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ITで一次産業を変えるには何が必要か? 「鮮魚流通のAmazon」八面六臂の戦略が面白い

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「飲食店で食品発注を取り仕切る料理長の方々は、PCを持っていないのにiPhoneは持っていたりするんですね。この事実を知った時、スマートデバイスはPC Webが実現できなかった生鮮物の流通革命を可能にするんじゃないかと考えたんです」

そう話すのは松田雅也氏。ITベンチャー八面六臂(はちめんろっぴ)の代表である。

同社は独自開発したアプリと情報システムを駆使して、「鮮魚流通のAmazon」を目指している。そのビジネスモデルはこうだ。

まず、全国の漁師・産地市場・中間業者からその日の鮮魚情報を収集し、自社で構築したデータベースへ登録する。

一方、仕入れを行う飲食店側には、上記のアプリ『八面六臂』をインストールしたiPadを提供。このアプリはデータベースに登録された鮮魚の産地、魚種、個数を詳細に選べるようになっており、飲食店はメニューや来客予想に応じて旬な魚を欲しい分だけ発注できる。

つまり、アプリ&プラットフォームの組み合わせで鮮魚流通の需要と供給を最適化することで、無駄に掛かっていたコスト(=人件費や物流費用など)を省くことを可能にしたのだ。

特徴的なのは、同社の立ち位置はあくまでも「納品業者」であり、Webビジネスでありがちな「中間業者を排した産地直送モデル」を推し進めるものではないこと。

ITの力で物流の最適化を図りつつ、「漁師→市場→中間業者→店舗」というこれまでの流通体系をリプレースすることもなく、各事業者が利を得られるビジネスモデルとなっている。産地直送モデルは漁獲量が不安定になるため、こちらの方が飲食店の細かな需要に対応できるからだ。

これが鮮魚流通のエコシステム全体を進化させる仕組みとして注目され、今年10月7日にはピグマリオン2号投資事業有限責任組合、Vector Group International、ウインローダーを割当先とする第三者割当増資によって総額1億5000万円を調達。アプリを導入する飲食店も、大手チェーンを中心に200店舗に広まっており、年内には300店舗(予定)に届く勢いだ。

アナログを否定せず、「ビジネスに魂を込める」

八面六臂の代表取締役・松田雅也氏(写真右)と、営業企画の佐々木真一氏(同左)

八面六臂は2007年の設立で、現在のビジネスモデルを確立したのはiPad誕生後。ここ2~3年の話である。従業員数も10名前後というのを考えると、同社が短期間&少人数でここまで事業を拡大できたのは稀有なケースといえるだろう。

なぜなら、一次産業の流通改革は新規参入業者にとって“ミッション・インポッシブル”なものだったからだ。ITを駆使したアイデアで農作物や水産物の流通を変えようと試みた企業はこれまでもあったが、業界特有の商習慣やしがらみを前に、その多くがスケールせずに終わっている。

八面六臂の場合、冒頭で松田氏が語ったスマートデバイスの普及という外的要因が成長を支えているのは間違いないが、事業拡大の要因はそれだけではないという。

その秘密を紐解くカギとなるのが、「アナログを否定しないこと」と「UX(ユーザー体験)を極める」という2つのポイントだ。

入社する前はシステム開発の世界にいた佐々木氏。同社の仕事の進め方は「エンジニアとして新鮮」という

1つ目の「アナログを否定しない」について、同社で働くITベンダー出身の佐々木真一氏はこう語る。

「IT業界の人たちは、何事もデジタルtoデジタルで解決しようとしがちです。ただ、鮮魚流通に携わっている方々は、必ずしもITに慣れ親しんでいるわけではありません。だから、アナログを許容しながら、デジタルに変換していく作業が重要なのです」(佐々木氏)

この言葉を裏付けるように、同社は漁師や産地市場、築地市場などから収集する鮮魚情報を、電話、FAXでも受け付けている。データベースへの情報登録をすべてデジタル化してしまうと、敬遠する人たちが出てくるのが目に見えていたからだ。

驚くのが、アナログで収集した鮮魚情報について、データベース入力をたった1人の社員が行っているという点。

「毎日膨大な量の情報が寄せられるので、1人で入力を行うには徹底した業務改善が必要でした。例えば、やみくもに全国各地の鮮魚情報を集めるのではなく、漁師さん、産地、市場をある程度セレクトして情報を集めるようにするなど、データベースの質を担保しつつ作業を効率化していく試行錯誤を繰り返したのです。現時点での最適解にたどり着くまで、3年ほど掛かりました」(松田氏)

この際、「どこに良い漁場があるのか?」などの情報を得るためにも、各地域の漁業関係者たちとのアナログな交流が欠かせなかった。

「わたしはこうした一連の取り組みを『ビジネスに魂を入れる』と呼んでいるのですが、IT業界はこの部分を重要視して実践している人が少ないのだと思います。だから、他社にはできなかったことが八面六臂にはできたと自負しています」(松田氏)

愚直な努力と仕組み化があってこそ、八面六臂はデジタルとリアルをつなぎ合わせることができたのだ。

採用したい理想の人材にジョナサン・アイブを挙げる理由

八面六臂アプリは同社のASPサービスの利用申請が必要なので一般利用はできないが、UIはAPP Storeで閲覧可

他方、発注側となる飲食店に提供するアプリについても、「アナログを受け入れる」というポリシーが随所に見て取れる。

最大の特徴は、発注時の入力作業で、キータッチ入力以外に「手書き入力」も可能にしていること。アプリにログイン後、「注文→数字入力」の2ステップで発注が完了するという簡単な導線を作っているが、メニューにない魚種は手書きで注文できるようになっている。

「これもアナログを否定しないというポリシーで導入した機能ですが、もう一つ、発注作業を行う料理長のユーザー体験として『面白い』、『やってみよう』と感じていただくのを狙っています」(松田氏)

iPad誕生前の発注用端末としては、PCや専用のPDAが一般的だった。が、それらはいかにも業務用インターフェースといった感じで、使いにくいものが多かった。そこで、冒頭にも記したiPhoneのようなスマートフォンの普及に目を付け、「料理長の方々が普段使っているアプリのように、手軽で親しみやすいものを目指して開発してきた」(松田氏)という。

現在のアプリは発注作業に特化したインターフェースになっているが、年内をメドに何かしらの情報提供の要素もプラスしていく構想だ。

「飲食店の方々とコミュニケーションを取る中で気付いたのは、料理人さんたちは僕らが思っている以上にソーシャルであること。情報収集に積極的で、SNSも使いこなしている。そういったソフト面も理解した上で、より使いたくなるアプリに進化させていきたいと考えています」(松田氏)

今回の増資によって、今後は採用にも力を入れていくというが、「もしAppleのデザイン担当者ジョナサン・アイブみたいな人がいたら是が非でも採用したい」と松田氏。こう話すのは、デザインの力でユーザーの心をつかむことが、事業そのものを飛躍させると理解しているからだろう。

デジタルとアナログを高次元で融合させ、先端デバイスの可能性と不変の人間心理を徹底的に突き詰める。こうした姿勢が、「鮮魚流通のAmazon」を目指すという大言壮語を信じさせる土台となっているのだ。

取材・文/伊藤健吾(編集部) 撮影/赤松洋太