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[連載:世良耕太②] F1新規定が浮き彫りにした、エンジン開発の「ガラパゴス化」から脱出せよ

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立。自動車やF1を軸としたモータースポーツの技術面を中心に取材・編集・執筆を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(ソニーマガジンズ)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー1〜3』(三栄書房/1680円)、『博士のエンジン手帖』(三栄書房/1260円)など

F1は2006年以降、排気量2.4LのV型8気筒エンジンを積んでいる。それまでは排気量3L・のV型10気筒エンジンを積んでおり、排気量を2割カットしたのは出力を低くし、速くなり過ぎたスピードを抑えるためだ。

近代F1は、エンジンの出力向上、軽量化、排気量減と「相反する要素」をすべて進化させてきた

From Pirelli

近代F1は、エンジンの出力向上、軽量化、排気量減と「相反する要素」をすべて進化させてきた

近代F1の速さ(速度の絶対値ではなく、ラップタイムが尺度)を決定づけるのはダウンフォース(空気の圧力差を利用し、車両を地面に押さえ付ける力)を含めた空力性能だが、エンジンが発生する出力が重要なことに変わりはない。

排気量3.5Lから3Lに減らされたのは1995年のことだが、以来11シーズンで最高出力は250ps以上も増えている。

エンジンの出力を増やす手段は、極論すれば「単位時間あたりにより多くの燃料を燃やす」こと。アプローチにはいくつかあって、排気量を増やして1サイクルあたりに燃える燃料を増やすのがその一つ。また、回転数を上げて、燃える回数を増やす方法もある。つまり、排気量を増やすか、回転数を上げるかだ。

1995年から2005年までは排気量が3Lに固定されていたから、F1エンジンコンストラクターは回転数を引き上げることに心血を注ぎ、高出力化を図った。1995年当時の最高回転数は1万7000rpm前後だったが、2005年には1万9000rpmを超えた。2000rpmを超える高回転化が、250ps増の主な理由である。

しかも、車両運動性能を高めるため、この間、保証距離を延ばしながらエンジンは約40kg(130kg級→90kg級)の軽量化を果たしている。F1における技術開発のすさまじさを物語る数字だ。

最高出力の向上はラップタイム短縮の大きな力になるから、規則を管理するFIA(国際自動車連盟)は排気量の2割削減によって最高出力を減らし、スピードダウンを図ろうとした。だが、回転数が無制限であることに変わりはなかったので、エンジンコンストラクターは2.4L・V8に切り替わっても高回転化に突き進み、ついに常用2万rpmを視野に入れるまでになった。排気量は2割カットされたけれども、高回転化によって出力は2割以下の低下幅に抑えたのである。

そこでFIAはさらに手を打ち、2007年には最高回転数を1万9000rpmに制限すると同時に、主要構造部品の開発を凍結。2009年には最高回転数を1万8000rpmとし、締め付けを厳しくして現在に至っている。

そのエンジンが2014年から変更になる。今度は排気量1.6LのV6シングルターボだ。過給器(ターボチャージャー:排気ガスのエネルギーを利用して吸気の圧力を高め、シリンダーに押し込む装置)の装着が許されるようになるが、排気量は3分の2になる。最高回転数の上限は3000rpm引き下げられて1万5000rpmになる。

欧米では「過給ダウンサイジング」がCO2削減の切り札に

さて、こうしたフォーマット変更の目的は、排気量の削減による最高出力のカットではなく、ヨーロッパを中心に乗用車の世界で進む「過給ダウンサイジング」の流れを追いかけるものだ。F1と乗用車の技術の関係をより密接にしようとする狙いが背景にある。

環境にやさしいパワーユニットといえばハイブリッド(ガソリンエンジン+電気モータ)となりがちな日本では気づきにくいが、欧米ではCO2排出量削減の当面の切り札として、過給ダウンサイジングが注目を集めている。

From GM 過給ダウンサイジングは、写真奥にあるターボチャージャーで圧力をかけられた吸気を、写真左にあるインタークーラー冷やすという仕組みで行われるのが通例

From GM

過給ダウンサイジングは、写真奥のターボチャージャーで圧力をかけられた吸気を、写真左にあるインタークーラーで冷やすという仕組みで行われるのが通例

先に、「エンジンの出力を増やす手段は、排気量を増やすか高回転化するか」と説明したが、過給するのも手段の一つなのだ。ターボチャージャーで吸気の圧力を高め、シリンダーに大量の空気を送り込めば、排気量を増やさずに吸気量を増やすことができ、結果的にそれに見合った多くの燃料を噴射することができて、出力が高まる。

計算上、1.6Lのエンジンに2.4L相当の空気を押し込めば、2.4L自然吸気エンジンと同等の出力を得ることが可能だ。ひと昔前のターボエンジンには問題があって、出力の向上と引き換えに燃費の悪化を覚悟しなければならなかった。加えて、アクセルペダルを踏み込んでから力が出るまでの応答遅れ、いわゆるターボラグも悩みの種だった。

しかし、燃費の悪化もターボラグも今や昔。デバイスと制御の開発が進んだことにより、低回転域から相応のパワーが出力されてドライバーが要求する力を生み、しかも良好な燃費を記録する。ターボラグも感じない(計測すれば存在が確認できるものの、体感上はゼロに等しい)。だから、ヨーロッパでは、過給ダウンサイジングが支持を得ている。支持/不支持の背景に、排気量の大小は関係ない。

ヨーロッパでは1.6L〜2.4Lの自然吸気エンジンが1.2〜1.4Lの過給ダウンサイジングエンジンに切り替わる傾向だし、3L〜3.5Lの自然吸気エンジンが1.4L〜1.6Lの過給ダウンサイジングエンジンに切り替わる流れが加速している。この流れは大排気量で鳴らしたアメリカのマーケットにも飛び火している。

エンジニアリング主導でユーザーを「教育」することも時には大切

置いてきぼりを食っているのは日本だ。携帯電話のガラパゴス化が一時さかんに指摘されたが、乗用車の世界では、そして日本のモータースポーツも、エンジンのガラパゴス化が今まさに進行中なのである。

欧米で進行する過給ダウンサイジング化の流れを日本で阻んでいる要因の一つは、「排気量神話」だと筆者は考える。

1Lエンジンを積んだライバルの『日産サニー』に対し、トヨタが『カローラ』の宣伝で「プラス100ccの余裕」を訴えたのは1966年のこと。その当時から現在に至るまで、「排気量が大きいほどエライ」、「排気量が小さいクルマは貧乏クサイ」との固定観念にとらわれているのではないか。「排気量の小さなエンジンで大きなクルマを動かすことがスマート」という価値基準を持てないでいるのである。

そう思っているのは、実はユーザーではなく、商品企画や営業に属するスタッフだけかもしれない。「今までのモデルが排気量3Lだったのだから、これを1.6Lにしたら売れるワケがない」と決めつけているのではないか。あるいは、企画にゴーサインを出す(保守的な)上層部が過給ダウンサイジングに理解を示さず、陽の目を見ないでいるのかもしれない。

From Nissan 日産が今年出したターボチャージャーは、従来の高出力型ではあるものの過給ダウンサイジングに向けたポテンシャルを秘めている<br />

From Nissan

日産が昨年投入したターボエンジンは、従来の高出力型だが過給ダウンサイジングに向けたポテンシャルを秘める

エンジンの開発に携わるエンジニア諸氏は、過給ダウンサイジングの優位性に気づいているはずだし、日本の技術を持ってすればヨーロッパ発の過給ダウンサイジング並み、いや、それを上回る技術を提示できるはず。ヨーロッパでの普及ぶりを見れば、「ターボをつけるとコストが……」という言い訳は通用しないはずだ。

トヨタ『プリウス』が象徴するように、ハイブリッド技術では日本の存在感を世界に示すことができているが、10年後も20年後も主力のパワーユニットとして生き続けるであろう内燃機関の効率を高める技術に関しては、存在感が薄れているのが現状。ヨーロッパのエンジニアから「近ごろの日本はどうした」と言われるようになってはおしまいである。

自らの技術を磨いて機会を待つのではなく、手にした技術を活かすべく、人や組織に積極的に働きかけるのもエンジニアが生き残る道だと思うのだが、いかがだろう。それとも、「あいつは跳ねっ返り」の烙印を捺されては出世に響くから、おとなしくしているに限るのだろうか。

クルマを使うのはユーザーだが、クルマのことを良く知っているのは作り手である。ユーザーにおもねるだけでなく、ときにユーザーを教育する(という表現が高飛車なら、気づかせる)つもりでエンジニアリング主導の商品開発をしないと、そのうち日本の自動車産業全体がしぼんでいってしまうような不安を感じるのだが……。