Vol.455

「圧倒的な営業成績は足で稼ぐ以外にあり得ない」元甲子園球児の20代経営者が語る“驚異的売り上げ”のつくり方

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小学生の頃から野球一筋。イチロー選手に憧れ、常に「日本一」を目指してきた福山敦士氏。

戦いのフィールドをビジネスに移してからも、その姿勢は変わらない。サイバーエージェントに入社し、グループ会社でひたすら営業活動を重ねた。1年目に管轄新人賞を受賞すると、25歳で早くもグループ会社の取締役に抜擢。27歳で独立し、「短期間で売上をつくるプロ」として半年間で売上1億円を突破する急成長を遂げている。

「ライバルは福沢諭吉」と豪語する福山氏のキャリアから、活躍の理由を紐解いてみよう。

株式会社レーザービーム 代表取締役社長 福山敦士氏

株式会社レーザービーム 代表取締役社長 福山敦士氏

1989年生まれ。小学校から16年間野球を続け、小・中・高・大学の全てで全国大会に出場。甲子園ベスト8。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、サイバーエージェントに入社し、管轄新人賞受賞。25歳でグループ会社の取締役に就任。2016年、株式会社レーザービームを創業し、neconote(BPOサービス)事業、学習コンテンツ制作(キャリア教育)事業に従事

家族の期待を胸に。「成果を出し続ける」強いこだわり

福山氏を支える原動力は、「成果を出す」ことへの強いこだわりだ。その原点は、生活のほとんどを野球に捧げた少年時代にある。

「『野球で生きていく』と決めたのが、小学校3年生のとき。ヒーローはイチロー選手でした。彼は日本から世界に挑戦し、並外れた努力を積み重ねて、自らの野球を世界中に認めさせた。そんな“日本発世界水準”を創り上げたイチロー選手に強い憧れを抱いていたので、成果を出すことには人一倍こだわっていました」

中学時代は二度の全国優勝、日本代表にも選ばれた。慶應義塾高校時代は、競合ひしめく神奈川県大会を勝ち抜き、45年ぶりの甲子園出場を果たす。しかしこの時、同世代の田中将大選手(現:ヤンキース)などと同じ舞台に立つこととなり、プロを目指す仲間と比べて、圧倒的な実力差を感じ、野球でプロになる道は諦めた。

同時期に、父親の事業が行き詰まって家計が苦しくなった。

「僕が通っていた高校は比較的、裕福な家庭の子が多かったんですよ。そんな中、自分は部活帰りに仲間と一緒に寄り道するお金もなくて、悔しい思いをしました。大学進学も諦めかけていましたが、家族が応援してくれて。長男は大学を辞めて働きに出て家計を支えてくれましたし、次男は新聞奨学生として、自分で学費を稼ぎ、僕の高校の学費まで出してくれました。

家族の応援があってやっと叶った道。だからこそ、早く一人前になって稼いで、早く恩返ししなければならないと。そして同じような境遇の人に勇気を与えるような大きな存在になるんだと、心に固く誓ったんです。だからこそ僕は、恩返しをするためにも早く偉くなって、早く稼いで、人生を生き急ぐ必要がありました」

プロ野球選手になるわけでないのに、せっかく野球を続けさせてもらえるなら、社会に出てすぐに活かせる力を身につけようと、大学では体育会準硬式野球部に所属。2年次から学生コーチを名乗り出て、監督的役割を担うことになった。

創部以来初めての学生コーチ、ましてや下級生ということもあり、周囲の反対もあったが、結果で示すしかない。部の体質改善、有力選手のリクルーティングや、データに基づいた戦略・戦術設計を徹底的に行い27年ぶりの全国大会出場・ベスト8という成果を上げた。

行っていた研究活動でも結果を出そうと必死だった。当時「将来は教授になる」と目標を定め、野球部の活動の他に、人工知能/認知科学の研究に没頭。所属ゼミ史上初、学部生として認知科学会、人工知能学会それぞれで発表を行った。

「研究の世界は成果が出るまでに時間がかかることを、学会発表をする中で気付きました。偉い教授は年配の人ばかりだけど、僕はそこまで待てない。社会人になった瞬間から爆発的に活躍したかったんです。そんな時にサイバーエージェントの藤田社長の本に出会って。求めていたのはこのスピード感だ!と思い、サイバーエージェントへの入社を決めました」

お客さまの悩みごとは、Google 検索しても出てこない

福山氏
現在は、営業マン向けのセミナー登壇も積極的に行う福山氏(編集部)

自分でこうと決めたら徹底的に突き詰めるのが福山氏だ。内定先のサイバーエージェントで、入社前に子会社が立ち上がることを聞きつけ、まだ学生だったにも関わらず自ら参画を志願した。グループ会社の事業内容は、当時はまだ国内で4、5パーセントしか普及していなかったスマートフォン向けアプリの制作会社だ。

決して強くはないチームが育っていく過程が一番楽しいし、自分はそういう環境で1番成長できる。これまでの経験からそれは分かっていた。

「社長も含め4人しかいない会社で、とにかく売上を上げなければ始まらない。必要に迫られて、訳も分からず営業に行きました。誰も何も教えてくれない中で、身一つでビジネスを創り上げていく感覚を磨けたと思います。もちろん、スマホアプリが出始めたばかりの頃だったので、担当者も興味を持って話を聞いてくれたという時流もありましたけどね」

最初こそ苦戦したものの、やがてリワード広告の新サービスが大ヒット。1年目から管轄の新人賞を獲得し、2年目には担当サービス合計1,000万ダウンロードを突破した。その実績を携え、入社3年目には別のグループ会社の営業部長に抜擢される。新人にも関わらず、実績を残せたのはなぜなのだろうか。

「25歳で社会人3年目といっても、人生で考えるともう25年目なんですよ。そう考えると、新人だからできないなんていうのは言い訳にしか過ぎません。『まだ3年目です』なんて言ってたら40歳のおじさんに一生勝てない。もう25年目の大ベテランなわけですから、成果を出せないはずがないと思っていました」

しかし営業部長を任された会社は業績が悪化しており、売上をつくらないと潰れてしまいそうなほど切羽詰まっている状況だった。

「当時は何も売るものがないのに、会社が潰れてしまいそうなんです。なかなか成果も出せないし、どうしたものかと悩んでいました。しかしその時に、たまたま読んだ本に『営業の原点は、お客さまのもとに足を運ぶことだ』と書かれていて。僕はビジネスにおいて最もシンプルで、最も大切なことを忘れていたと反省しました」

その時から、福山氏はとにかく愚直に、お客さまのもとに足を運ぶことに決めた。

「とにかくお客さまを訪ねて、『トイレ掃除でも、何でもやります』と言ってまわりました。さすがにトイレ掃除は受注できませんでしたが(笑)、その出会いをきっかけに、ビジネスの相談をしてもらえる関係にはなりました。アポに行くたびに相談の内容が深くなる。そこで聞いた悩みに直接答えられる提案を持って行ったらすぐに契約が決まりました。

その時に気付いたのは、お客さまの悩みはネットで検索しても絶対に出てこないということ。何に困っているのか、何を求めているのかは、実際にお客さまのもとに足を運んで、直接お話ししてみて初めて見えてくるものなんです。でも初対面でいきなり本音を話してくれるわけではありません。何度も会って自ら宿題をもらい、その宿題を提出することで、信頼関係は構築されます。すると、だんだんと本音の相談をしてもらえる関係性へと発展していきます」

『お客さんのもとに足を運び、困りごとを聞かせてもらえる関係を作り、提案をする』この方法論を見つけてからは、1ヶ月のアポ件数が100件を超えていった。 足で稼いだ売上は、前年比700%という驚異的な数字となって表れ、圧倒的な結果を出した福山氏は、25歳にしてその子会社の取締役に抜擢された。

一方でちょうどその頃、父親を病気で亡くすという不幸が重なった。人生は長いようで短い。起業への想いが再び燃え上がった2016年、独立を決意した。

ビジネスの基礎は約束を守ること 約束を守った回数が信頼となる

福山氏

現在は、紹介に絞った独自の営業理論(リファラルセールス理論(R))を実践し、「短期間で売上をつくるプロ」としてさまざまな問題解決にあたる福山氏。コンサルティング実績は150社(2017年3月時点)、ビジネスパーソンを対象にした毎月のセミナー参加者はすでに5,000名を超えている。

実は起業するにあたって、細かく事業計画を立てたわけではなかった。BPO事業とキャリア教育という二本柱は、「お客さまの困りごとにひたすら応えていった結果、自然とできた事業」だという。売上をつくるための理論(リファラルセールス理論(R))や、コンサルティング業務は、基本的に自分の経験から培ったものだ。

「お客さまの困りごとを聞いて、素早くそれに応える。すると信頼を勝ち取れます。信頼とは、約束を守った回数によって築かれるもの。それには、やはり地道に足を運んで関係を築くのが有効です。厳密にいえば国土の狭い日本というマーケットでは、足で営業した方が、質の高いコミュニケーションができるので、結果として高単価商材が売りやすいんです。

それができれば、出会った人全てをお客さまにすることだってできます。営業って、決して頭を下げて必要のないモノやサービスを買ってもらう仕事ではなくて、困っている人を解決に導いて、感謝してもらう仕事なんです」

少年時代にその背中に魅せられ、憧れたイチロー選手のように、福山氏は“営業”で人々に勇気を与える存在になりたいと語る。

「まずは営業力を武器にビジネスを育てて、自分自身で大きな結果を出します。次のステップは、自分だけでなく、もっと多くの人たちに実践してもらえるよう学問をつくること。『営業』って要は『聞く・話す・書く・読む』の動作のことなんです。学校で学ばないけど、社会では全ビジネスパーソンに求められること。この『営業』という概念を国語、数学、理科、社会と並ぶような学問にすることが、私の今の使命です」

福山氏

次のライバルは、福沢諭吉だという。福沢諭吉が母校でもある慶應義塾大学を創立した33歳には、『営業』という新たな学問を世に定着させたい。元甲子園球児が目指しているものは、ビジネスを超えたもっと高みにあるのだ。

取材・文/瀬戸友子

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Information

福山氏が9月より、営業を学問とするためのビジネスコミュ二ティ 「セールスコミュニケーション研究会(営業ゼミ)」を開講しました。https://goo.gl/q5Yj16
ご興味ある方は下記からお問い合わせください。
info@lazerbeam.tokyo
福山氏へ直接メッセージも可能です。
Facebook:https://www.facebook.com/fukuyama.atsushi
Twitter:https://twitter.com/2980a24t

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