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[連載:企業に直撃!] 新日鉄ソリューションズのARメガネ開発にクラウドの進化形を見た!

公開

 
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新日鉄ソリューションズ株式会社  技術本部  システム研究開発センター
デザインエンジニアリングセンター  シニアマネジャー  笹尾和宏氏

「青空や街の風景に、自由にCGやタグを付け加えられるなんて!!」

そんな驚きを提供したiPhoneアプリ『セカイカメラ』や、最近発売された任天堂『3DS』に採用され、エンタメ分野でにわかに注目を集めているAR技術。ARとはAugmented Realityの略で、「拡張現実」を意味するテクノロジー用語だ。

ひところ話題になったヴァーチャルリアリティー(以下、VR)と似ているが、視野のすべてを仮想空間に置き換えるVRに対し、ARは目の前に広がる現実世界とCGを融合して表現する点で異なる。

システムインテグレーターの新日鉄ソリューションズは今年2月、このAR技術を産業向けに活用すべく、米国ビュージックス社と共同でサングラス型の光学透過型ARメガネを開発した。

「まずはこれを掛けてみてください」

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右下に見えるのが、ARメガネ越しに映る立体化したビルの姿。かなり鮮明に可視化される

ARメガネ開発のプロジェクトのリーダーを務めた笹尾和宏氏から手渡されたのは、ごく普通のサングラスのようなARメガネ。カメラやセンサが満載されているため、多少無骨な印象があるものの、掛け心地は実に軽い。

「このパンフレットを正面にかざしてから、斜めにしたり回してみたりすると面白いですよ」

パンフレットの表紙には、来年完成するという同社のデータセンターの完成予想図が描かれている。何の変哲もない紙だが、メガネ越しに眺めると、おもむろに完成予想図上に建物の立体イメージが立ち上がる。 パンフレットを立てたり横に傾けたりすると、建物の立体映像も一緒にクルクルと動き出して……思わず「おぉ~」と出てしまう、感嘆の声。

こうしたことができるのも、ARメガネに仕込まれたカメラやジャイロセンサなどから得た信号をもとに位置や方向を割り出し、グラスの内側にある透過スクリーンに立体映像として映し出しているからだ。しかし、この性能を実現するのは言葉で説明するほど簡単なことではなかった。

国外の専門会社と積極的につながることで技術的難題を克服

「今までもこれと似た光学透過型のヘッドマウントディスプレーはありましたが、CGを表示するには画角も狭いし、表示エリア自体も小さ過ぎて実用的ではなかったんです」

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「社内にない技術なら、外から借りればいい」。笹尾氏の判断はシンプルだった

そのため開発当初は、VR用のデバイスとしても使われる非光学透過型のヘッドマウントディスプレーにカメラを付け、取得した映像とCG画像と合成する「ビデオシースルー方式」を使うことを想定し、試作機を作ったという。これなら表示エリアや画角の問題はない。

「でも、非透過型のディスプレーだと、接続ケーブルが抜けたりして電源供給が絶たれると視界が真っ暗になってしまう。用途によっては危険が伴うわけです。また、ディスプレーに表示される映像と、実際に目で見る感覚とはどうしても異なるため、長時間使用すると気分が悪くなってしまうという難点もありました」

電力が途切れても視界を失わないようにするには、光学透過型のヘッドマウントディスプレーがベスト。しかしCGを違和感なく表示できる高精細なスクリーンとカメラを備える既製品は見つからない。

そこで笹尾氏が目をつけたのが、ヘッドマウントディスプレーを製造するビュージックス社だった。要望を伝えると、同社の回答は「YES」。無事、共同開発にこぎ着けることができた。

加えて、デバイスメーカーであるビュージックス社が持っていなかった制御ソフトは、フランスのトータルイマージョン社製ARライブラリを活用。他社の優れたAR製品と連携させながら、バックエンドのシステムや開発者向けのフレームワークを独自開発していった。

独自発想の「クラウドプラス」が生んだ、新しいSIビジネスのカタチ

国内外の”使える”技術を組み合わせ、ソリューションとして成立させる手法は、ベンダー中立を謳う新日鉄ソリューションズの十八番といえそうだ。では、そもそもSIerである同社がなぜ、ARに取り組むようになったのか。

「ARが流行っているから、というわけではもちろんありません(笑)。プロセッサの小型化に伴って、今は生活のいたるところにコンピュータやセンサが存在する時代になりつつあります。この大きな流れの中で、システムインテグレーションのあり方も変わってくると考えているんです。そこで当社が編み出した概念が、クラウドを核にあらゆるデバイスやテクノロジーを組み合わせた仕組み『クラウドプラス』です。ARメガネは、その数ある可能性の一つなんですよ」

笹尾氏の言う「クラウドプラス」を噛み砕いて説明すると、クラウドに蓄積された膨大な情報・知識と、人間をも含めた実世界の各種”ハードウエア”とを融合・連携させて、新しいテクノロジーの使い方を生み出そうという取り組み。新日鉄ソリューションズのシステム研究開発センターは、「3年後に実ビジネスへ寄与する」をテーマに幅広い研究を続けているが、ARメガネもその中から生まれたわけだ。

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障害発生箇所を見つけ出すのが難しいサーバ管理も、ARメガネを装着すれば修理すべき場所が一目で分かる

だからこそ、笹尾氏はARメガネの活用例として、製造ラインやサービス産業における実作業支援などを考えていると言う。

「例えばサーバに障害が発生した場合、まずクラウドネットワークを通じて修復作業者の携帯端末に障害発生を通知します。その後、作業者はARメガネを装着すれば、不具合箇所をビジュアル化された指示に基づいて発見できますし、マニュアルなどを見ずに作業にあたることもできるのです。このように、ARを使って人間の作業効率や処理能力を拡張するような方向に、この技術を発展させていきたいと思っています」

リリース発表直後から、同社には各方面から多数の問い合わせが寄せられており、今後装置の小型化が進めばビジネスチャンスはさらに広がっていくだろう。

「予想以上の反響をいただいたことで、わたし自身、こうしたARメガネがビジネスシーンどころか一般生活にも溶け込んでいく可能性があるんじゃないかと思い始めています。まるでアニメの『電脳コイル』のように(笑)」

僕らの毎日が文字通り「拡張現実」になるのも、実はもう時間の問題なのかもしれない。

取材・文/武田敏則 撮影/小林 正(人物のみ)