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ゲームで子どもの偏食が治る? 電子工作コンテストで注目された「食育シリアスゲーム」はなぜ生まれたのか

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今、ゲーム開発といえば“ソーシャル”が全盛だが、欧米では10年ほど前から、主に教育や医療の分野向けに「シリアスゲーム」の開発とリリースがにわかに注目を集めている。

一般的なゲームがエンターテインメント性を追求しているのに対して、シリアスゲームは学習に向かうためのきっかけづくりや、生活習慣の改善に役立つことなどを目的としているのが大きな違い。

また、ゲーム開発の意義としても、直接・間接的に社会貢献へ結び付くという点が特徴である。

電子工作コンテストで2冠獲得の『Food Practice Shooter』

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昨年8月23日~11月11日に作品募集、12月9日に各賞の授賞式が行われた『電子工作コンテスト2012』

『エンジニアtype』が毎年協賛している『電子工作コンテスト2012』で、子どもの偏食を治すきっかけづくりを目的とする体験型の食育シリアスゲーム『Food Practice Shooter』(以下、FPS)を出品。見事、「エンジニアtype賞」と「横浜中華街三国志賞」を受賞したのが、神奈川工科大学・情報学部情報メディア学科の小坂崇之助教だ。

このゲームの遊び方は、簡単かつシンプル。スクリーンに現れるニンジン、ピーマン、トマトのモンスターを専用の銃で撃って倒すのだ。3つのモンスターを倒すとボスが現れ、これも倒せばクリアとなる。

ただし、それぞれのモンスターは、それぞれの味がするクッキーを食べてからでないと倒せない(ボスは3つとも必要)。クッキーを口に入れ、咀嚼することで銃に弾丸が充填される仕組みだからだ。

上の動画を見てもらえば一目瞭然だが、クッキーは減った分を計測する秤に乗せられており、ガンコントローラーの内部はWiiリモコンとArduinoを組み合わせて独自に開発したもの。また、プレイヤーがクッキーを咀嚼した回数は、ヘッドホンを改良したヘッドセットに装着されているセンサーが感知する。

さらに、プレイヤーが“笑顔”にならなければゲームが始まらないようになっている(これも食育の一環だ)が、これはガンコントローラーの上部に設置されたカメラを通して、オムロン製の『スマイルスキャン』が認識する仕組みだ。

このプロジェクトは当初、中山隼雄科学技術文化財団からの助成金を受けて開発に取り組んだと小坂氏は明かす。コンテスト出品前、「野菜が苦手」だという子どもたち約200人に試してもらったところ、実に約90%がプレイ中に野菜味のクッキーを食べたという。

ちなみに、このクッキーはイトウ製菓の『ベジケット』を使っており、大人が食べてもかなり本物に近い野菜の味がする。

バーチャル・リアリティ研究の延長で生まれた、「偏食克服」の構想

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普段は助教として研究に励む小坂崇之氏。研究に賭ける思いの表れか、FPSのPR時は右のようなコスプレに

もともとCGを用いた映像制作やVR(バーチャル・リアリティ)が専門という小坂氏が、FPSの開発に取り組むきっかけは何だったのか。

聞くと、FPSには“原型”となったゲームが存在しているそう。小坂氏ほか数名のプロジェクトチームが2008年に発表した、口臭を用いた吹き矢ゲーム『La fleche de l’odeur(ラ・フレッシュ・デ・ロドー)』の開発だ。

これも動画が公開されているが、ドラキュラや鬼をモンスターに見立て、ニンニクやトマトジュース、豆を食べたり飲んだりして出る「口臭」で吹き矢の威力を変えながら、敵を倒すというもの。

このデバイスも、やはりデモンストレーションを実施した際、何人かの子どもたちがゲームクリアのためにこれらの飲食物を口にしたことが強く印象に残ったと話す。

「よく、馬に何かをさせる時、『目の前にニンジンをぶら下げる』と言います。それと同じ理屈で、子どもたちの前にゲームを持っていくと、ゲームを通じて偏食克服ができるのでは? と気付いたのです」

口臭のコントロールから、偏食の克服へ――。FPS誕生の背景として、「ゲームプレイの過程で得られた経験が実生活に役立つ」というゴールがあらかじめ設定されていたことが大きい。

「今回開発したFPSも、VRを応用したゲームの一つと考えています。ある研究で、ヒトは仮想の体験であっても実際の体験と同じ感情を抱いたり、同じリアクションを示すことが明らかになっています。ゲームでの体験は仮想の体験であっても、結果として現実世界に何かしらのプラス効果をもたらす仕掛けや工夫を考えるのは、すごく意義があると思うのです」

シリアスゲーム開発の原点は、自身の“ゲーム嫌い”から

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自作したFPSプレイ用の銃について解説する小坂氏。本人もさぞゲームが好きなのかと思いきや……

小坂氏は、吹き矢デバイスやFPSのほかにも、これから父親になる男性が妊婦の身体的負担をリアルに体験できる『妊婦体験システム MommyTummy』の開発も手掛けてきた。

これも、バーチャルな体験を通して実際に「気付き」や「学び」を体感できる、シリアスゲームの一つと言えるだろう。

「実は僕自身は、アーケードゲーム、コンシューマーゲーム、ソーシャルゲームのいずれも、『ゲームをプレイするのは時間のムダ』と思うタイプ。だから自分ではやらないし、もう、偏見の領域です(笑)。その志向もあってか、逆にシリアスゲームの開発にこだわるようになったのかもしれません」

ゲームをクリアすることが目的ではなくて、ゲームをクリアすることがプレイヤーの人生に少しでも良い影響をもたらすのを目的にする。その可能性に、小坂氏は魅力を感じている。

すぐにでも製品化やサービス化が実現しそうな開発を数々手掛けてきた小坂氏。だが、これまではメディアへの露出も多くなかったため、「今後はメーカーや企業との共同開発や製品化のオファーも募集していきたい」と話す。

今、誰もが作り手になれる可能性があるという「メイカームーブメント」が静かな広がりを見せつつある。社会には克服すべき課題が無数に存在しているが、技術やスキルを社会問題の解決に導く試みに活用していくのも、有意義だと言えるのではないだろうか。

取材・文/浦野孝嗣 撮影/伊藤健吾(編集部)