仕事の達人

株式会社セールスフォース・ドットコム
代表取締役社長 兼
上級副社長,salesforce.com,Inc.
宇陀 栄次 氏
profile
1981年、慶應義塾大学法学部卒業後、日本アイ・ビー・エム入社。大手担当の営業部長、社長補佐、製品事業部長、理事・事業部長などを歴任し、2000年に退社。翌2001年、ソフトバンク・コマース社長に就任。2004年3月、米国上級副社長,salesforce.com,Inc.に就任。同4月より現職を兼務
社会的地位に汲々とするよりも人間としての格を高める生き方をしたい
「SaaS型のITソリューションの提供」により急成長を遂げている会社がある。2000年に日本法人が設立されたセールスフォース・ドットコムだ。同社の代表取締役社長を務めるのが、日本アイ・ビー・エム出身でソフトバンク・コマースの社長も務めた宇陀栄次氏である。宇陀氏のキャリア観やビジネス哲学に迫る。
ITにおける日本企業の国際競争力向上の切り札としてSaaS(Web経由で顧客企業が必要なソフトをサービスとして提供する形態)の利用に期待が高まっている。そんな中、破竹の勢いで成長を続ける会社がある。業務ソリューションをネットワーク経由で提供する米国発のIT企業、セールスフォース・ドットコムだ。
同社の日本法人トップを務める宇陀栄次氏は、日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)出身。ソフトバンク・コマース社長を経て、2004年に米国セールスフォース・ドットコムの上級副社長兼日本法人社長へ就任した。
「IBMでは、素晴らしい教育を受けたし、お客さまに育てていただいたと感謝している。また、現ソフトバンク社長の孫正義氏からも、新事業を立ち上げるときの集中力や度胸など、多くを学ばせてもらった。ただ、社会的な地位だけでなく、常に新しいことに挑戦することで、人間としての能力(格)を高めたいと思ったのです」
その考えに至ったのは、学生時代に読んだある本がきっかけだ。
「城山三郎と伊藤肇の対談をまとめた『人間学対談』の中にこんな一節があります。男子の格には3つある。第3に雄弁多才、第2に豪放磊落。そして最も格が高いのが沈深重厚。要は環境に左右される社会的地位よりも、人間としてのレベルがどれぐらい高いかの方が大事、と考えています」
「根拠のない自信」を武器に異例のスピードで昇進
人格を高める生き方をしたい。学生時代に抱いた思いは、宇陀氏の人生にさまざまな形で影響を与えたようだ。
大学卒業後、「面接官と波長が合った」IBMに入社した。人事部を経て、入社3年目に関西の営業部門に配属。週末だけを遠くの家で過ごし、平日は大阪に泊まり込むハードワークの日々。メキメキと頭角を表した宇陀氏は、ある日、先輩にこう言われたという。 「今、SEの間では誰がアンタと組むかで競争になっているんだよ。アンタとだと成功するし、成功するための根拠のない自信みたいなものを持っているからね」
目標を達成できるかどうかは、「実行力」ではなく「実現力」に掛かっている。そして、「実現力」を支えるのが自信だと宇陀氏は言う。その自信を、宇陀氏はどのようにして身に付けたのか。
「ビジネスマンとして、『必ず何とかなる』と思えるだけの努力をしてきたからでしょうか。若いころの僕は生意気で、先輩や上司と一緒に飲みに行く暇はほとんどなかった。やるべきことを実現するためには相当の時間や集中力が必要になる。そのための努力を続けたことが、根拠のない自信につながったと思いますね」
課6名分の年間ノルマの半分を1人で売り上げたことも。バブル後も、10年連続売上目標100%以上達成という無敗神話も作った。その業績が評価され、35歳で営業部長に昇進。当時のIBMでは異例のスピードといえる。
38歳の時、宇陀氏のIBMでのキャリアを揺るぎないものにする出来事が起こる。北城恪太郎社長(当時)の社長補佐に選ばれたのだ。IBMで社長補佐といえば、経営幹部としての将来が約束されたキャリア・ポジション。だが、宇陀氏は一度断っている。折しも、阪神淡路大震災や顧客の巨額損失事件が勃発。「得意先が大変な時期に、営業部長の自分が現場を離れるわけにはいかない」というのが理由だった。だが、顧客の後押しもあって、最終的には社長補佐への配転を受諾。送別会では顧客から、「歴代の中でも記憶に残る営業部長だった」と最大級の賛辞が贈られた。
顧客から高い評価を受けた理由を、宇陀氏は次のように分析する。
「一つには情報システム部の社内的な地位を高める努力をしたからでしょう。システム部は往々にして減点法で評価され、企業の要となる組織であることがなかなか理解されない。僕は銀行の経営トップに会い、システム部の戦略的な重要性を理解してもらう努力をした。そこがお客さまから評価されたのではないでしょうか」
IBMで社長補佐を務めたことは、経営の実際を学ぶ掛け替えのない機会となった。宇陀氏は自らの経営センスを磨くべく、このチャンスを最大限に活用した。
「北城さんの横で話を聞きながら、社長がどう答えるかを予測する。それを続けるうちに、僕の予測と北城さんの答えが近づいてくる。経営者の判断力を学ぶという意味では、良い経験になりました」
経営者の視点で会社全体を俯瞰する。この経験が、宇陀氏のキャリア上、大きな転換点となったであろうことは想像に難くない。

