好景気の影響で企業の採用意欲が急激に高まっている今、ITエンジニアにとってまれに見る転職チャンスが訪れている。しかし、90年代後半のITバブルがすぐに崩壊してしまったように、好景気のときほどその裏側には危険が潜んでいる。そこでこの特集では、現在のIT業界の転職動向を分析しつつ、現在の転職市場を上手に利用して将来も後悔しないようなキャリアをつかむコツを伝授しよう。




昨年12月、有効求人倍率が13年3カ月ぶりに1.0倍台に回復して以来、企業の求人ニーズは右肩上がりで上昇を続けている。今年、全国約4000社を対象に実施されたある中途採用調査によると、06年度の正社員採用予定人数は前年に比べ、全体で約30%増。なかでも従業員数が1000人を超える中堅および大手企業では、伸び率が50%を超えている。求職者からすれば、名実ともに「転職先を選べる時代」がやってきたのだ。当然ながらIT業界でも、この好景気を背景に採用ニーズが急騰している。

「システムのオープン化やWebとの連携など、企業インフラそのものを再構築する大規模案件が急増し、多くのIT企業が人材不足に陥っています。また、Web2.0やNGN(次世代IPネットワーク)といった新しいサービスの流れに乗って新規開発に取り組む企業も多い。企業の採用担当者は、この中途採用ニーズが一時的なものではないと確信していますね」  

こう説明するのは、キャリアデザインセンターの人材紹介事業部でクライアントサービスを担当する板高昌宏氏だ。特に大量採用が行われているのは20代の若手エンジニア。インターネットやオープン化技術など、誕生から日の浅い技術がビジネスの主流になりつつあることもあり、柔軟な発想で技術をキャッチアップしていける若手人材に業界全体が大きな期待を寄せている状況だ。



その一方で、開発のコアな部分を担当するハイスペックなポジションでは依然として厳選採用が続いている。プロジェクト単位で技術者の紹介・派遣を手がけているフォスターネットの中山仁氏は、その理由をこう説明する。  

「日本版SOX法のような大きな法改正と技術革新のタイミングが重なったことで、ユーザー企業のITに対する要求はどんどん高くなっています。しかし、残念ながらこれまで多くのSIerが若手エンジニアに対して十分な教育を行ってこなかったため、その要求に応えられる人材が非常に少ないのです」

この現状を逆手に取ると、明確な強みを持つエンジニアなら好条件で転職できるということ。実際、特定業界の業務知識に長けたベテランエンジニアや、Java、PHP、.NETといった旬な技術領域に精通するエンジニアにはオファーが殺到していると中山氏はいう。実力のある人はよりよい仕事が手に入りやすく、若手であれば転職を利用して実力を磨くことができる。今、転職しておくという決断は、どのレベルのエンジニアにとっても大きなメリットをもたらすのだ。



ただ、この絶好機をうまく利用するために、ひとつ気をつけなければならないことがある。憧れや不満を理由にうかつな転職に乗り出すと、思わぬ落とし穴にはまってしまうと2人は口をそろえる。  

「たとえば20代のSEがコンサルタントを目指して転職すれば、今なら高い確率で採用されるでしょう。しかし、内定を獲得するチャンスが多い時代だからこそ、キチンと将来設計を考えてから動かないと後悔することになる。あとになってやっぱりコンサルタントをやめたいと思っても、そのとき転職しやすい環境かどうかはわからないし、キャリアに一貫性のない人は歳を重ねるごとに転職しづらくなりますからね」(板高氏)

「Webとネットワーク、ネットワークとシステムの融合が進み、業界を横断して転職することも容易になった今、選択肢が多すぎて逆に将来設計が難しくなったという声をよく聞きます。いわゆる理想的なキャリアコースがなくなりつつあるからこそ、自分のキャリアに対する判断力が強く問われるのです」(中山氏)  

道が多ければ多いほど、迷子になってしまう可能性も高くなる。それを念頭に置きつつ、地に足をつけた転職を心がけたいものだ。






いつの時代も、メディアでもてはやされる旬な企業、旬な技術領域ってありますよね。でも、そんな瞬間風速的な情報に踊らされて、「いい会社だ」と判断するのは大間違い。転職先を選ぶときは、応募する会社が“まっとうな組織”かどうかを確認してから動くべきなんだ。

この“まっとうな組織”の見極め方をひと言で定義するのは難しいけど、その企業に継続可能性があるかどうかがポイントになる。企業には顧客、従業員、投資家などさまざまなステークスホルダー(利害関係者)がいて、そのうちの誰かが損をしている状態だと、遅かれ早かれ必ず破綻する。だから、求人情報だけを読んで転職先を決めるのはナンセンス。有価証券取引書を読んだり、顧客に提供するサービス内容が時代にマッチしたものかを調べたりして、すべてのステークスホルダーが置かれている状況を見てから決めるべきだ。

ちなみに、僕のハイパーネットが破産したときも、組織がまっとうじゃなかった。インターネットを利用した世界初の広告ネットワークシステムを展開するというハイリスクなビジネスだったから、本来なら経営資源として投資家から得るリスクマネーに頼るべきだったのに、有利子負債(金融機関からの借入)に依存してしまったんだ。失敗とは、たいていの場合こうしたリソースの不一致が原因になるんだよ。

このリソースとの一致・不一致という視点で考えると、転職のときは事前に応募企業の成長フェーズを調べておくのも肝心だろうね。企業には「導入期」「成長期」「成熟期」「衰退期」と4つのフェーズがあって、各フェーズで従業員が得られるメリットは異なる。だから、「この技術を究めてひと山当てたい!」という人が、すでに成熟期に入っている会社に転職しても埋もれてしまうだけ。転職するときは、自分がどの成長フェーズで仕事がしたいか? を事前に決めてから動くべきなんだ。



よく、転職すべきかとどまるべきかで迷うという話を聞くけれど、そんなことで迷うこと自体が無意味。だって、もし今の勤め先がまっとうな組織ではなく、成長フェーズと自分の志向も合っていないのであれば、迷わず今のうちに転職したほうがいいでしょ。

それに、転職はやりようによって、将来への大きな投資になる。最近は、圧倒的な運動性能の自動車より、燃費がよくて走りも価格もまぁまぁなクルマが売れてるでしょ? ITの世界も同じで、特定の技術にだけ精通した“職人エンジニア”より、顧客の求める価値と価格に見合った技術が何なのかを判断し、それをうまく組み上げられるエンジニアが求められているんだ。転職は、そんなエンジニアになるために欠かせない「見識」を高める格好の機会になるわけ。もちろん、どんな見識を身につけたいのかを考えながら動くことが大切だけどね。
Yuichiro Itakura

1963年生まれ。高校卒業後にゲームソフト開発会社などを起業したのち、91年に株式会社ハイパーネットを設立。インターネットと広告を結び付けた無料プロバイダの仕組みを世界で初めて考案し、ニュービジネス大賞および通商産業大臣賞を受賞。ITバブルの寵児として脚光を浴びるが、97年に会社は破産。翌年、自身も負債総額26億円を抱えて自己破産する。その経緯をつづった『社長失格 ぼくの会社がつぶれた理由』は大きな反響を呼び、現在はその失敗経験を活かしてベンチャーキャピタル経営や企業コンサルティング、株式投資指南、講演、執筆活動などを行う。近著に『おりこうさんおばかさんのお金の使い方』がある
 
ITバブル期の成功から破産までの経緯をまとめた『社長失格』(日経BP社刊)と、板倉氏の新著『おりこうさんおばかさんのお金の使い方』(幻冬舎刊)


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