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トヨタが燃料電池自動車『MIRAI』で踏み出した一歩は、「クルマの未来」となるか【連載:世良耕太】

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

出版社勤務後、独立し、モータリングライター&エディターとして活動。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『auto sport』(三栄書房)。近編著に『F1機械工学大全』(三栄書房/1728円)、『ル・マン/WECのテクノロジー』(三栄書房/1728円)など

水素社会はやってくるのだろうか。燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle=FCV)は究極のエコカーなのだろうか。水素社会の到来と燃料電池自動車の普及を約束する確証はないが、追い風が吹いていることは確かだ。

2014年4月、経済産業省・資源エネルギー庁は、エネルギー政策の基本的な方向性をまとめた新しい「エネルギー基本計画」に、「“水素社会”の実現に向けた取組の加速」「自動車等の様々な分野において需要家が多様なエネルギー源を選択できる環境整備の促進」といった項目を設けた。

この中で、エンドユーザーが利用する形態である二次エネルギーについては、従来の「電気」「熱」に加え、「水素」を検討すべき段階に来ていると提案している。

エネルギー供給多様化の観点から(電気の供給が途絶えたときの備えとして)、水素を利用する環境を整えようというわけだ。2015年度予算の概算要求では、水素関連(水素利用技術研究開発事業など)に約400億円、燃料電池自動車を含むエコカー関連(クリーンエネルギー自動車等導入促進対策費補助金など)に約300億円の予算がついた。

東京都は11月14日、燃料電池自動車の導入促進を狙った補正予算を編成した。このうち、燃料電池自動車の購入費用を補助する「燃料電池自動車等導入促進事業」には14億円を計上。国の補助制度に都が上乗せする形で補助金を出し、購入者の負担を大幅に軽減する取り組みだ。

燃料電池車の早期普及に向けて、都がひと役買って出た格好である。

さらに、「水素ステーション設備等導入促進事業」に21億円を計上した。インフラ整備を促す狙いだが、いずれも、2020年の東京オリンピックを見据えた施策である。世界に向けた情報発信の絶好の機会である東京オリンピックで、水素社会の浸透ぶりを世界にアピールしようというわけだ。

市販車を発表したトヨタ、コンセプトカー発表にとどまったホンダ

20年以上にわたって燃料電池自動車の開発をつづけ、市場投入のタイミングを虎視眈々と狙っていた自動車メーカーにとれば、このチャンスを逃す手はない。というより、入念に根回しし、土俵を整えたか──。

ホンダは11月17日、東京・青山にある本社1階で「水素社会に向けたHondaの取り組み説明会」を開催した。その翌日、今度はトヨタが日本科学未来館(東京・青海)で「新型FCV発表会」、すなわち『MIRAI(ミライ)』と名付けられた市販燃料電池自動車の発表を行った。

(左から)トヨタの市販燃料電池自動車『MIRAI(ミライ)』とホンダのコンセプトカー『Honda FCV CONCEPT』

トヨタの市販燃料電池自動車『MIRAI(ミライ)』(左)とホンダのコンセプトカー『Honda FCV CONCEPT』(右)

時系列でみればホンダのイベントが先でトヨタが後だが、開催の案内を出したのはトヨタが先で、ホンダがこれに続いた格好。穿った見方をすれば、「ウチも燃料電池自動車の開発に取り組んでいるんだぞ。忘れてくれるなよ」と主張したいがために、急遽開催を決めたようにも受け取れる。

トヨタが12月15日から販売する市販車を発表したのに対し、ホンダは開発中のコンセプトカー『Honda FCV CONCEPT』を披露した。このコンセプトカーをもとにリファインし、2015年度中に日本での販売を目指すという(その後、米国、欧州にも展開する予定)。

ホンダのFCVコンセプトは、燃料電池自動車の心臓部であるFCスタック(燃料電池)を高出力化しながら小型化し、ボンネットフードの下に収めたこと。さらに、電圧コントロールユニットに先進のSiCパワー半導体を採用するといった、先進性が目を引く。

一方、トヨタのミライも先進技術の固まりに違いないが、それより目に付くのは、1997年に発売した初代プリウス以来、連綿と磨き上げてきたハイブリッド技術を上手に活用して燃料電池自動車を成立させていることだ。

燃料電池自動車の中で生きるハイブリッド技術

燃料電池自動車というと新種の乗り物のように感じるが、技術的にはハイブリッド車や電気自動車と共通項が多い。ハイブリッド車からエンジンを取り去り、バッテリーに蓄えた電気エネルギーでモーターを駆動して走るのが電気自動車。電気自動車のバッテリーをFCスタックに置き換えたのが燃料電池自動車である。

ハイブリッド車のエネルギー源はガソリン、電気自動車のエネルギー源は電気で、電気を作る(つまり発電する)のに用いるエネルギーは、主に天然ガスや石炭、石油に水力で、東日本大震災前は原子力に多くを頼っていた。

電気自動車は外で発電した電気をバッテリーに蓄えて走るが、燃料電池自動車はFCスタックによって自ら発電しながら、走るクルマである。FCスタックの燃料は水素(H2)。これを空気中の酸素(O2)と化学反応させ、電気を作り出すのだ。

トヨタ『MIRAI』の内部構造

From TOYOTA
トヨタ『MIRAI』の内部構造

その際、輩出されるのは、水(H2O)である。走行中にCO2はもとより、人体に有害な物質を一切排出しない。燃料電池車が「究極のエコカー」と呼ばれるゆえんである。この場合、水素を生成する際に発生するCO2や、環境に与える影響のことはとりあえず考えない(でいいのか?という疑問は残るし、水素社会の成立や燃料電池自動車の普及を考えた場合、避けて通れない課題だ)。

燃料電池自動車からFCスタックを除いた電動コンポーネントは、ハイブリッド車や電気自動車の技術がそのまま使える。ミライがFCスタックでつくった370Vの電圧を650Vに昇圧しているのは、同様に650Vで成立させていると同時に完成度の高い、現行ハイブリッドシステムの技術を上手に生かすためだ。

乱暴に言ってしまえば、燃料電池自動車はバッテリーをFCスタックに置き換えた乗り物だから、乗り味は電気自動車のそれに非常に近い。ただし、ミライの場合はトヨタブランドの最上級モデルであるクラウンよりも高価格帯に位置するため、その価格にふさわしく、静粛性にはことのほか気を配ったという。

走行中に聞こえるのはコンプレッサー音のみ

インタビューの流れでICレコーダーのスイッチをオンにしたまま短い試乗に出たのだが、そのときのオーディオデータを聞き返してみると、走り出した瞬間がわからない。走行時につきもののロードノイズや風切り音が入っていないからだ。そのかわり、時折ヒューンという高周波ノイズが入ることで、「走っている」ことがわかる。

この高周波ノイズの正体はエアコンプレッサーの駆動によるもの。FCスタックの化学反応に欠かせない空気を強制的に取り込む際に発する音で、アクセルペダルの動きと連動して強弱する。ミライはこのコンプレッサー音を、ドライバーの加速したい意思と連動させた演出として積極的に利用している。静寂を突き破る高周波のコンプレッサー音が、燃料電池自動車ならではの「異次元な走り」にひと役買っているようだ。

燃料電池自動車が成功するために必要な条件を数え上げればきりがないだろう。例えば、車両価格。水素の価格。それに、水素の生産・供給体制の構築に、水素を補給する施設(水素ステーション)の整備など。燃料電池車が本格的に普及する頃(2030年代半ば?)には、ガソリンや軽油などの化石燃料を使う自動車やハイブリッド車、電気自動車が進化して、燃料電池車はクルマとしての競争力を失っているかもしれない。

しかしそうであったとしても、一歩踏み出さないことには何も始まらない。待っているだけでは変わらないのだ。「自動車の次の100年のため」に、トヨタは一歩を踏み出した。その英断には素直に拍手を送りたい。

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