

新時代の“転職強者”は誰だ? hey佐藤裕介×ROXX中嶋汰朗に聞く、エンジニア採用の新潮流
今、エンジニア採用に「リファレンスチェック」ツールを導入する企業が増えているのをご存知だろうか。
例えば、採用候補者の働きぶりについて、現在・あるいは過去の上司や同僚などに回答を依頼できる『back check』というサービスが注目されている。
リファレンスチェックをWeb上で完結できるサービスは『back check』が国内初。同サービスが正式にリリースされたのは2019年10月だが、既に200社以上の企業が導入しており、ミスマッチ採用防止を狙う。
同サービスを展開する株式会社ROXX代表の中嶋汰朗さんは、「北米などではリファレンスチェックツールが当たり前のように使われている。日本でも今後ますます浸透していくはず」と力強く語る。

中嶋 汰朗さん(@ROXX_Taro)
スモールビジネス向けEC・決済サービスなどの事業を行うヘイ株式会社では、いち早く『back check』を採用活動に取り入れた。
元Googleエンジニアであり、同社代表の佐藤裕介さんは「チームで働く意識があり、チームで成果を挙げられるエンジニアを採りたい。しかし、何百回と面接を重ねても、そういう人を見極める目を養うのは正直言って難しかった」と本音を明かす。

佐藤裕介さん(@usksato)
面接は基本、一対一のコミュニケーション。その場でうまく自己PRができる人が、これまでの転職では“強者”となっていた。
しかし、そういう時代はもう終わり。
「今後は、一緒に働いていた同僚からの評価が低い人は、採用されにくくなる時代が来る」
そう、二人は口を揃えた。それは一体なぜかーー。
ここ最近のエンジニア採用のトレンドとあわせ、リファレンスチェックツールがさらに浸透した世界で転職強者になれるエンジニアとは一体誰なのか、中嶋さん、佐藤さんのお二人に聞いた。
天才タイプより、チームで勝てるエンジニアが欲しい
佐藤さん(以下、敬称略):IT市場の成熟とともに、採用したいエンジニアのタイプが変わってきているというのはあるでしょうね。
数年前までは3〜5人ぐらいの少人数でアプリなどのWebサービスや、システム開発をすることがよくありました。ですが、今では数十人、数百人で行う大規模開発が普通になっています。
そういう開発現場では、一人の突出した才能よりも、チームで生産性を最大化することが求められる。
だからこそ、高い技術力を備えた天才タイプより、チームでパフォーマンスを挙げられるエンジニアが求められるようになっています。

佐藤:はい。チームの中でどう振る舞う人なのかを事前に知る必要があるからです。
これまでのように「技術力の高い人」を採用したい場合は、作ったものを見せてもらったり、コーディングテストなどをすればある程度見分けることができました。
ところが、その方法では「チームで働いたときに生産性を最大化できる人」は見分けられないんですよ。
面接の時間をいくら確保したところで、一緒に働いてみないと分からないことはすごく多いので。
中嶋さん(以下、敬称略):僕もこの1年で40名ほど採用をした中で、面接も場数を踏めば“見極めスキル”は伴って伸びていくと思っていたんです。
さらに言うと、「採用の失敗が起こるのは、採用する側の見極めが甘いからだ」とも思っていて。
どうすればミスマッチのない採用ができるか、他社の人事担当者や経営者、さまざまな人にアドバイスをいただいていました。

でも、どれを実践してもあまりうまくいかなかったんですよ。それで、面接の場だけで見極めるなんて、そもそも無理なんじゃないか、という思いが強くなって。
佐藤:中嶋さんが仰るように、自分一人の打率でさえなかなか上がらないのに、採用に関わる複数の社員が一定の判断基準を維持するのは非現実的だと思いますね。
「面接すればするほど、分からなくなる」
中嶋:昨年、ヘイはエンジニアを中心に、かなりの人数を採用していましたよね?
佐藤:ええ、1年間で120人ほど採用しました。だから、その前の段階では数千人の候補者の方と会っていることになりますね。
中嶋:それだけの人数の採用を経験していても、やっぱり面接での見極めは難しいですか?
佐藤:難しい。面接をすればするほど、何が正しいのか分からなくなってきますし、自分の目は信用できないですね(笑)
逆に、ちょっとでも一緒に働く機会さえ設けられれば、その人がチームに貢献できるエンジニアかどうか見極められるんですけどね。

佐藤:全然ありますよ。
経営層クラスの採用となると話は別で、じっくり時間をかけてお互いを理解し合ってからジョインしてもらうので、ミスマッチはほとんど起こりません。
ですが、一般的なメンバーポジションの方の面接にあてられる時間は30分〜1時間が限度。そんな短時間では、お互いに素を出すところまで行き着けずに終わってしまいます。
中嶋:採用が失敗する原因には、候補者側の面接の得意不得意もありますよね。面接でよどみなく受け答えができるからといって、技術者として優秀かどうかは分からないじゃないですか。
反対に、一対一の面接の場で話すのが苦手なタイプでも、チームの中に入るとすごく良いパフォーマンスを発揮する場合もあるし。
中嶋:そうですね。でも、その人が語っている長所が、必ずしも他者評価と一致するわけではないんですよね。自己評価と他者評価にズレがあることの方が多い。
佐藤:これまでの面接で重視されてきたような「短時間で自分を良く見せるスキル」って、エンジニアの生産性にはほとんど関係ないんですよ。
でも、どうしても自己PR上手な人に評価が偏りがちになる。人間をバランスよく評価するのって本当に難しいですね……。
佐藤:はい、そういう時期に来ていますね。
採用のミスマッチは企業側だけでなく、候補者の人生にとっても大きなマイナスです。人生の何分の一かを自分に合わない会社で過ごすのは、「時間の浪費」ですから。
また、採用はスタートアップやベンチャー企業にとっては最も大きな投資の一つですから、失敗は本来許されません。
企業と候補者どちらにとっても、可能な限りミスマッチが発生する確率を下げる必要がありますね。
チーム戦重視だけど、求める技術力も上がっている
佐藤:最終面接で僕が直接確認すべきことを明確にするために使っていますね。
面接官のレビューに加えて、『back check』で得た周囲の人からの評価を参考にして、僕が最終面接で確かめるべきことを考える、という感じです。

中嶋:例えばどんなケースがありましたか?
佐藤:匿名性を保つために多少脚色して話しますが、ここ最近でヘイに面接に来てくださった方の中に、「技術力は非常に高いけれど、周囲に自分の考えを押し付けがち」と面接官にレビューされていたエンジニアがいたんですよ。

それで、『back check』で現職の上司・同僚の方からの評価を見てみたら、まさに同じような問題点が生々しいエピソードとともに書かれていて。
確かに高い技術力を持っていることは魅力だけど、チームで気持ち良く働ける人でなければヘイではやっていけない。
だから、「自分で自分の課題を認知しているか」「自分の問題点を改善し、チーム貢献できる人へと変わる意志はあるか」この点を確認しようと決めて、最終面接に臨みました。
中嶋:貴重な最終面接の時間を、聞くべきポイントを見定める手探りの時間に費やしてしまうのは双方にとってもったいないことですからね。

中嶋:最終的に、その方の結果はどのようになりましたか?
佐藤:「変わる意志がない」と判断し、採用はお見送りしました。
ただ、誤解してほしくないのは、「自分の意見を押し付けがち」というその性質は、必ずしも直さないといけないものではないんですよ。
要は、現在の僕らのチームにはその性質が合わないというだけで。ヘイに入社するなら「変わることを求めます」という意味。
何があってもぶれない人を必要としているチームがあれば、その方の素質はそこでは強みになるかもしれない。
中嶋:何となく候補者を見送るのではなく、見極めるべき要素をしっかり確認してから見送れたのは大きいですね。後悔がないというか。
僕はこれまで、「面接で自分自身が迷いを感じたら、見送るべき」と多くの方々からアドバイスをいただいてきました。要は、「自分の直感を信じろ」という“言い伝え”みたいなものです。
でも、今の佐藤さんのお話からすると 、「迷ったときほど、しっかり確認しろ」というのが正解ですよね?
佐藤:そう! その“言い伝え”は、僕もこれまでに幾度となく言われてきましたから。
それで見送ったら、数カ月後くらいに「以前うちの会社に面接に来てくれた人が、○○社で今すごく活躍してるらしいよ〜」なんて噂を小耳に挟んで猛烈に後悔したりして。
「あーなんであの時うちで採用しなかったんだ!」って心の中でジタバタする(笑)

中嶋:あるあるですね(笑)
佐藤:あと、面接では話下手で自信が無さそうに見えた人でも、一緒に働いていた人たちからは大絶賛されているケースもありますよね。
そういう人とは、「もう一回しっかり話してみる」という判断をすることもあります。
中嶋:面接ではお見送りかなと思っていたけれど、リファレンスチェックをきっかけに採用につながったという例はよく聞きます。
チームに貢献する仕事をした方が次の会社に採用されやすくなるのは、企業と候補者どちらにとっても良いことですよね。
佐藤:そんなことはないですね。技術力は今でも重要ですし、求められるレベルはむしろ上がっていると思います。

でも、それと同じぐらい「チームへの貢献度」が求められるようになってきているという感じです。
例えば営業職の方なら、大して周囲に協力的でなくても、ずば抜けた売り上げ実績を残す人もいると思うんですよ。会社も別にそれはそれで困らないし。
でも、エンジニアは、それぞれが作ったものをビルドする作業が発生します。そこでは、相手がしていることへの理解や配慮が絶対に必要なんです。
実際、情報の共有やドキュメンテーションといった、チーム全体に貢献する作業が業務時間の大半を占めることもありますしね。
中嶋:エンジニアは営業職のように、能力「10」の人が10人集まれば「100」のパフォーマンスを出せる、というわけではないですからね。

佐藤:本当にそうで、「皆はまだ計算ドリルが2ページしか進んでいないのに、1人だけ3冊目に突入している」ということがエンジニアはできません。
一時期もてはやされた「フルスタックエンジニア」も、今ではほぼ聞かなくなりましたが、それとも関係していると思います。
一つ一つのWeb技術が深くなってきているので、一人で全部やるのはもう無理なんです。
佐藤:ユーザーの目が養われているというんですかね、Webサービス一つとっても「使いやすい」とか「見やすい」の基準がどんどん上がってきちゃっているんですよ。
2011年頃は僕一人で大量にアプリを作っていて、自分でごりごりデザインもしていました。でももう、僕が作ったアプリなんて「ダサっ!」って言って誰も使ってくれないし、ボタンも押してくれないと思いますよ(笑)
中嶋:(笑)。そうすると、エンジニアは万遍なくスキルを広げるよりも、一つの領域でプロフェッショナルとして専門性を磨く方が良いということでしょうか。
佐藤:一点、何か強みがあるのはいいですね。
自分がプライドを持てる専門分野を持つこと。その上で、他の専門性を持つ人たちにも敬意を持って接すること。このバランスが大事です。
「家電型スキルアップ」「転職スタンプラリー」に要注意
佐藤:自分自身のキャリアを定期的に振り返る習慣は付けた方がいいですね。
自分の技術力を上げることばっかり考えていないか、周囲の人のために何かアクションを起こしているか、まずは認識するところから。

というのも、エンジニアは自分自身のスペックを「家電的」に見てしまう人が多い印象でして。機能がどんどん搭載されていくっていうんですかね。
エンジニアのスペックって「Rubyができる」さらに「Pythonで○○が作れる」とか、エアコンでいうところの「マイナスイオンも出せる」「消臭もできる」みたいな分かりやすいアピール項目がビジネスサイドの人よりつくりやすいじゃないですか。
だから、エンジニア自身も、追加機能の搭載に一生懸命になり過ぎてしまう。グレードアップしていることが分かりやすいので。
中嶋:すごく納得感がありますね。

中嶋:エンジニアの方と面接をするときに感じるのが、「自分の能力を上げたい」ということを転職の目的にしている方が多いということ。
「この転職で、自分のスキルをもっと上げたい」と仰る方がたくさんいらっしゃいます。でも、それってどうなんでしょう?
自分の市場価値を高めるのは大事な側面ですが、新しいチームの中で自分がどんなパフォーマンスを出せるか、という視点が抜け落ちてしまっているようにも感じます。
佐藤:転職をまるでスタンプラリーのように捉えている人は多い気がしますね。次はあの環境でこの技術を使って……というように。
それが悪いわけではありませんが、自分は何をフィードバックされて、その時に何を受け入れられたのか。チームの人たちにどういう風に貢献できたのかを考える機会が少な過ぎる。
繰り返しになりますが、エンジニアに技術力が求められることは今も昔も変わっていません。
ただ、それと同じぐらいのこだわりを「チームへの貢献度」にも向けられると、これからの時代にますます必要とされるエンジニアになれるのではないのでしょうか。
中嶋:多くの企業は、単にスペックの高い人を採用してもうまくいかないことに気付き始めています。でもこれは、むしろ良い変化ですよね。
いま携わっている仕事や、関わっているチームメンバー……目の前のことと真摯に向き合って良い仕事をしているエンジニアがちゃんと報われるということですから。
もし、チーム貢献への意識が「疎かになっていたかも」と思うようなら、ぜひ明日から見直してみてほしいと思います。今の会社で応援してもらえる人こそ、これからの時代の“転職強者”ですね!

取材・文/一本麻衣 撮影/桑原美樹 編集/栗原千明(編集部)