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[コラム] 日本生まれのSEOツール『Ginzametrics』を開発したアメリカ人に聞く、シリコンバレー流「息の長い技術屋論」

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2008年、当時すでに32歳だったにもかかわらず日本で起業したアメリカ人エンジニア。それがレイ・グリセルフーバー氏だ。

レイ氏が開発した『Ginzametrics』は、エンタープライズ向けSEOプラットフォームとして日本をほか世界35カ国に対応

レイ氏が開発した『Ginzametrics』は、エンタープライズ向けSEOプラットフォームとして日本ほか世界35カ国に対応

2009年にはシリコンバレーの有力シードアクセラレーター『Y Combinator』に通過し、出資を獲得。開発したエンタープライズ向けSEOプラットフォーム『Ginzametrics』は、4カ国語にUI(管理画面)対応・世界35カ国に展開しており、日本ではあの『楽天市場』にも導入されている。

日本にはびこる「35歳定年説」を軽く一蹴するような活躍を見せるグリセルフーバー氏から聞いた話の数々。そこには、「技術屋として”長寿”な人」になるためのカギがいくつも含まれていた。

「何がしたい?」の自問自答で、生き方を熟考した20代

Ginzamarkets, Inc.
代表取締役社長
レイ・グリセルフーバー氏

「子どものころ、徳川家康が将軍になる時の歴史物語を読んで感銘を受け、日本文化に傾倒していった。それで大学の時、来日したんです」

きちんとした日本語で自身のキャリアを振り返るグリセルフーバー氏。この語学力も、もちろん自発的な学習で身に付けた。この時から起業する夢を抱えていたというが、「当時はまだ何がしたいのかが定まらなかった」という。

それならばと学習し始めたのがコンピュータサイエンス。社会に出てからは国内外のIT企業にいくつか勤めたが、「大企業に入った時に、政治的な思惑が社内にはびこっている環境に嫌気がさし、退職後は1年間の世界旅行に出ました(笑)」。

旅から帰ると、改めて起業について考えた。しかし、やっぱり何がしたいかが分からない。とにかく大企業はもうイヤだ、との思いからスタートアップ・ベンチャーに絞って求職。入社したのが、米サンディエゴでデジタル・マーケティングのソリューションビジネスを営む社員4~5人の会社だった。

そこで、いきなり未経験だったSEO解析プラットフォームの開発を命じられた。

「まず、作り方がまったく分からない。未経験だから当然と言えば当然でしたが、同時に感じたのは、『もしもこれを一人でやり遂げられたら、次のキャリアにつながる』という感覚でした」

「商品を作る力」と「1年ごとに新技術を覚える」努力で長生きに

すでに30代を迎えているタイミングで、初体験のプラットフォーム開発と向き合った時、こうしてポジティブにとらえることができる日本人エンジニアはそう多くないのではないか。そう告げると、グリセルフーバー氏はこう続ける。

From IsaacMao  グリセルフーバー氏によると、ITの聖地シリコンバレーでは「35歳定年説」はないとのこと

From IsaacMao  

グリセルフーバー氏によると、ITの聖地シリコンバレーでは「35歳定年説」はないとのこと

「日本では『プログラマー35歳定年説』といわれますが、シリコンバレーの感覚で言うと”定年”はあと10年くらい先です。もちろんアメリカのエンジニアにも、ある程度の年齢になったら限界が来る、というような考えはあります。ただ、それにしたって、現場の第一線から退くのを考え出すのはせいぜい45歳とかの話です」

日米の間にある「10年のズレ」はなぜ発生するのか。尋ねてみると、2つの面で問題があるという。

「一つは採用する企業サイドの認識の違い。アメリカの企業は若手の伸びシロや吸収力に期待しつつ、同時に開発の実務経験やビジネス経験を持っているエンジニアにしかできないことがある、ということを理解しています。それは何か。テクノロジーを使って『商品を作り上げる力』です」

そして、もう1つはエンジニア個人の問題だと指摘する。

「アメリカ人エンジニアの方がずっと危機意識が高いと思います。シリコンバレーでよく言われるのは、『1年ごとに新しい技術を学ばなければ、エンジニアとして先がない』ということ。だから、ずっと現場で活躍したければ、最新の技術をどん欲に吸収し続けなければなりません」

この2つの問題がクリアになりさえすれば、「日本人エンジニアだって、本当は30歳でも40歳でも新しいことにトライして、成果を手にすることができるはずなんです」と言う。

ある失敗で気付いた、「ベテランだけが持つチカラ」

さて、起業して「何がしたいか」が分からなかったグリセルフーバー氏は、マーケティングデータ解析という領域と出合ったことで自らの可能性を感じ始め、ついには起業を果たす。

アメリカではなく日本での起業を決めたのは、日本への愛着から。そして、当初SEO対策のコンサルティングビジネスで開業していた理由は、日本のSEO市場、特に大企業のSEOに対する認識がアメリカよりも未熟だった点にチャンスを感じたからだ。

「『Ginzametrics』の開発に踏み切ったのは、日本だけでなく世界的に見ても、SEO関連ツールに課題が多かったから。日本の市場は未熟でしたし、アメリカで開発されたツールはどれも複雑すぎて、うまく活用されていなかったのです」

それならば、SEOもSEMもと欲張らず、SEOに特化したシンプルなツールを作ればいい――。そして、レポートの柔軟性とスケーラビリティがこの領域の問題点だと考え、これを解決する機能開発にフォーカスしていこうと決めた。

この発想と決断は、まさにグリセルフーバー氏が言う「商品を作り上げる力」から来たものだ。目先の開発業務だけに拘泥せず、自らがかかわる業界についてしっかりと勉強をする。「その業界知識こそが、年を重ねていったエンジニアの強みだ」と強調する。

さらに、最初は使い慣れたPythonで開発を始めたが、その後、Ruby on Railを学んで開発言語を切り替えたという。「フレームワークが進化したおかげ。便利なものはどんどん採用するし、30代ならまだまだ新しいことを覚えられる」と話す。

こうした経験則もあってか、『Ginzametrics』開発における技術者採用でも、やはり経験豊富なエンジニアを求めているそうだ。

『Ginzametrics』開発者募集ページには、「Railsハッカー」だが「何かがあっても何とかする方」を募集と明記。その理由は?

同社の開発者募集ページには、「Railsハッカー」だが「何かがあっても何とかする方」を募集とある。その理由は?

業容を考えれば、募集要項は「デジタル・マーケティングに興味があり、Railsを使いこなせるエンジニア」となりそうなところだが、「Rubyに関する知識は重視していない。それよりも、できる限り経験のあるベテランエンジニアがほしい」と繰り返す。

なぜか?

「仕様書通りに作れる人でいいのならば、日本人じゃなくても、もっとコストのかからない人材が世界中にいます。でも、『Ginzametrics』が担っているのは、クライアントの問題を解決すること。『お客さまの問題を解決する』というのがどういう仕事で、どういう気遣いやコミュニケーションが必要で、という事柄を肌身で覚えているかどうか。この違いは大きいんです。問題解決の経験がある人、それも複雑な問題解決の経験がある人がいいですね」

実は以前、若くてRubyの知識が豊富なエンジニアを採用した際、上に挙げたような考え方にフィットせず、残念な結果に終わってしまったことがあるという。理由はひとえに、「業界知識のなさ」、「問題解決の経験の浅さ」だった。だからこそ、グリセルフーバー氏は技術知識より経験の豊富さを重視している。

「採用する側も、僕たちエンジニア個人も変わっていけば、プログラマー35歳定年説なんてナンセンスな昔話になりますよ」

アメリカ人が生み出した日本の『Ginza』パッケージが世界を制覇するころ、日本のIT業界から妙な定年説も一掃されていることを期待したい。

取材・文/森川直樹 写真/Ginzamarkets, Inc.より提供