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[コラム] グーグル、エバーノート…世界的起業家を生む中国・ロシア「大国のIT育成」に、日本人は何を学ぶか

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From jurvetson & bfishadow & shinya(左)グーグル共同創業者のサーゲイ・ブリン(右上)中国ネット大手・新浪の看板(右下)エバーノートCEOフィル・ルービン

From jurvetson & bfishadow & shinya

(左)グーグル共同創業者サーゲイ・ブリン (右上)中国ネット大手・新浪の看板 (右下)エバーノートCEOフィル・リービン

『Facebook』のようなSNS企業の成功や、iPhone&Androidアプリマーケットの隆盛で、世界的にICT起業ブームが巻き起こっている昨今。起業数の多寡はその国の成長力を示す一つの指標になると言われ、経済成長著しい中国やロシアでも、この流れは顕著に表れている。

とはいえ、米シリコンバレーなどに比べて情報に乏しく、心象的にも「近くて遠い」中国・ロシアのICT事情、特に起業家やエンジニアたちの動向を詳しく知る日本人はさほど多くないはず。そこで、両国のICTマーケットや技術者育成に精通する専門家たちに話を聞いた。

「中国人のIT起業家たちを見ていて感じるのは、日本人に比べてビジネスに対する成功意欲が著しく高いこと、そして事業化までのスピードがずば抜けて早いことです」

株式会社サイバーエージェント・ベンチャーズ
中国事務所総代表
北川伸明氏

そう話すのは、中国で数々の投資案件を手掛けている、サイバーエージェント・ベンチャーズの中国事務所総代表、北川伸明氏だ。その背景を、中国人の持つ合理性と、苛烈な競争社会に根差していると考察している。

例えば、中国最大のミニブログサービスで「中国版Twitter」と呼ばれる『新浪微博(シンランウェイボー)』は、本家Twitterと酷似しているものの、音楽や動画アップロードが可能で「機能は本家より使いやすい」と好評だ。そのため、2009年のローンチからわずか1年でユーザー数1億人を達成。フォロワー数トップ100ユーザーのフォロワー数合計は3.48億で、この6月中に本家を超える見込みだ。 

また、日本でも一時期ブームとなったグルーポン系サイトにしても、中国では手掛ける事業者数が半端なく多い。2011年4月時点で、その数は4300超にも上るという。

「これらは、『すでに優れたものが存在するなら、それをマネて手を加える方が、合理的だし自然だ』と考える中国人の特長が如実に表れている。激しい競争社会でもあるので、自分がやらなければ誰かに先を越されるという焦りもあるのでしょう。いかに人に先んじるか。それがビジネスを成功させるカギだと確信しているところがあるように感じます」

成長の基盤は【中→スピード】【露→技術的ユニークさ】

日本では「中国製品・サービスはパクりばかり」というイメージが流布しており、北川氏も「模倣サービスが良いとは思わない」と述べる。ただ、ICT業界は今も昔も、先行者が市場の利益を独占してきた。その観点だけで見ると、中国人エンジニアの方が日本より世界標準に則った動きをしている。

「欧米のIT企業の成功事例を熱心に勉強している人は、日本より多いかもしれない。『歴史は繰り返す』と考える風土があるからでしょう。英文の最新ニュースを読みこなすエンジニアもけっこういます」

北川氏の感覚では、グローバルレベルのICT情報は、日本より中国の方が早く流れてくるという。それをすぐさまキャッチアップし、まずは作ってしまおうと考える潔さは、日本人エンジニアも参考にするべきことかもしれない。「モノを作る能力自体は、日本人も中国人も変わりない」(北川氏)だけに、あとはスピード感だけの違いなのだ。

「中国はベンチャーキャピタルの層も厚いため、アイデアが評価されれば、億単位の投資を得ることはそう難しくない。こういった状況も、エンジニアたちのチャレンジを後押ししています。今はまだ国内向けサービスが中心ですが、スマホアプリやソーシャルゲームの領域では徐々に海外展開を視野に入れて事業を興すエンジニアが増えているので、これから世界的なIT企業が生まれる可能性も決して低くはないと思います」

エール大学
マクミラン国際関係研究センター
シニアフェロー
前・参議院議員
田村 耕太郎氏

これと似たような現象が、もう一つの大国・ロシアでも見て取れる。米エール大学マクミラン国際関係研究センター・シニアフェローで、経済新興国の動向に詳しい田村耕太郎氏は、現在の起業ラッシュの背景をこう分析する。

「ロシアの一人当たりGDPは、新興国でナンバーワン。話題の中国やインド、ブラジルよりも高いのです。一極集中のモスクワに至っては、ロンドンやパリと同等の経済力を持っています。原油高でこれからも経済は潤うはずで、個人消費中心のサービス産業がさらに成長してくれば、そこにITが入っていく余地も大きくなる。ロシア版のWebサービスやeコマース、ソーシャルメディアが、成長する中産階級の消費力と相乗効果で伸びていくでしょう」

これが単なる推測の話ではないことを示す事例はいくつかある。例えば、ロシアの国産検索エンジン『Yandex(ヤンデックス)』は、同国内で『Google』をはるかに凌ぐ60%超のシェアを誇っているという。

人気の理由は単純明快で、「グーグルよりも検索結果がユーザーの望むものに近いから。ヤンデックスは『Google』とはまったく違うアルゴリズムで開発されている」(田村氏)。ここが中国とは異なる点だろう。技術的なオリジナリティーが突出しているものが多いのだ。

「ロシアが誇るロケット『ソユーズ』などを見ても分かるように、ロシア人の技術的なアプローチは際立ってユニーク。それで欧米のベンチャーキャピタルから注目を集めるようになり、起業が増えるという好循環が生まれています」(田村氏)

そして、その好循環を支えているのが、エンジニアの質の高さである。

ロシアの理系人材が早熟な理由は教育体系にあり

田村氏いわく、「シリコンバレーでは、『インド人が解けない問題はロシア人に持っていけ』と言われるほど。決まった課題を処理する能力はインド人が優れているが、斬新なアプローチでモノを作り出すのはロシア人が図抜けている」という。

事実、世界を席巻するアメリカ生まれのグーグルエバーノートは、創業者がロシア出身(グーグル共同創業者のサーゲイ・ブリン、エバーノートCEOのフィル・リービン)であり、田村氏も「ロシアの理系人材への教育は世界最高レベル。数学や物理は天下一品」と舌を巻く。

エバーノートの公開前、フィル・リービンは周囲に「”外部の脳”、”第二の脳”を開発している」と説明していたという逸話からも、彼らの思考の斬新さをうかがうことができるだろう。

では、こうした「頭の切れる理系人材」が数多く輩出される理由は何なのか?その理由の一つには、日本をはじめとした先進諸国とは異なる教育体系がある。

ロシアでは、16歳で高校を出て20歳で大学を卒業、そして20代半ばで博士号を取るというコースが確立されており、博士号を持っている人材も非常に多い。

飛び級もあり、頭が柔軟なうちに高度な教育を受けられるため、冷戦当時から独自の進化を遂げてきた理科系の学問を早くに学べるわけだ。結果として、早熟なエンジニアが、若くして起業することも多くなる。

ロシア・スコルコボ計画の情報は、日本でも『スコルコボ ジャパン』blogで入手することが可能だ

ロシア・スコルコボ計画の情報は、日本でも『スコルコボ ジャパン』blogで入手することが可能だ

さらに、モスクワ郊外のスコルコボにロシア版シリコンバレーを創るという『スコルコボ計画』が、大統領の陣頭指揮のもとで動き始めており、起業を志す理系人材に経営学を叩き込む世界最高峰のビジネススクール設立も急ピッチで進んでいる。

「教授陣はハーバードやMITからやってくる一流の方々。起業を目指すエンジニアに安い費用でオフィスを貸し出したりもしている。成功した起業家や国家が資金やネットワークを使って若手起業家を助け、インキュベーションを推進しているので、IT、宇宙、バイオ、ナノ、原子力といった重要5分野では世界トップクラスの企業がスコルコボに集まっており、現地のエンジニアたちとコラボを始めています」(田村氏)

「自分にないスキルは他人の協力を仰げば済むこと」

国を挙げて優秀層を育成しているという点では、中国でも似たような動きはある。ならば、日本人エンジニアやIT起業家が、そんな彼らと伍して世界で勝負していくために、必要なことは何なのか。

北川氏、田村氏は、中露の動向から日本人が学べるポイントをこう述べる。

「ITビジネスで成功しようという情熱と、そのための機転の良さは中国人エンジニアの方が上。『自分にはないスキルは、他人の協力を仰げば済むこと』と考える人も多く、その辺りの考え方は参考にできるかもしれません」(北川氏)

「スコルコボ計画の重要5分野で比較して、日本のテクノロジーがロシアに劣っているかと言えば実際はそうでもない。分野によっては、日本の方が優れた技術を有しているものもあります。ただし、ロシアはそこに大量かつ多様な人材と莫大な資金を投入し、アメリカに追いつき追い越せと奮闘している。技術力を活かして世界に打って出ようというマインドは、日本人にも参考にしてほしい」(田村氏)

図らずして、2人の意見はほとんど一致している。つまり、技術力や語学力では大差がなく、日本人エンジニアも「あとは情報交換力と世界への発信力があれば、十分世界で戦っていける」(田村氏)状況にあるのだ。

「これからの世の中を変えるのは、経営者でも政治家でもなく、技術を生み出す人たち。エンジニアは”閉ざされたラボ”を出て、世界の多様な人と交流しながらアイデアや情報を交換し、行動を起こすべきです。それを実践する意味でも、例えばスコルコボには、日本人エンジニアとのコラボを求めている企業・団体がたくさんあるので、そこに参画してみるのも良いかもしれませんね」(田村氏)

人口が違う、経済成長率が違うと嘆いていても始まらない。日本人エンジニアは、同じ非英語圏に住む中国人、ロシア人の挑戦にこそ、学ぶべきものがあるのかもしれない。

取材・文/武田敏則(グレタケ)