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[連載:西田 宗千佳③] 『Chromebook』に見る、次世代PC環境で活きる技術

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ジャーナリスト・西田 宗千佳のデジMONO先端研
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IT・家電ジャーナリスト
西田 宗千佳

「電気かデジタルが流れるもの全般」を守備範囲に執筆活動を続ける気鋭のフリージャーナリスト。主要日刊紙や経済誌、MONO系雑誌にあまねく寄稿し、書籍の執筆も多数。最近は電子書籍関連の著書が多い。近著は『災害時 ケータイ&ネット活用BOOK 「つながらない!」とき、どうするか?』(朝日新聞出版/税込840円)など

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From sam_churchill

起動時間が約8秒と早く、クラウドとの連携でソフトウエア更新が自動化されるなどの特徴を持つ『Chromebook』

5月11日、Googleはアメリカ・サンフランシスコで開催した開発者会議『Google I/O』で、開発中のパソコン用OS「Chrome OS」搭載のノートPC『Chromebook』を、6月15日より欧米にて発売すると発表した。

この『Chromebook』は、1984年以降続いてきた「PCとOSの関係性」を変える製品であり、今後のパソコンを中核としたビジネスを考える上では、見過ごすことのできない製品・サービスとなる。

まず、『Chromebook』の特徴をおさらいしておこう。『Chromebook』は、先に述べた通り、OSに「Chrome OS」を採用している。Chrome OSの特徴は、WindowsやMac OS、デスクトップPC用のLinuxである「Ubuntu」などに比べて、OSそのもの規模が非常に小さいことだ。コアはLinuxだが、その上にあるのは最小限の管理モジュールと、Webブラウザ「Chrome」だけだ。ChromeはGoogleがパソコン用として配布しているWebブラウザであり、日常的に使っている人も少なくないのではないだろうか。

ごく簡単に言えば、ブラウザであるChromeを窓口に、すべての用途を「Webアプリ」でこなす、というのがChrome OSの発想。OS層が小さくなるので、PCのハードウエア性能が低くても問題なく、バッテリ動作時間は長くなる上に、起動時間も短くなる。『Chromebook』の場合、おおむね8秒程度になるという。

OSのアップデートも短時間で終了するため、利用者側が気にすることもほとんどない。そもそもWebアプリを使うということは、アプリ側の改善もサーバ側で行われるため、『Chromebook』側のアップデートは必要ない。すなわち、それだけ管理がシンプルになるということである。データも設定もネットの向こうにあるから、「Chromebookを川に投げ捨てても、新品に入れ替えればすぐに元に戻る」(同社基調講演より)という。

『Chromebook』を使う際には、基本的なユーザーデータの保存やメールサービスなどに、Google側にあるサービスを使う。同社の解説によれば、Googleのサービスそのものを使う必要はなく、同様のものを誰でも構築できる、ということだが、実際には同社のものを使うのが最も楽だろう。

『Chromebook』はハードウエアを普通に購入することもできるが、特に企業や大学向けには、ハードウエアを購入するのではない「サブスクリプションモデル」も用意されている。学校向けでは月額20ドルから、企業向けでは28ドルからという契約を3年間結ぶと、ハードウエアと各種サービスが同時に提供される。

ハードについては故障だけでなく、新型への切り替えに伴う商品更新などの際にも、新しいハードウエアが提供されるようになっているという。この次世代型PCを世に送り出す上で大切なのは、「管理を含めたサービス」であり、ハードそのものではないからだ。

HTML5+WebGLで「Webサービスの範疇を超えるアプリ」が誕生か?

このように、『Chromebook』のコンセプトは、既存のPCとは大きく異なるものである。だがその一方で、現役エンジニアから見ると、さほど驚きのあるものでもない、と感じる人も多いはずだ。

「アプリをサービス化する」という発想は、1990年代末から何度も試みられてきたものであり、珍しいものではない。個人向けのPCはともかく、企業向けのシステムについていえば、オープンなインターネット上に構築されたWebアプリ・クラウド型サービスを使う例はもちろん、そうでなくともすでにローカルなアプリに頼るシステムの方が少ない。ローカルにデータを保存しないという点も、集中管理を考えれば当然の話であり、学校・企業向けとしては当たり前のコンセプトである。

だがそれでも、Chrome を中核としたGoogleの施策には、注目すべき点が多い。それは、Chromeのバックグラウンドでもある、HTML5とWebGLのサポートだ。

Webアプリをローカルアプリのように使いやすくするには、柔軟に使えるパワフルな開発環境が必要になる。HTML5によって高度なアプリケーションUIの開発が容易になる、というのはすでにご存じな方も多いだろうが、注目すべきはWebGLとの組み合わせだ。

WebGLは、簡単に言えばWebで3Dグラフィクスを扱うための標準規格。3Dグラフィクスの表示にはOpenGLを、プログラマビリティの部分ではJavaScriptを使っている。この両者を組み合わせることで、表示系については、かなりネイティブアプリケーションに近いものが作れるようになる印象だ。

ローカルアプリケーションを使う既存OSが必要になるのは、ユーザーインターフェースを含めたアプリを快適に使うための「ユーザーに近い部分」を高速に実装するために有利だから、という部分が大きい。WebGLは従来のWebグラフィクス技術に比べ、よりネイティブなグラフィックAPIに近く(もちろん同じではない)、HTML5と組み合わせて使うことで、Webサービスの範疇を超えるアプリ開発が可能になる。

これまでは「ローカルOS+ローカルアプリ上」で動いていたものも、それを構築するために必要なAPI層などがネットワークプラットフォーム側に移行していくことで、既存のPC用OSにこだわらずにシステム構築をしていくことが「現実的なもの」になっていく。その一つの流れがChrome OS、と言ってもいいだろう。

PCとモバイルの「主従関係」は完全に変わった

もちろんこの流れは、PCだけでなく、携帯電話やタブレット端末などにもつながっていく。

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From na0905

モバイル=Android、PC=Chromeという使い分けが示すのは、お互いの役割が逆転したという事実だ(写真はイメージ)

そこで気になるのは、GoogleがパソコンではChrome OSを、それ以外ではAndroidを推進している点だ。そこにいささかの齟齬やカニバライズもない、とするのは楽観的過ぎる。だが、次のように考えると合理的である。

これまでは、「ローカルで」リッチな機能を実現する必要が多いのはPCであり、モバイル機器は「サブ」的だった。だが今後は、モバイルこそがメインであり、もっともリッチな機能が求められるものになる。モバイルでは必要な「通話」、「GPS」、「NFC」といった要素への対応は、PCには不要とまでは言わないが、プライオリティーが低い。

そういったものをサポートするには、「厚い」OSであるAndroidが必要で、パソコンはもう「薄い」OSであるChrome OSでいい、という見方だ。そしてもちろん、HTML5などでシステムを構築すれば、両者に対応するのは(ユーザーインターフェース設計はともかく)困難な話ではない。

これからのアプリ構築を考える場合には、「重要なレイヤーがどこに変わっていくのか」を認識することがより大切になっていくだろう。

撮影/芳地博之(人物のみ)