Vol.142

「勝つことに必死になってはいけない」日本初のプロゲーマーが辿りついた強者の法則【スポプロ勝利の哲学】

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スポーツも営業も、勝ち続けるのは困難だ
スポーツ・プロフェッショナル 勝利の哲学
営業マンは、常に目標をクリアしていかなければならないつらい仕事だ。毎日厳しい営業活動に立ち向かうその姿は、1試合の勝利のために練習を重ね、努力し続けるアスリートのよう。ビジネスの世界に通ずる「勝利の哲学」をさまざまなスポーツのプロフェッショナルたちに学ぶ!
梅原大吾/うめはら・だいご

Mad Catz
梅原大吾/うめはら・だいご

1981年生まれ。15歳でゲーメスト杯『ヴァンパイアセイヴァー』に優勝した後、98年、CAPCOMオフィシャル世界一決定戦『ストリートファイターZERO3』にて世界チャンピオンのタイトルを獲得。2010年より米国のゲームコントローラーメーカーMad Catzとプロ契約を締結し、日本初のプロゲーマーとなる。同年、「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」としてギネスブックに記録される

自分の実力を磨いていくのがただただ面白かった

2010年、日本初のプロゲーマーが誕生した。弱冠15歳の頃に全国大会に優勝して以来、ゲーム界のカリスマ的存在となった梅原大吾氏その人である。

対戦形式のビデオゲームを競技として楽しむ『eスポーツ』は、欧米ではすでにポピュラーになっているが、日本ではいまだ浸透せず、梅原氏自身も、かつては「自分には関係ない話」だと思っていたという。

初めてゲームに触れたのは5歳の頃。姉の影響でファミコンソフト『スーパーマリオ』で遊び始めた。11歳になると、近所のプラモデル屋に置いてあったアーケードゲーム『ストリートファイターII』にハマり、お年玉全てを注ぎ込むほどに熱中。やがて、秋葉原のゲームセンターに足を運ぶようになり、14歳の頃には負け知らずに。全国大会に優勝したのは、弱冠15歳の時のことだった。

「野球選手が野球を練習することに理由がないように、自分の実力を磨いていくのがただただ面白かった。毎日、短くても5~6時間、長ければ10数時間、練習を続けてきましたね。生まれついての負けず嫌いだから、勝つことに人一倍真剣に向き合い、どうすれば勝てるのか、何が課題なのかを考えて実践する。つまり、監督もコーチも選手もすべて自分1人でやっていたんですよ」

負けず嫌いでありながら、どんな劣勢にあっても冷静に戦い抜く胆力を持つ。17歳で出場した世界大会の日米決戦では、前大会優勝者を相手に、ぎりぎりまで追いつめられながらも鮮やかな逆転勝利に持ち込み、世界を沸かせた。

「勝負に負けても、『この一回で終わりじゃない』と思えば悔しくはない。悔しいと思うのは、負けた後に自分がどうすればいいのか分からないからなんですよ。そこから次に勝つための方法を考え、自分の力で何とかできると思えればいい。『負けてもしょうがない』と思ったことで、打破する方法を冷静に考えることができ、逆転することができたんです」

ゲーム以外のことをやって分かった「自分の才能」

常勝を続ける梅原氏はゲーマーのカリスマ的存在となるが、23歳の時、ふと「自分には他の可能性もあるのでは」と考える。自分の人生はゲームだけだとは考えたくなかった。そこで、ゲームとは関係ない仕事を目指そうと決意し、2年間、一切プレイをしなかったという。

「最初はプロ麻雀士を目指しました。週6日、1日12時間を雀荘で過ごし、上達はした。でも、そこには『生活のために手に職を』という“意思”があったんです。ゲームをやっていたときは『絶対に負けたくない、世界一になる!』と“本能”で体が動いていた。体の芯からのめり込むことができない自分に違和感を覚えました」

やがて勝負の世界に疲れ、方向性を180度転換。「人から感謝されることでお金をもらいたい」と考え、介護の道を選ぶ。仕事そのものは意外にも性に合っていた。しかし、これが得意だと思えるようなことはなく、無力感を味わう日々。そんな中、かつてのゲーム仲間の誘いを受け、久しぶりに海外の大会に臨む。

「ブランクがあっても優勝できたんですよ。その瞬間、自分にはゲームにおいて特別な力があったんだと気付いたんです」

介護の世界では、特技のない一職員である自分。しかし、ゲームの世界では違う。それならやらねばもったいない。梅原氏の復活はゲーマーの中で噂になり、再び大会に招かれて戦績を挙げていく。やがて、米国企業から声が掛かり、2010年に日本初のプロゲーマーとして契約を結んだ。

「不安定な世界だとは思いました。でも将来、後悔するのが嫌だったんです。介護の仕事を続けていって、いつか人生を振り返った時に『もしあの時プロゲーマーになっていたらどうなっていたんだろう』と思うことはあっても、逆はないと思いました。それに、どんな仕事をしていてもその先がどう転ぶかは分からない。だったら好きなゲームで生きていこうと思ったんです」

紆余曲折があって、プロゲーマーとして生きる覚悟を持てた。また、麻雀というまた違う勝負の世界を経験したことは、現在の戦略作りに生きていると言う。

「かつての自分は感覚のみで戦っていましたが、ロジックや確率も考えて戦略を立てられるようになりました。結果として通過点になったとしても、目の前のことに真剣に取り組めば、その後に生かせる力がつくものです」

強いヤツはマイペース。勝負に必死さはいらない

そんな梅原氏も、プロ1年目にはスランプを経験する。思う存分ゲームができる喜びが暴走し、毎日16時間以上も練習をする日々。その結果、顔中にニキビが出るほど体調を崩す。ゲームが嫌いになるほど精神的にも追い込まれたが、試合は待ってくれない。そこで、「どうモチベーションを維持すればいいのか」を考えたという。

梅原氏が心掛けたのは、「何でもいいから変化させること」。同じ練習でも、変化を付けて刺激を受けるようにすれば、視点も変わり、戦略も変わる。自分の幅が広がり、それで強くなれるのだ。

「自分自身に“変化を付けること”を習慣付けています。変化を与え続けることで、幅が広がり、モチベーションも上がり、結果も付いてくるんです。努力しないで何とかなっていても、競争である以上、必ず人に追い付かれる。自分のやり方に慣れてはダメなんです」

また、トップになる資質について聞くと、「マイペースであること」と答えた。技術があっても心に余裕がないと、状況に左右されて力を発揮できないという。

「大舞台で勝負する時、『これで負けたら人生終わりだ』と必死になればアウト。強いヤツはみんなマイペースです。ただ、そのためには仕事以外の人生をどれだけ充実させられているかが大事だと思います。仲の良い友人や大好きな恋人がいる、大切な家族やペットがいる、好きな趣味の世界があるなど、『負けても、普段のオレは変わらないんだ』と思えるような何かがあればいい」

努力が成果に結び付くかは分からなくても、マイペースで実力を付け、幅を広げていくこと。たとえ負けても、一日一個の発見と成長があればいい。それを重ねていけば、世界はきっと変わるのだと話す。

「今できていることだけでなく、プラスαでその先をイメージすること。自分の成長に気付くこともまた、ひとつのモチベーションになると思います」

そう語る梅原氏もまた、「今の自分は満足しているが、勝った、負けた、賞金をもらえたという世界だけでは楽しくない」と考え、現在、ゲームとはまた違うことで大きなプロジェクトを構想中だという。

世界一に何度も輝き、世界でも指折りの格闘ゲーマーとして知られている梅原氏。彼はこれからも強くなるために変化を続け、新たな目標に向かう。

取材・文/上野真理子 撮影/柴田ひろあき 撮影協力/タイトーステーション 新宿南口ゲームワールド店

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