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[連載:企業に直撃!] 個人間の物資支援サイト『Toksy』生みの親に学ぶ、信頼の輪を生むサイトづくり

公開

 
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株式会社オンザボード  最高技術責任者
山下博巨(やました・ひろなお)氏

東日本大震災からはや2カ月。この間、ICT業界では『Hack For Japan』や『助けあいジャパン』のように、テクノロジーを使った支援に乗り出す人や団体が続々と生まれた。それぞれアプローチは異なるが、おおむね取り組みの軸となっているのは、ICT本来の存在意義である「人と人をつなぐハブ」として、テクノロジーを活用するという視点だ。

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『Toksy』が震災後に多数生まれた物資支援サイトと異なるのは、個人間の物資需給をつなぐ仕組みだ

この視点において、数ある支援サービスの中でも異彩を放つサイトがある。震災からちょうど一カ月後の4月13日にオープンした、CtoC(個人間)での支援物資提供サービス『Toksy(トクシー)』だ。

「支援物資として送るものは、乾電池一つから化粧品、自動車まで、何でも構いません」

『Toksy』をほぼ一人で開発したという、オンザボードの最高技術責任者・山下博巨氏は、同サイトの特徴をそう話す。立ち上げの目的は、震災直後の緊急支援が一通り終わった後も支援の動きを途絶えさせることなく、より多くの人が長期的に復興を応援できる仕組みづくりだ。だからこそ、CtoCのやりとりにこだわったと山下氏は言う。

「NPOに支援物資を託してもいいんですが、誰にどういう形で渡っているか分からないじゃないですか。自治体によっては、被災者個人に物資が届くまでに時間がかかるという話もありますし。でも、個人間でのやりとりなら、困っている人にピンポイントで物資を届けられる。仕分け作業に手間取ることも、大量の物資が被災地の経済を壊すこともありません」

物資を求める人と支援をしたい人、お互いの「顔」が見える支援サイトを作りたい。『Toksy』は、そんなハートウォームな発想から生まれている。

現在の『Toksy』の仕組みはこうだ。被災者はまず、サイト上で必要なものをリクエストする一方、支援希望者は自らが提供できる品物を写真付きで掲出。情報交換をして需要と供給がマッチすると確認できた段階で、出品者は被災者宛てに支援物資を送る。

送料は出品者の自己負担。支援物資は家にあるちょっとした品物でも構わないため、現地からのニーズがあれば、文字通り「乾電池一つ」でも立派な支援物資となるわけだ。

震災発生からたった2週間でシステムを構築

「僕は関西出身で、阪神大震災のころはまだ中学生でした。幸い被災はしなかったものの、個人としては何も支援することができなかった。で、今ならエンジニアとして何ができるだろうかと考えて思いついたのが、『Toksy』の仕組みだったんです」

山下氏がこのひらめきを得て行動を起こしたのは、震災翌日の3月12日。Twitterを通じて、以前勤めていたエニグモ共同代表の須田将啓氏と田中禎人氏宛てに、あるtweetを送信した。

「実は『Toksy』の元になったアイデアは、エニグモ時代に携わっていた品物共有のサービスなんです。僕は退社直前までこのサービスの担当エンジニアをやっていたので、『あの仕組みは応用できる、ぜひ使わせてほしい』と直談判しました」

この時すでに、エニグモの品物共有サービスは運営を終えていたものの、仕組みを拝借するには仁義を切る必要があると考えた山下氏は、自分の考えを須田氏と田中氏にぶつけてみた。

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『Toksy』オープン後東北へ出向き、現地の人たちのニーズを直に聞いて各機能に微調整を加えた

そして帰ってきた返事は、「システム資産を譲るのは管理上難しいが、アイデアの流用はOK。開発も、最大限応援する」というもの。即座にシステム開発に取り掛かった。

「短期間、低予算で極力多くのリクエストをさばけるシステムを作りたかったので、開発言語にはJavaを採用。Javaは、Webアプリとして最速で動く言語の一つでもあるからです。フレームワークには過去に自分で作った軽量なものを流用して、約2週間で主要機能の開発を終えました」

超高速で作り上げたサイトにもかかわらず、『Toksy』はローンチ直後からPCとモバイル両方に対応。被災地域の状況を察して、「PCがつながらない、できないという人もいるだろうと容易に想像できた」からだという。さらに驚くべきは、短期間でビジネスレベルのクオリティーを確保していた点だ。

「使いやすいUIは当たり前として、冗長化やバックアップ、デプロイの自動化、障害発生時の対応の容易さなど、アプリケーション機能以外の面も大切だと考えていました。それに、個人情報をやりとりするサイトになるので、SSLなどの情報保護機能も必須。メディアに紹介されたりして突発的にアクセスが集中してもすぐサーバを拡張できるよう、バックエンドはAmazonのクラウドサービスを利用しました。あの2週間は、僕の持つエンジニアとしての知識を全部使い切った感じでしたね(笑)」

「人間味のある仕掛け」を実装すると、ユーザーの動きは活性化する

結果、『Toksy』はWebとDBを1台のサーバに載せていながら、4万PV/日(5月27日現在)をほぼロードアベレージゼロでさばいている。

「『Toksy』と同じようなサービスはほかにも存在していますが、多くの場合、プライバシーポリシーもなければ、個人情報が”ダダ漏れ”状態だったりします。広く使ってもらうサイトになるにはそれじゃダメだと、『Webサービスづくりのプロ』としてできる限りの配慮をしたつもりです」

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読者モデルらとのコラボ企画『reMAKE JAPAN』。今後は子どもや母親層に向けた企画も検討しているとのこと

山下氏の”慮り力”のおかげもあってか、『Toksy』利用者はローンチ以降、週間で約20%ずつ伸びているという。さらに利用者を増やすため、最近はプロモーション企画まで発案。知人に協力を仰ぎ、有名読者モデルを中心とした女性たち12名にサイトの告知と化粧品・美容グッズの出品をお願いする『reMAKE JAPAN』コーナーも立ち上げた。

さらに、「支援を続けるには会社が存続できる仕組みも作らないと」と、今度はマネタイズも視野に入れた別サービスも考案中とのこと。ただ手持ちのテクノロジーを駆使するだけでなく、普及・拡大に向けた企画までほとんど一人で手掛けている山下氏は、これからのWebサービス開発に必要な「ニーズイメージ力」を持つ次世代型のエンジニアといっても過言ではない。

ならば、この力はどうやって身に付いたのか。

「常に個人でWebサービスやアプリを開発していたのもありますが、前職のエニグモで品物共有サービスを担当していた時期に、たった数名のチームで開発からサービス企画まで全部をこなす経験を積んだのが大きいと思っています」

スモールチームでサービスの全体像を把握しながら、「ああだこうだと意見を出し合いながらサービスを作り上げていく経験」が、『Toksy』の立ち上げで見事に活かされたわけだ。

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共に『Toksy』を運営するオンザボードの社員たちと。寄せられるユーザークレームなどには全員で対応している

ちなみに、サイト名である『Toksy』の名の由来は「篤志」(とくし)から。つまり、個人の立場で被災地支援を応援したいという篤志家(社会事業や福祉活動に協力する人)を広く募り、必要とする被災者に素早く確実に届けたい。そんな思いで名付けたそうだ。

「開発を進めていく途中で、一つ機能を加えたんです。それは、被災者の方が出品者に『ありがとう』とメッセージを伝えられる投稿スペースの追加でした。なぜなら、こうした小さなことが、篤志家である支援者のモチベーションを高めてくれると確信したから。今後もこうした人間味ある仕掛けを実装することで、より使いやすいサービスを作り、広めていきたいです」

山下氏のように、人のキモチまで”設計”できちゃうエンジニアが、ソーシャルネットワーク時代の新たなスタンダードを生み出すのかもしれない。

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/小林 正