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[津田大介からの質問状] ドワンゴ編:ニコニコの3.11対応を生んだ、エンジニアの「日常」が凄すぎる件

公開

 

メディアとしての伝達力を考えたとき、3.11のような災害時はTVをはじめとした映像メディア、しかもリアルタイムな報道メディアの重要性が非常に大きなものになる。このリアルタイム報道メディアの新しい形を世に提示し、多くのユーザーを集めているのが『ニコニコ生放送』(以下、ニコ生)だ。 

株式会社ドワンゴ
執行役員 ニコニコ事業本部長
千野裕司氏
1998年末にドワンゴ入社。研究開発本部長を経て、現在はニコニコシリーズの開発総指揮を行う

動画ファンから圧倒的な人気を得ている『ニコニコ動画』(以下、ニコ動)のライブ版であり、『ニコ動』と同じく、ユーザーからのコメント投稿内容を映像と一緒に視聴できるのが最大の特長。

今回の大震災では、「テレビ塔がダメになったり、ケーブルテレビ局が丸ごと津波で流されてTVが一切映らなかったけれど、ネットで災害報道を観ていた人はたくさんいた」(メディアジャーナリスト・津田大介氏談)というように、映像報道メディアとしての『ニコ生』の存在感は徐々に高まっている。

では、『ニコ生』のようなサービスがもたらす、新たなICTサービスの可能性とは何なのか? それをひも解くべく、『エンジニアtype』津田大介責任編集企画の一環として津田氏(@tsuda)から「質問状」を預かり、運営会社のドワンゴ・ニコニコ事業本部長の千野裕司氏に話を聞いてきた。3.11直後からの取り組みと、それを裏で支えていたエンジニアたちの奮闘から見えてくる、これからのICTのあり方とは?

サーバの負荷分散には3年前から独自に取り組んできた 

津田大介氏からの質問 その1

『ニコ生』は3.11の災害直後、いわば「TVに変わる報道メディア」としての役割も担っていたが、
当時の社内で取り組んでいたことを改めて教えてください。 

代表的なところで言うと、3月11日の夜から開始した地上波TVのサイマル放送があります。NHK、フジテレビ、TBSなどが放送している震災報道を、ニコ生でも配信していました。通常時は『ニコ動』、『ニコ生』ともに会員登録をしていただかないと視聴できませんが、この時は非会員の方も閲覧できるようにしていました。

TVニュースのサイマル放送はすでに終了していますが、今でも首相官邸や東京電力、原子力安全・保安院の記者会見を生中継したり、識者たちによる政治・災害対応の討論会を公式放送で取り上げるなど、独自の報道を続けています。TVでは会見の一部だけが抜粋されてしまうこともあって、『ニコ生』では会見すべてを最後まで流すようにしています。

開発陣のアイデアで生まれたニコニコ募金は、ユーザーアンケートで寄付先を決めるなど、独自の取り組みを展開

開発陣のアイデアで生まれたニコニコ募金は、ユーザーアンケートで寄付先を決めるなど、独自の取り組みを展開

また、『ニコ生』単体の取り組みではありませんが、ドワンゴが持つ既存の決済システムを応用して、ユーザーから寄付金を募る『ニコニコ募金』を地震2日後の3月13日から開始しています。

加えて、配送のインフラが断絶していた地域の方々に『週刊少年ジャンプ』を読んでもらえるように、『ニコ動』上で一時的に無料配信するような取り組みも行っていました。

この時の『ジャンプ』の配信ビューワーは、集英社さんのニーズを聞きながら、数日で独自開発しました。ベースとなる機能が社内にあったとはいえ、募金システムも含めて非常に短期間で開発することができたのは、ひとえに当社のエンジニアたちが持つ技術力、企画力の賜物だと自負しています。

津田大介氏からの質問 その2

災害時は「インフラの安定運用」、「アクセス増を見越したスケーラビリティ」の2つが通常以上に重要になってくるが
、この2点の安定をどう担保していますか?

『ニコ動』や『ニコ生』は、1日およそ300万人ものユーザーに視聴されるメディアに成長しているので、サーバの負荷分散法については震災前からエンジニアグループが日夜研究を続けていました。

具体的には、動画ならではの大容量配信に耐え、かつ特定のコンテンツにアクセスやコメント投稿が集中しても途中で落ちないように、フロントサーバのうしろに独自のサーバ管理デーモンを構築。このプログラムと、リアルタイムに各コンテンツの毎分視聴者数をカウントするシステムを連携させることで、柔軟にリソースを管理・配分をしていく手法を約3年前から採用しています。

3.11から2日間くらいは、サイト全体のアクセス数が通常時の1.2倍くらいに膨れ上がる時間帯もありましたが、こうしてもともと動的な負荷分散を指向した設計になっていたので、追加の施策を採らなくても安定運用することができました。

震災後、会員数、アクセス数ともに増え続けているので、負荷分散の研究はこれからも続けていかなければならないと思っていますが。

開発陣がサービスまで企画するのは「ドワンゴのDNA」

津田大介氏からの質問 その3

『エンジニアtype』がTwitter上で読者の意見を募った「今後必要になりそうなICTサービス」として、映像メディアとソーシャルメディアの連携を挙げる声が多かったが、この点について『ニコ生』として今後の青写真はあるか?
 

ほかのソーシャルメディアとの連携を前提に、よりオープンなメディアであるべきという論点でこの質問を受け取るならば、例えばFacebookとのAPIを通じた連携なども考えられるかもしれません(『ニコ生』ではTwitterのタイムライン連動を行っています)。

ただ、今のところ、当社の戦略にそういった構想はありません。なぜなら、『ニコ生』をはじめドワンゴが運営する各種映像メディアは、現時点でも十分ソーシャルなメディアだと考えているからです。

サービス運営のポリシーとして掲げている『ニコニコ宣言』でも明言している通り、僕たちが目指しているのは、ユーザーの持つ知識や感情を「コメント」という形で表現してもらい、それを動画のみならずすべてのものに載せることで集合知を生み、ネット上の新しいコミュニケーション手段を提供するというもの。

3.11後に行った災害情報のサイマル放送なども、こうしたポリシーの延長線上にあるものとして、「その時必要だと思われるサービスを乗っけただけ」という風にとらえています。

ですから今後の青写真も、情報の出し手・受け手みんなが一つになれるサービスを作り続けていくことに尽きると思っています。その上で、もっと幅広い層に「ニコ生=リアルタイム報道メディア」としての認知を高めていきたい、というのが中長期戦略です。

津田大介氏からの質問 その4

TVと比較して、『ニコ生』・『ニコ動』の強みはどこにあるとお考えか。また、それがTVにできない報道や、被災地支援サービスとして、どのように発展していくとお考えか。 

【質問その1】への回答でもご説明したように、現在の『ニコ生』は政治や原発関連のノーカット会見などもたくさん放送していますし、動画・ライブ・ニュース・特番すべてのラインアップをそろえています。

「出演者の発言は削らない」、「ユーザーの議論を尊重する」などのポリシーで新しい報道の形を目指す『ニコ生』(画像は6/20公式放送)

「出演者の意見を尊重」、「コメント連動でユーザー間の議論を醸成」などで新しい報道を体現(画像は6/20の放送)

その中で、既存の巨大メディアが拾っていない声をキチンと拾っていくこと、出演者たちの意見をカットせずに伝えていくこと、ユーザーみんなが議論していく場を提供し続けることで、TVにはないニコニコならではの強みを発揮できると考えています。

もう一つの強みは、やはりエンジニアたちのサービス企画力です。ドワンゴはエンジニアが集まって起業した会社ということもあって、もともと「企画者」と「開発者」の役割分担があいまいです。さらに今後は、こうした役割分担そのものを取っ払っていこうと思っています。

わたし自身、元は研究開発部門の所属でしたが、今はニコニコ事業全体の統括者として仕事をしています。エンジニアがサービスまで企画していくのは、ドワンゴのDNAとして当たり前のことなんです。

日ごろ行っているサービス改善ミーティングなどでも、エンジニアから「ああした方が」、「こうした方が」という意見がバンバン出てきます。それが、今回の募金システムだったり『ジャンプ』の配信ビューワー開発にもつながっている。

技術寄りの人間がサービス企画まで行うのはなかなか難しいことだと理解していますが、今の時代、そこにエンジニアが切り込んでいかないと、時流をとらえた新しいサービスは生まれません。結局「作る」のはエンジニアですしね。自ら企画して作った方が、早く事業として立ち上げられますし。

幸い、ニコニコは開発した機能に対するユーザーの反応が「コメント」という形でリアルタイムに表示されるので、ドワンゴの開発陣は新サービスを生み、さらに改善していくための”種”を得やすい環境にいるのかもしれません。津田さんが[津田大介責任編集①] 3.11後に見えたネットの未来。そして「進化」への提言で指摘していた「ニーズイメージ力」を身に付けやすい環境というか。

この環境を強みと呼んでいいのであれば、当社のエンジニアたちは恵まれていると言えるでしょうね。

取材・文/伊藤健吾(編集部) 撮影/小林 正