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新型『フィット・ハイブリッド』で、“技術のホンダ”が逆襲の口火を切る【連載:世良耕太】

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(サンズ)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

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From Honda
カタログ燃費ではトヨタ『アクア』を抜いて世界最高燃費となったことが判明したホンダの新型コンパクトカー『フィット・ハイブリッド』

危機感の裏返しがそうさせたのか。それとも飛躍を狙うために腰を落とし、脚に力を溜め込んでいたのか。『フィット・ハイブリッド』を皮切りに、なりを潜めていたホンダの逆襲が始まる。

成否はマーケットが決めることになるが、力の入れ具合が半端でないことだけは確かだ。

ホンダは、2012年の終盤に次の3種類のハイブリッド技術(すべてスポーツ・ハイブリッド!)を発表していた。

【1】SPORT HYBRID Intelligent Dual Clutch Drive(i-DCD)
【2】SPORT HYBRID Intelligent Multi-Mode Drive(i-MMD)
【3】SPORT HYBRID SH-AWD

i-DCDはアトキンソンサイクル(NAミラーサイクルと同義=高膨張比サイクル)を採用した新開発の1.5L・直4エンジンに、モーター内蔵の7速DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を組み合わせた、小型車向けの1モーター式ハイブリッドシステムだ。

このi-DCDこそが、今年7月19日に発表され、9月に発売されるフィット・ハイブリッドが搭載するシステムである。

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From Honda
昨年11月にホンダが発表していた3種類のハイブリッド技術

一方のi-MMDは駆動用と回生用の2基のモーターを備えるシステムで、6月21日に発売されたアコード・ハイブリッドが搭載する。さらに、SH-AWDは3.5L・V6エンジンと組み合わせる7速DCTに内蔵したモーターに、このエンジン&モーターが駆動する軸とは別の軸を駆動するために2基のモーターを追加したシステムだ。

すなわち、3モーター式でフロントにエンジン&モーターとし、リヤに2基のモーターを配置することも可能だし、車両ミッドにエンジン&モーターを積んでフロントに2基のモーターを搭載することも可能。2015年にアメリカで生産が始まる『NSX』は後者のレイアウトを採用する。フロント左右に積む2基のモーターは独立してトルクを制御することが可能で、運動性能(特に旋回性)を高めるのに威力を発揮する。

新世代のハイブリッドシステムを積むのはフィットよりも『アコード』の方が先だが、「新しいホンダ」を象徴するのは、新世代のデザインアイデンティティを採用したフィットの方だろう(これも、成否はマーケットが決めることだが)。

『インサイト』で受けた敗北感を晴らすべく、「2009年のリベンジ」に臨む

少しだけ時計の針を戻そう。ホンダは、2009年2月にハイブリッド専用車の『インサイト』を発売した。ハイブリッドならではの燃費の良さのみならず、189万円~の低価格がマーケットから好意的に受け止められ、人気を博した。

だが、それも同年5月に3代目『プリウス』が発売されるまでだった。

モーターがアシスト役に徹するホンダの1モーター式に対し、トヨタのシステムは駆動用、発電用の2つのモーターとエンジンを巧みに制御し、効率を徹底的に追求したシステムである。

そもそも開発の方向性が異なるのだが、消費者はインサイトの27.2km/Lに対するプリウスの38.0km/Lという「カタログ燃費」の差を、技術力の差と受け止めたかもしれない。インサイトを多分に意識した戦略的な価格設定も、プリウス人気に拍車をかける要因になった。

つまり、今回発表のあった新しいフィット・ハイブリッドは、2009年にホンダが被った敗北感を晴らす意図が込められていると判断していいだろう。今回の直接のライバルはプリウスではなく、同じクラスに属する『アクア』だ。

2012年3月に発売されたアクアは、プリウスと同様に2モーター式のハイブリッドシステムを搭載する。ただし、アトキンソンサイクルを採用したエンジンの排気量は小さく(プリウスの1.8Lに対し1.5L)、システムの規模も小さい。いわばプリウスの弟分的な位置付けで、カタログ燃費は35.4km/Lである。

新型フィット・ハイブリッドは、現行フィット・ハイブリッドの26.4km/Lを10.0km/L、アクアを1.0km/L上回る36.4km/Lのカタログ燃費を達成した。

前述したように、新型フィット・ハイブリッドが搭載するi-DCDは1モーター式のシステムである。インサイトや現行フィット・ハイブリッドと形式的には同じだ。

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From Honda
新型フィット・ハイブリッドに搭載されるSPORT HYBRID i-DCD

効率を追求するなら、負荷と回転数で決まるエンジンの効率の良い運転領域を使える2モーター式の方が有利なのだが、ホンダは1モーター式にこだわって効率を徹底的に追求した。

アコード・ハイブリッドはモーターを2基搭載する意味でトヨタ式と同じだが、トヨタ式のように2つのモーターとエンジンの運転状況を高度に制御する動力分割機構(プラネタリーギヤ)は備えておらず、やはり独自技術で成立させている。

特許の関係もあって使いづらい(実質的に使えない)のだろうが、使いづらいから使わないのではなく、むしろ、「独自の技術で勝ってみせる」というホンダの、そして開発に携わるエンジニアの意地を感じる。

伊東体制になって5年、今年は「成果を刈り取る年」になる

i-DCDはトランスミッションにDCTを採用したことも前述した。伝達効率が高く、変速時の駆動トルク切れが実質ゼロになるDCTは、これまで国産車では日産『GT-R』や三菱『ランサー・エボリューションX』といったスポーツカーでしか採用例はなかった。

ヨーロッパ勢ではVW各モデルが積極的に採用しているし、フォードやボルボ、ルノーにも採用例はある。だが、フィット・ハイブリッドという国産屈指の量産モデルにDCTを採用した意味は大きく、革命的な判断といっていい。

ホンダ逆襲の先鋒となるフィット・ハイブリッドは、ハイブリッドシステムの技術(と燃費)と、一歩踏み出したスタイリングで注目を集めるのは間違いないが、腰を落として溜め込んでいた力はほかの開発領域にも活かされているはずだ。

例えば空力性能。フィットは『ジャズ(Jazz)』の名前で早晩ヨーロッパにも送り出されることになるが、巡航スピードの高いヨーロッパの高速道路では、ハイスピードでのスタビリティ(走行安定性)が商品価値を決める。そのスタビリティを向上させるのに、かつてのF1参戦活動で蓄積した空力技術が反映されることになるだろう。かの地での評価も楽しみだ。

F1と言えば、参戦記者会見での伊東孝紳社長の立ち居振る舞いが印象に残っている。就任から5年目を迎え、社長として場数を踏んだからという見方もできるだろうが、肩の力が抜けていたのが印象に残った。

聞けば、開発各部門で現場をリードするポジションは、若返りが一段落した様子。ようやく伊東体制の地ならしと種まきが終わり、成果を刈り取る時期に来たようだ。

ホンダの打ち出す手はどうやら、ハイブリッドに限らないようである。F1という花火を打ち上げるだけでもない。大きなモーターショーが続く今秋から今冬にかけての、ホンダの動きに注目だ。