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[連載:世良耕太①] F1レッドブル・レーシングが示した「たった1人のデザイナーが性能を左右する」という新常識

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立。自動車やF1を軸としたモータースポーツの技術面を中心に取材・編集・執筆を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(ソニーマガジンズ)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー1〜3』(三栄書房/1680円)、『博士のエンジン手帖』(三栄書房/1260円)など

F1参戦からたった6年でシリーズ制覇を遂げたレッドブル・レーシング。新興勢力としては異例のスピードだ

F1参戦からたった6年でシリーズ制覇を遂げたレッドブル・レーシング。新興勢力としては異例のスピードだ

モータースポーツの最高峰を自任するF1世界選手権の2010年シーズンを制したのは、参戦6年目のレッドブル・レーシングだった。

60年の歴史を持つFormula One World Championshipにあっては、新興勢力である。F1とは切っても切れない関係にあるフェラーリや、かつてホンダと組んで一時代を築いたマクラーレンらを差し置いてのチャンピオン獲得だった。

今回は、その「新参者」をチャンピオンに導いた立役者の話から、自動車開発の未来をひも解いていきたい。

F1で好成績を収める正攻法は、フェラーリのようにエンジンも車体も自前で開発して参戦するワークス体制を敷くこと。エンジンと車体という、F1マシンを構成する二大要素に目が行き届き、精度の高いものづくりを行えるのがその理由。

もう一方の勢力は、プライベートチームを基盤とし、強力なエンジンコンストラクターとパートナーシップを組むことである。分業によってリスクを分散し、投資効率を高める考えだ。マクラーレンが代表的な成功例で、多くのチームがこの形態を取っている。

レッドブルはジャガー・レーシング(その前身はスチュワート・グランプリ)という既存チームの資産を買収することで、F1参戦の基盤を作った。これは、短期間で成功を収めるための正攻法である。F1は、たった2台をサーキットで走らせるだけだが、大規模な設備を必要とするからだ。

シリーズ制覇の起爆剤になった、ニューウェイの引き抜き

量産自動車メーカーとの違いは生産ラインがないことくらいで、研究・開発設備や製造・組立設備は必須。しかも、量産車に比べてF1には高い精度が求められる。ゼロから構築するのが理想に違いないが、それでは時間を必要とする。それよりも、ある程度のレベルに達した設備を引き継いだ方が効率的だ。

トヨタは2002年から2009年までワークス体制で参戦活動を行ったが、あえてゼロスタートの道を選んだ。機会があればトヨタ流F1参戦術にも触れようと思うが、結論を急げば、成果を挙げるのに時間を要し、それが遠因となって一度も優勝することなく撤退していった。

エンジニアの徹夜のお供としても人気の『Red Bull』。プロモーションの一環で各種スポーツイベントに参戦する

エンジニアの徹夜のお供としても人気の『Red Bull』。プロモーションの一環で各種スポーツイベントに参戦する

話をレッドブルに戻そう。オーストリア資本のエナジードリンクメーカーであるレッドブルは、若年層をターゲットにしたスポーツイベントやシリーズへのスポンサー活動を積極的に行っている。F1へのスポンサードもその一環で、参戦するなりグランプリの現場に派手なプロモーション活動を持ち込んだ。

F1は、成立当初にそうだった「紳士淑女が集う社交場」のムードを引きずっており、レッドブルが持ち込んだプロモーション活動に対しては、場の雰囲気を乱すものとして眉をひそめる向きもあった。参戦初年度にあたる2005年のモナコGPでは、映画『スターウォーズ』とタイアップし、ダース・ベーダーやC3PO、R2D2がパドックに登場。メカニックはストーム・トゥルーパーをモチーフにした作業服に身を包んだ。翌2006年は『スーパーマン』とタイアップした。

「エナジードリンクメーカーが遊び半分でF1に乗り込んできた」

そう思われても仕方のないような一連のショーアップ。だが、レッドブルは本気だったのである。

前述したように、既存チームを買収するのは、短期間で成果を手にする近道ではある。だが、道具を使いこなして優れたプロダクトを生み出すのはエンジニアである。表面はちゃらちゃらしているように見えて、その実、大まじめにF1制覇を考えていた。

その核となったのが、レーシングカーデザイナー、エイドリアン・ニューウェイ(1958年生まれ)の引き抜きである。

「プロダクトデザイン」が示す意味合いは日欧米で大きく異なる

ニューエイの移籍時の肩書きは「チーフ・テクニカル・オフィサー」。デザイナーが開発の全権を握る形だ

ニューウェイの移籍時の肩書きは「チーフ・テクニカル・オフィサー」。デザイナーが開発のほぼ全権を握る形だ

大学で航空工学を学んだニューウェイは、卒業後、一貫してモータースポーツ畑を歩んできた。1980年代前半をアメリカのモータースポーツ界で過ごすと、1986年にF1に転身。出自が物語るように、空気力学(空力)を得意とした。

ホンダがターボエンジンでF1を席巻した1980年代後半は、エンジンのパワーがF1の速さを決定づけた。ところが、ターボが禁止になった1989年以降は、エンジンの性能よりも空力性能がF1の速さを決定づけるようになった。

空気の圧力差によって発生するダウンフォースをいかに稼ぎ、車体を地面に押さえ付けるか(そうすると、遠心力に打ち勝ってコーナー旋回スピードが増す)という競争である。

その先頭を走ったのがニューウェイだった。ニューウェイはウィリアムズ(1991〜96年)とマクラーレン(1997〜2005年)という名門プライベートチームを渡り歩き、この間に7台のチャンピオンマシンを送り出した。

ニューウェイがF1マシンをデザインすれば、かなり高い確率でチャンピオンを獲得できる――。つまり、ニューウェイという人は、F1界のスターデザイナーなのである。

そのニューウェイを引き入れたのが、レッドブルが成功した最大の要因だろう。日本では一般に「デザイン」と表現すると、外見上の形、すなわちスタイリングを意味することが多い。デザインの良し悪しは、格好がいいか悪いかという主観的な判断として理解される。

だが、欧米でデザインと表現する場合は、字義どおり「設計」の意味で用いる。これは自動車業界でもF1でも同じだ。

「形態は機能に従う」という名言を残した建築家がいたが、F1マシンもそうで、目に見える形はあくまで機能に従ったにすぎない。格好良く見えるかどうかが重要なのではなく、サーキットを誰よりも速く走ることが重要なのである。

“木ばかりを見る設計”では優れたモノが生まれない

ニューウェイが誤解されがちなのは、「空力の専門家」と見られることだ。ニューウェイの送り出す作品が、空力性能を重視するあまり、サスペンション設計のセオリーを無視したレイアウトだったり、エンジン性能に対してネガティブな影響を与えるのではないかと思われる排気管だったりするのは事実。

だがそれも、総合性能を考えての判断であり、それらも含めて「設計」なのである。

「似たり寄ったり」なボディーの形状が多くなったF1界において、レッドブルのマシンは異彩を放っている

「似たり寄ったり」なボディーの形状が多くなったF1界において、レッドブルのマシンは異彩を放っている

空力がF1の速さを決定づける最大の開発領域であることに変わりはないが、それを下支えするサスペンションやエンジンの性能も重要。すべてが相互に補完しつつ、空力が最高の性能を発揮することで、結果的に速いマシンができる。全体を見ずして細部を語ることはできない。

話は飛躍するが、ひるがえって日本の自動車製造業を俯瞰してみると、森を見ずして木ばかりを見ている設計のいかに多いことか。木を見ていればまだ良い。1本の枝、いや、葉脈を見ることに熱心で、全体を見ていない(語れない)エンジニアが多くはないだろうか。

F1マシンの設計チームも、基本的には電気なら電気、流体力学なら流体力学と、専門分野に長けたエンジニアの集合体である。だが、全体を見て方向性を示す人物がトップにいなければ、考えは発散し、優れたプロダクトはできあがらない。レッドブルのケースでは、まさにその指揮官役を、ニューウェイが務めているわけだ。

与えられた規則の中で、どういう設計をすれば速いマシンになるのか。それが「見える」のがスターデザイナーに求められる資質だろう。極論すれば、レッドブル以外の11チームのマシンに、オリジナリティーは少ない。ニューウェイが設計したマシンを眺めてそのカラクリを自分たちなりに解釈し、まとめあげたプロダクトに過ぎないと言える。

ニューウェイの功績が示すのは、開発の全体像を見据えた上で全体最適をうながす力を持ったデザイナーが、自動車の性能そのものを左右する存在になってきたということ。

こうした動きが、一般乗用車はもちろん、あらゆるプロダクト開発で性能を高めていくための一つの手法になっていくかもしれないと筆者は考えている。

※記事中写真はすべてRed Bull Racing公式ギャラリーより