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[世界的DBAアレックス・ゴルバチョフ氏に聞く 2/2] DBAになって技術を究めるため、ずっと”Yes”と言い続けてきた

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3つ目は、機会を逃さないこと。自分の能力から見て、ハードルが高いと思うような仕事であっても、「やってみないか」とオファーがあれば受けて立つような姿勢が重要。できないことを引き受けるべきではありませんが、頑張れば克服できる困難は多いものです。そうしたチャレンジの積み重ねが、自分自身を成長させてくれるのです。

―― アレックスさんも、そのような姿勢で仕事に取り組んできたということでしょうか。

「要求されたものに対して常に

「要求されたものに対して常に”Yes”と答えていたら、おのずと自分の道が拓けてきた」と話すアレックス氏

そうです。わたし自身のキャリアは行き当たりばったりなところもあるのですが、一つ一つのチャンスに対しては貪欲でした。自分の前に機会が提示された時には、すべて”YES”と答えてきましたから。

例えば、エンジニアになりたてのころはLANの構築もしましたし、古いデータベースの技術開発を無償で引き受けたこともあります。なぜ、いつもYESだったかというと、「DBA(Database Administrator)になりたい」という強い思いがあったからです。また、技術を極めたいという気持ち、顧客の満足を得たいという気持ちもありました。

―― 日本には、英語で苦労している技術者がたくさんいます。アレックスさんはロシアのご出身ですが、どのように英語を習得したのですか。

実践あるのみでしょうね。24歳の時だったと思いますが、英語能力ゼロの状態でオーストラリアに1カ月ほど滞在しました。現地の学校の英語習得コースに通ったのですが、1カ月後には多少は話せるようになりました。わたしが英語を使って仕事をするようになってから、10年ほど経ちます。今でも、英語のプレゼンを引き受けたりすると、非常に緊張します。時には、恐怖感を覚えることさえあります。しかし、もし引き受けなければ、チャンスは永久に失われてしまう。それでは、自分自身の成長もないと思っています。

―― 英語に関して、日本人技術者にアドバイスはありませんか。

時間を作って英語圏に旅行するのも良いでしょうし、もしチャンスがあるなら1年くらい海外で働くのも良いでしょう。また、英語のオンラインコミュニティに参加して、積極的に英語で意見を書き込むとか、あるいは国際的な会議に積極的に参加するとか。日本にいてもできることは多いと思います。

論理的なプロセスと分析的な思考回路を持て

―― データベースのスキルを高める上では、どのようなポイントに注意すべきでしょうか。

まず、RDBについて基礎を含めてきちんと理解する必要があります。データの構造やSQL言語などを習得すること、そのほかの言語を学ぶことも大事です。オラクルやMySQL、SQL Serverなどの種類によって、学ぶべきことは異なりますが、共通して求められるのはストレージに関する知識です。ストレージの技術については、しっかり自分のものにする必要があります。資質に関して言えば、論理的なプロセスや分析的な思考回路を持つこと。そして、与えられた情報を鵜呑みにするのではなく、疑問を持つことが重要だと思います。

―― 今回、アレックスさんはインサイトテクノロジー小幡一郎さんの招きで来日したと聞いています。小幡さんと知り合ったきっかけについて、教えてください。

出会った当時のことを懐かしむように話すアレックス氏。小幡氏も、どこか照れくさそうだった

出会った当時のことを懐かしむように話すアレックス氏。小幡氏も、どこか照れくさそうだった

OakTableというデータベース技術者の非公式の集まりで、小幡さんと知り合いました。この会の発祥はデンマークです。メンバーたちが「データベースについて意見交換する場が必要」という話をしていた時、その場のテーブルがオーク(樫)製だったことからこの名称になりました。

時にはお酒を飲みながら、データベースに関する議論をワイワイやっています。メンバーは世界各地で仕事をしていますが、ちょっとしたきっかけを作って集まるのが好きな人たちです。誰もがデータベースに対する情熱を持ち、科学的な考え方を身に付けています。

―― アレックスさんは34歳でPythian社のCTOです。今後は、どのようなキャリアを歩みたいと思っていますか。

“行き当たりばったり”でしょうね(笑)。これまでもそうでしたが、わたしは自分のキャリアプランを厳密に描くタイプではありません。巡り合ったチャンスに価値があると思えば、受けて立つというタイプです。以前はマネジャー職も務めましたし、製品を販売していた時代もあります。シドニーで4年間働いてからカナダに移り、現在の会社でCTOになって2年ほどになります。これからもチャンスがあれば、さまざまなチャレンジをしたいと考えています。

取材・文/津田浩司 撮影/小禄卓也(編集部)

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