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「すべては市販車の発展のため」トヨタ・ハイブリッド車で世界のレースに挑戦し続ける男【連載:世良耕太】

タグ : 24時間, エンジニア, スーパーGT, トヨタ, ハイブリッド, ホンダ, ルマン, レース, 世界耐久選手権, 自動車 公開

 
F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(サンズ)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

2006年7月、トヨタは十勝24時間レースにハイブリッド車を投入した。準備期間の制約から市販車に小規模な変更を施した内容となったが、これが、ハイブリッドシステムをレースに投入した世界初の例となった。

コンセプトは異なるが、2009年にはF1がハイブリッド化され、2012年にはル・マン24時間にトヨタとアウディがハイブリッド車を持ち込んだ。同年には日本のスーパーGTにもトヨタとホンダがハイブリッド車を投入している。

TS030 HYBRID

From TOYOTA
トヨタ自動車が2013年のル・マン24時間レース参戦用に開発したTS030 HYBRID

レースにおけるハイブリッドの一般化は急速に進んでいるが、パイオニアはトヨタだ。2006年当時モータースポーツ部部長を務めていた木下美明氏(現Toyota Motorsport GmbH社長)の先見の明によるものだった。木下氏は当時、こう考えた。

「レースといえども環境技術と切り離して考えられない時代になってくる。そうなった時、将来のパワーユニットとしてハイブリッドは必ず出てくるだろう。だから、ハイブリッドはやるべきであり、レースで鍛えるべきだ」

モータースポーツ未経験の技術者が「ル・マン2位」の成績を残すが…

モータースポーツ部でハイブリッド技術に取り組むことに関し、木下氏が社内で承認を取り終えたころ、市販車エンジンを開発する部署から一人のエンジニアが戻ってきた。

今回の話の主人公である、村田久武氏だ。

モータースポーツ部でハイブリッド技術に挑み続ける村田久武氏

モータースポーツ部でハイブリッド技術に挑み続ける村田久武氏

1987年にトヨタへ入社した村田氏はモータースポーツ部に配属されると(志願したわけではなかった。というより、トヨタがレースをやっていることすらロクに知らなかった)、ル・マンのプロジェクトに携わることになった。

1992年のル・マンに、トヨタは3台を投入した。木下氏ら先輩が担当する2台はリタイヤしたが、村田氏が担当した車両は「亀作戦か」と野次られながらも2位入賞を果たした。「ざまあ見ろ」と思うと同時に、悔しい思いをしたという。

「トロフィーが小さかった」というのは半ば以上冗談で、「血も涙も出ないくらい頑張ったのに、表彰台で自分の頭の上にライオン(プジョーのシンボル)の足が載っていた。優勝できなかったことが本当に悔しかった」のが本音だった。

1995年からはアメリカのCART用エンジンの開発に携わり、シリーズチャンピオンを経験した。2003年に市販車エンジン開発部門に異動。V6エンジンの立ち上げに携わった。これがエンジニアキャリアの大きな転換点になったという。

モータースポーツ参戦の意義は市販車を追い越すこと

「自分が入社したころは、レース用のエンジンは市販車に対して進んでいる部分が相当あり、市販車に紹介できる技術が多々ありました。でも、2003年に本社に異動して市販車の開発や制御の内容を見ると、モータースポーツから市販車にフィードバックできることが少なくなっているのが分かりました。そのことに大きな衝撃を受けたのです」

このままではトヨタ自動車がモータースポーツをやる意義が薄れてしまう。

「モータースポーツ部に戻ったら、いっちょモータースポーツと市販車のリンクを意識しながら仕事に打ち込もう」

そう考えて、古巣に戻った。

木下氏と村田氏

左:木下美明氏(現Toyota Motorsport GmbH社長) 右:村田久武氏

当時、トヨタはF1参戦活動に力を入れていた。村田氏はF1開発部隊で腕をふるう姿を想像しながら上司にあいさつをした。

「木下さん、車両制御にしてもエンジンの機構にしても、市販車の方がモータースポーツより進んでいますよ。本社に行って良かったです」

モータースポーツの常識を当てはめると、市販車は非常識なことばかりだった。だが、発想を切り替えて観察すると、すごい技術のオンパレードだった。

仮に、モータースポーツはある部品を50万円で作るとする。市販車は同じ部品を50円で作ったが、「50円でこの性能を確保しているのか」という視点で観察すると、目から鱗が落ちた。

部下の成長ぶりを確認した木下氏は、こう告げた。

「そうだろ。じゃあハイブリッドを使ってレースをやってくれ」

「レース車から市販車に」から「市販車からレース車に」

村田氏の頭の中にはたくさんの「?」が浮かんだことだろう。だが、F1でやろうとしていたことを別の技術領域でやるまでのことだった。ただし、檜舞台であるル・マンに復帰できるかどうかは、その時点では確約されていなかったそうだ(実のところ、陽の目を見ない可能性もあった)。

レーシングハイブリッドのプロジェクトを率いることになった村田氏は、「これがないと、トヨタがレースをやる意味はまったくない」という思いをもとに、以下のような“誓い”を立てた。

オリンピックに出場する選手が全身全霊を傾けて自分の力を試すのと同様に、サーキットにおいてドライバーやチーム、メーカーが性能のすべてを発揮し、競争の中で技術開発が促進され、自動車の進歩に寄与する。

未知で困難な領域に挑戦する姿勢でレースファンの共感を巻き起こす。自動車が本来持つ夢や操る楽しさを、クルマを使っていただくユーザーに接していただく機会やフィールドを提供して、クルマのファンを広げていく。

トヨタは2006年当時、2010年にハイブリッド車の販売台数を100万台の大台に載せるべく、開発に取り組んでいた(2013年3月末までにグローバル累計販売台数は500万台を突破)。当然のことながら、市販ハイブリッドの開発部隊は目前の業務で多忙を極めていた。

ハイブリッドをレースで使うにあたっては、関連部署の協力が欠かせない。村田氏は上掲した意義を切々と説いて回ることによって、関連部署やサプライヤーに賛同者を増やしていった。

レースに挑むハイブリッドカーに多くの人の夢と期待を乗せて

2007年、レーシングハイブリッドの原形ともいうべきシステムを組んで参戦した2回目の十勝24時間レースの後で、村田氏はレーシングハイブリッドをモノにするためのネットワークが構築できたことをことのほか喜んだ。

From TOYOTA
2013年ル・マン24時間トヨタチーム

「自慢したいのはスタッフです。一人で始めたのに、協力してくれる人がたくさんいて、どんどん増殖している。開発の中で多くの課題や困難な状況に遭遇しましたが、多くの人の夢と期待を乗せているので、前に進まざるを得ない状況です」

トヨタは2012年、1999年以来13年ぶりにル・マン24時間に復帰した。専用開発したトヨタTS030ハイブリッドは、熱効率を極限まで高めたガソリンエンジンに、高出力のモーター/ジェネレーターユニットと、大量の電気エネルギーを短い時間に出し入れするのに優れたキャパシタ、それに電気エネルギーの変換ややりとりを制御するインバーターを加えたシステムを積む。

これで、アウディが積むディーゼルエンジンとの熱効率差を埋め、あるいは逆転し、勝利するのが狙いだ。

2006年当時の技術力では、アウディとの性能差を埋めるシステムを開発すると、システム重量は600kgになると試算が出た。それを、小さく、軽く、ハイパワーにし、6分の1にまでしてみせた。

開発を通じて得た技術のいくつかはすでに、市販のハイブリッド技術に還流されている。

「止めますと言わない限り、敗者にはならない」

モータースポーツで技術を磨く意義の一部は実現された格好だが、村田氏は「レースは勝たないと意味がない」と力を込めて言う。

ル・マンには、2012年、2013年とそれぞれ2台を投入してアウディに立ち向かったが、2012年は両車リタイヤ。2013年は1台が表彰台の一角を崩したものの、実力差を見せつけられての2位だった。

「僕らはチャレンジャーで、相手は王者。チャレンジすれば必ず成功するかというと、そうとは限らない。それはベンチャー企業も一緒でしょう。盤石な基盤を突き破るくらいの実力が必要で、そのための分析をしっかりやっています」

さらに、こう付け加えた。

「『止めます』と言わない限り、敗者にはならない。ずっと我慢して続けていれば、必ず機会はやってくる。レースに勝つことで、世の中のハイブリッドに対するイメージは変わると信じています」

ル・マン24時間をシリーズの1戦に据えたWEC(世界耐久選手権)は9月1日の第4戦サンパウロ6時間レースで後半戦に突入。10月20日には第6戦富士6時間レースを控えている。2014年のル・マンで表彰台の頂点に上がるための準備は、すでに始まっている。




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