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[コラム] 『WIRED』編集長が語る「テクノロジーが変革を起こす、というのは勘違い」その理由

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whole earth

表紙がモチーフにしているのは、60年代、70年代のヒッピーカルチャーを象徴する『Whole Earth Catalog』だ

宇宙空間にぽっかりと浮かぶ地球の写真。

「読者からの反響も上々」と話す長﨑義紹編集長が手に携えているのは、『WIRED』日本版だ。同誌は2011年6月10日、13年間のブランクを経て新装刊を果たした。

最初に『WIRED』日本版が創刊されたのは1994年だ。当時はWindows 95さえ発売されていなかった

今や、高速通信インフラによるネットへの常時接続は当たり前。人々はソーシャルメディアやスマートフォンを使いこなし、時間や空間の制約を超えてコミュニケートする。そう、読んで字のごとく、われわれは「WIRED(接続)」しているのだ。

そんな時代、テクノロジーがエンジニアに求めるものとは一体何か? 長﨑編集長に話を聞いた。

読者には誌面から「アイデアの種」を見つけ出してほしい

――1998年、多くのファンに惜しまれつつ休刊した『WIRED』(当時は同朋舎出版からの発行)を、今改めてコンデナスト・ジャパンより発行した意味とは?

コンデナスト・ジャパン
WIRED 編集長

長﨑義紹氏

同朋舎出版によって『WIRED』日本版が創刊された1994年とは比べものにならないほど、現在はあらゆるデジタルテクノロジーが、わたしたちの生活の中に深く入り込んでいます。

1994年当時、20%未満だった国内のインターネット普及率は、いまや80%に達しようとしています。しかし一方で、テクノロジー・ジャーナリズムを担う雑誌が国内ではほとんどありません。

であれば日本でもう一度『WIRED』を出す意味があるのではないか。議論を重ねた結果、そうした復刊の決断を下したわけです。

US版『WIRED』は、編集長クリス・アンダーソン指揮の下、本誌や彼自身の著作を通じて『フリー』、『ロングテール』、『シェア』といった、示唆に富むアイデアのシーズ(=種)を提案してきました。日本版についても同様に、テクノロジーに関わる人々――今やほぼすべての人が当てはまりますね――に対し、シーズを提供することが、われわれのミッションだと考えています。

『WIRED』が掲げる編集方針の一つに「Not Too Late, Not Too Fast」というものがあります。読者にとって価値あるシーズを誌面に織り込んでいくために、ネタは常に時代に即したものでなければならない。でも、ただ起こったことを報道するニュースでは意味がありません。綿密な取材や調査を行い、ニュースの裏側では何が起こっていたのか、そこから何を読み取ることができるのかといった付加価値がなければ、シーズは生まれないのです。

例えば今回、東日本大震災を受け、本誌にチェルノブイリのリポートを掲載しています。他の媒体ならば、実際に東日本大震災を取り上げた記事を作るでしょうが、われわれはあえてそうしなかった。ニュース速報的な記事を掲載しても、シーズを入れ込むことができないと判断したためです。

福島についての詳細な記事は、次号以降でテクノロジーをとりまく重要な事件として、今後の独自取材をもとに取り上げることになるでしょう。

――特にこだわった点は?

時代の変化に対応した新しい『WIRED』にするということ、そしてWeb媒体、紙媒体双方の利点を活かした展開です。

コンデナスト・ジャパンより、『WIRED』日本版を発行する話が出たとき、創刊時の編集長だった「コバへン」さん(現『WIRED』エディトリアル・アドバイザー/小林弘人氏)と、『WIRED』の”正常進化”はどのようなものであるべきか徹底的に議論したのですが、Web媒体『WIRED VISION』から『WIRED.jp』への移行・強化だけでなく、雑誌を出版することで、いま一度紙でしか伝えられないこと、紙の持つ可能性を改めて検証してみようという結論に至りました。

また、今回は『AR三兄弟の未来から来た男』という記事(右動画参照)に登場いただいた3人方々の顔写真をそれぞれ『WIRED.jp』内の連動ページを通じてWebカメラにかざすと、雑誌上の顔写真の部分がインタビュー動画として観られるというAR体験企画を実施しました。

今後もWeb媒体と紙媒体の双方を持つからこそ実現できる表現に挑戦していくつもりです。シーズは記事の内容だけでなく、記事の見せ方や広め方にも盛り込まれています。

エンジニアだからアイデアをすぐにカタチにできる

――読者にシーズを提供するということですが、シーズを知ることで、エンジニアはどのような恩恵にあずかることができるのでしょう?

目ざましいテクノロジーの発展ばかりに注目していると、まるで多くのイノベーションがテクノロジーによって生み出されてきたかのように錯覚します。でも実は、エンジニアリングもテクノロジーも、それ単体で社会を変えることありません。

自分自身が必要とするモノだったり、おもしろいと感じる気持ちから導かれたアイデアの種である”シーズ”。それとテクノロジーが掛け合わさることで、はじめて社会を変える原動力が生まれるのです。

EVメーカーの雄、『Tesla Motors』は、PayPalの共同設立者であり個人投資家でもあるイーロン・マスクの目にとまったことで、企業化を果たした

PayPal共同設立者イーロン・マスク、Google共同設立者のサーゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、元eBay社長ジェフリー・スコールなどから投資を受けている『Tesla Motors』

最近、PayPalとTwitterを連動させ、ユーザネームと金額を書くだけで送金できるシステムを実現した

『TwitPay』のマイケル・アイヴィは、妻のタイプミスからこの事業の着想を得ました
。高性能EVメーカー『Tesla Motors』も、PC用のリチウムイオンバッテリーを活用するという大胆なアイデアによって、トヨタやパナソニックから巨額の出資を引き出しました

アイデアを実現するテクノロジーを探すか、テクノロジーから着想が生まれアイデアに結実するかはそれぞれですが、いずれもシーズから生まれたアイデアがを持った個人意識や行動、そして人と人のつながりがやがて社会を変え、新しい産業を生み出したことを示しています。

言い換えれば、「どんな優れたアイデアも心に秘めているだけでは意味がない」ということです。

――こうした事例からエンジニアは何を学びとることができるのでしょう?

ああああ

2008年、「カンヌ国際広告祭」インターネット部門でグランプリを取った『UNIQLOCK』など、長﨑氏が手掛けてきたメディアは多岐に渡る

「ビビらず作れ!」ということですね。

個人投資家の層が厚いアメリカと日本とでは事情が異なります。とはいえ、シリコンバレーで成功するエンジニアたちを見ていると、マネタイズやビジネス戦略は、所詮後からついてくるものだと実感させられるのです。

先日、『WIRED』VOL.1の刊行を記念して『DOMMUNE』でライブストリーミングイベントを開いたとき、ゲスト参加していただいた『チームラボ』のエンジニアの方々がおもしいことを話していました。

『チームラボ』は200人ぐらいの方々が働いているそうなのですが、女性社員はそのなかの約2割。そのためどうしても男性トイレが混むんだそうです。

それで、男性社員の一人が男性トイレの使用状況がデスクトップ上で分かるアプリを作り、配布したのだと聞きました。

このアプリがビジネスで成功するかは分かりません。でも、こうした小さなアイデアを、すぐにアプリというカタチに落とすことができるエンジニアという職業に、大きなポテンシャルを感じました。

アイデアを自分の手ですぐにカタチにでき、人に使ってもらえるエンジニアはすごいと思いますし、うらやましいです

一介のエンジニアが世界を変えるかもしれない。今はそんな時代です。だからこそ日本のエンジニアには、世界に向かって一歩前に踏み出す勇気を、まずは持ってほしいですね。

取材・文/武田敏則(グレタケ)