人物で、コカ・コーラの明るくてオープンな社風を表すように、プロジェクトを楽しく、そして時に厳しく、統括いただいている。そんな彼が、先日の春の記者会見の打ち上げで、こっそり打ち明けてくれたエピソードがあるので、最後に紹介したい。

少年時代の中里さんは、コカ・コーラのことが大好きだった。ロゴの筆記体、ボトルの流線型、豪華なノベルティ、全てが大好きだった。好き過ぎる少年中里さんは、思いあまって日本コカ・コーラに手紙を出した。

「いつかコカ・コーラで働きたいけど、どうすればいいのか分からない。教えてください」

数日が過ぎて、返事が戻ってきた。そこには、コカ・コーラで将来働くにはどうすればいいのか、克明に書いてあった。少年はその通りに、永い年月をかけて実行した。そして、今。中年になった中里さんは、コカ・コーラの自販機を拡張するプロジェクトを総括する立場にいる。まるで、「Yes Coke Yes」を体現したかのような人生。感動した。感動に任せて、本人の許可も取らずに、うっかり書いてしまった。画像まで載せてしまった。そこは、ミスター コカ・コーラ中里さんのことだ。スカッとさわやかに、笑顔で許してくれることだろう。

コカコーラ・レッスン 2013夏につづく

2013年春にリリースした自販機ARは、おかげさまで大ヒットアプリとなった。この記録は、日本コカ・コーラがリリースしたアプリの歴代最高記録に並ぶものであるらしい。まずは、自販機の新しい歴史を刻むことに成功したということになるだろう。

谷川俊太郎の「コカコーラ・レッスン」に登場する少年は、裸足で海に触れた途端に、自分のことがまるで分からなくなった。今まで分かっていたつもりだったことが、表面に過ぎないことを思い知った。目の前にある海のことでさえ、分からなくなってしまった。

分からなくなってからでないと、分からないことがある。自販機が織りなすリアリティに、まずは触れるようになった。日本コカ・コーラとAR三兄弟による、コカコーラ・レッスンは、つづく。




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