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スマホでクレジットカード決済ができるサービス『Coiney』の開発陣に、「新市場を創るチーム」の条件を見た

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Twitterの創業者ジャック・ドーシーが現在取り組んでいるSquareや、ネット送金サービス大手のPayPalなど、スマートフォンを利用したモバイルペイメントサービスがアメリカを中心に盛り上がりを見せている。

特に『Square register』と『PayPal Here』は、個人事業主や中小規模の小売り業者にも「クレジットカード決済」の選択肢を与えたという点で画期的だったといえるだろう。

それぞれ仕組みは若干異なるが、店舗側が用意するのは、決済用の無料アプリをインストールしたスマホorタブレットと、専用の小型カードリーダだけ。カードリーダをイヤホンジャックに挿入し、顧客のクレジットカードを読み取るだけで、数%の手数料のみで決済サービスを利用できるようになる。月々の加盟店料やメンテナンス費用を気にすることなく、だ。

日本でも2012年7月にソフトバンクとの合弁でPayPal Japanが設立され、9月から『PayPal Here』の提供が始まっているが、ここにもう1社、新たに産声を上げた日本企業がある。今年の10月末からクレジットカード決済サービスを開始した『Coiney(コイニー)』だ。

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『Coiney』は10月にローンチ以来、予想以上の反響があり申し込み受付が一時的に停止されたほど(11/8現在)

コイニー株式会社は、PayPal Japanの立ち上げ準備から携わっていた佐俣奈緒子さんが、2012年初頭に設立したベンチャー。すでに『PayPal Here』が先行して日本市場に参入しているが、「このマーケットは1社だけで独占できるほど小さな市場ではない」と話し、商機は十分にあると話す。

「スマホでクレジットカード決済ができるという新しいムーブメントを普及させるには、複数社がひしめく市場環境の方が健全。それに、日本全国で中小の小売り事業者に広めるには、日本生まれのローカル企業であることもメリットになるはずです」

ただ、佐俣さんの自信を支えるのは、マーケットトレンドだけではないようだ。

決済にかかわる堅牢なシステムから独自のカードリーダ開発までを、わずか6カ月という短期間でやり切った同社の開発陣は、多彩な経歴の持ち主たち。スタートアップの成否を分けるチームづくりに奏功したことで、スタートダッシュに弾みがついた。

NASAでの就労経験があるメンバーも擁する希有な開発陣

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(写真左から順に)CTOのデビッド・アシキン氏、プロダクト・ストラテジストの久下玄氏、CEO&Founderの佐俣奈緒子さん、リードデザイナーの松本隆応氏

企画・開発の中心となったのは、佐俣さんを含め4人。すべて、佐俣さんが人づてやSNS、ネットサーフィンをしながら見つけてきたそうだ。

スマホ決済の肝となるカードリーダを開発した久下玄氏は、回路設計もできるインダストリアルデザイナー。国内の大手製造業を退職後、自ら設立したデザイン事務所で大手企業のプロダクトデザインや事業戦略デザインなどを手掛けてきた。

専用アプリ&インフラ開発を担当するCTOのデビッド・アシキン氏は、インドネシア出身で日本語を含む4カ国語を操るエンジニア。米カーネギーメロン大学大学院でコンピュータサイエンスとロボティクスを修めながら、あのNASAでリサーチ・アシスタントを務めていた人物だ。

そしてコミュニケーションデザイン担当の松本隆応氏は、ナショナルクライアントを数多く手掛けた経験を持ち、数々のデザインコンペで賞に輝いたグラフィックデザイナーである。

過去に松本氏が書いたブログエントリ『細かすぎて伝わりづらい! iOS 5のデザイン変更点まとめ。』が米の有名技術メディア『Hacker News』に取り上げられ、佐俣さんもこのエントリを見てオファーをしたという。

だが、各分野で凄腕クラスの実力を持つ3人は、最初に『Coiney』の構想を聞いた時、「それ本当に作るつもり?」と感じたという。

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3人とも、最初は小規模なスタートアップが「お金回りのサービス」を開発するリスクを懸念していた

佐俣さんが『Coiney』の構想を描き始めたころ、まだ市場には『Square register』や『PayPal Here』は存在していなかった。

それもあって、久下氏とアシキン氏は「スタートアップがハードウエアを大量生産すること」、「規模の大きな決済系システムを開発すること」そのものが大きなリスクだと感じたそうだ。

松本氏も、日本には『おサイフケータイ』が根付いていてNFCも普及し始めている中、「なぜわざわざカードリーダをスマートフォンに差して決済する必要があるのか? と思った」と明かす。

にもかかわらず、佐俣さんからカードリーダを用いたスマホ決済サービスを作る意味を聞いたことで、3人ともすぐに心が動いたという。

「支払う側のアクティビティを変えたくない」

それは、佐俣さんが再三強調していたという「支払う側のアクティビティを変えたくない」という言葉だ。

「『Coiney』がカードリーダを作るところから始めたのは、スマホ決済がこれまでにないサービスである以上、普及させるには消費者に行動面の負担を強いてはいけないと考えたからです」(佐俣さん)

先に松本氏が挙げたNFCなどを駆使すれば、スマホ決済にもいろんなやり方が考えられる。しかし、ただでさえ不安視されがちなネットワーク上での決済を信用してもらうためにも、クレジットカードをリーダに読み込ませるという慣例を変えるべきではないと佐俣さんは判断した。

「この説明を聞いて感心したのを覚えています。起業家や技術畑の人間は、サービスの魅力をスペックやシェアで語りがちですが、佐俣は『ユーザーに心地よく使ってもらうには?』という、モノづくりで最も大切な部分を理解していると感じました」(久下氏)

こうした前提条件のもとで開発された『Coiney』は、システム&デバイスの中身だけでなく、ユーザーコミュニケーションの部分にも微細なこだわりが詰まっている。

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独自に開発した幅3cm足らずのカードリーダには、ぱっと見では分からない「開発ポリシー」が詰まっていた

例えば、何の変哲もない円形デバイスに見えるカードリーダは、現存しているだけで500以上ものレンダリングCGが作られた。

形状はもちろん、「カードをスリットに通す際の抵抗感はどのくらいがベストか」について夜通し議論したこともあるそうだ。

四角い外装のカードリーダを採用した『Square register』に対し、『PayPal Here』は三角形。『Coiney』は円形というアイコニックな形状を採用することに決めていたが、そこから最終形に落ち着くまでには多くの時間を要したという。

技術先行で「作り手の都合」を押し付けない、という開発ポリシー

無論、こだわったのはカードリーダの形状だけではない。専用アプリの仕様からユーザー登録サイトのレイアウトと構図、サービスの解説文に専門用語を使うべきか、漢字にするかひらがなにするかなど、『Coiney』を構成するすべての要素をメンバー全員で徹底的に吟味し続けた。

『Coiney』のユーザー登録サイトを訪れてみると、そのこだわりがすぐに理解できるはずだ。下にスクロールしていくと、アニメーションを用いながら「使い方説明」が非常に分かりやすく作られているのが一目瞭然。

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取材中も何度かディスカッションをしていた4人。テーマは「技術論」ではなく「コミュニケ-ションデザイン」だ

ごくわずかな違いにこだわり続けたのは、ユーザーに自然な導線でサービスを使ってもらうという至上命題を実現するためにほかならない。

「メンバー全員がデザインやテクノロジーに対して一定の理解があるので、『自分の仕事には関係がない』というような感覚にはならなかったんだと思います」(佐俣さん)

一方で、ほかのメンバーは異口同音に「佐俣がデザインや使い勝手について一番こだわりが深い」と話す。

『Coiney』の想定ユーザーが一般の商店主やレジ担当者であることを考えると、佐俣さんのような非・開発者が感じる使い心地こそが『Coiney』の生命線になる。チーム間では、これが共通認識として浸透していた。

「ユーザーの方々が、特にアップデート手順を踏まなくても常に最新版のアプリを利用できるようにしているのも、ITに詳しくなくても安心して利用していただくための工夫です。ネイティブアプリとWebアプリの利点を活かしながら、よりセキュアな利用環境を提供できるようにしています」(アシキン氏)

今後の目標は、10万を越える事業者に『Coiney』を使ってもらうこと。この数字も、「スマホでクレカ決済」の文化が一般社会に受け入れられる“キャズム超え”に最低限必要なレベルとして独自に算出したものだ。

緻密な計算に基づいたサービス展開で、新市場の開拓に乗り出すコイニー。日本の決済文化に革命を起こす彼らの挑戦を、今後も見逃せない。

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/小林 正