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ホンダF1復帰の狙いは、「次の本田宗一郎」を育てることにあるのかもしれない【連載:世良耕太】

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

朝日新聞は3月18日付の朝刊一面で「ホンダ、F1復帰へ」と題した記事を掲載した。「復帰へ」となっていることが示すように、本田技研工業からの正式発表にもとづいた記事ではなく、「ホンダ関係者が明らかにした」内容にもとづいている。

記事によれば、ホンダは2015年からの復帰を目指し、イギリスのマクラーレンにエンジンを供給する方向で模索しているという。ホンダは1964年~1968年、1983年~1992年、2000年~2008年にF1に参戦しており、復帰が実現すれば4期目の参戦となる。

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From Honda
ホンダが初めてF1参戦した当時の写真(撮影は1964年)

ホンダはユニークな会社で、研究開発部門が本社から独立している。本田技術研究所がそれで、独立したのは本田技研工業の設立から12年後、1960年のことだった。

研究開発部門を独立させた理由を「人間の能力をフルに活用するため」と説明したのは、創業者・本田宗一郎(1906-1991)と二人三脚で黎明期のホンダの発展を支えた藤沢武夫(1910-1988)である。藤沢が経営面を一手に引き受けることで、宗一郎は“技術”に専念することができた。

その藤沢は研究所設立の狙いについて、次のように記している(『松明は自分の手で』/藤沢武夫/PHP研究所より引用)。

「いつまでも本田宗一郎一人を頼っての企業ではいけない。一人どころか、何人もの本田宗一郎を出して行かない限り、安心して生産企業はやれない。(略)一生をかけて“一つの道をやり遂げてもらう”には、研究所を独立させ、誇りある地位でなければならぬ」

一般企業の場合、技術者も年齢に応じて地位が上がり、管理的要素を任されるようになる。それでは「技術の方に向けるべき頭の大部分を、不得手な方に向ける」必要が生じ、もったいないと考えたのだ。

「ピラミッド型の組織だと課長の数に制限があるが、部下なしの文鎮型組織の研究所なら、何百人課長がいても不思議ではない。新入社員でも技術が優秀なら、必ず主任研究員になれるし、主席研究員になれる」

経済環境の浮き沈みはあるだろうけれども、それはそれとして本社がうまくハンドリングし、技術者は技術者で心置きなく研究に没頭できる環境を整えようとしたわけだ。

未来の本田宗一郎、すなわち、夢をカタチにする=人を幸せにする能力を持った、独創的なアイデアを生み出すエンジニアを大量生産するために。

F1新フォーマットは、将来の市販車開発でも役立つ技術が満載

朝日新聞が記した「ホンダ関係者」が、本田技術研究所の人物を指すのか本田技研工業の人物を指すのかは不明だが、筆者は研究所の声と受け止めた。記事には「慎重に判断する」とあるが、こちらの主語は本田技研工業だろう。

F1は2014年に大変革を迎える。マシンの心臓部とも呼ぶべきパワーユニットが一新されるのだ。現在はおよそ750馬力を発生する排気量2.4LのV8自然吸気エンジンを積んでいるが、これが1.6L・V6直噴ターボに置き換わる。

2014_F1_engine

From Renault Sport F1 
ルノーが先日公開した、2014年F1パワーユニットのレンダリングスケッチ(※確定版ではない)

ヨーロッパを中心に市販車でトレンドとなっている「過給ダウンサイジング」の流れに乗る格好だ。排気量を小さくすれば、それに比例して出力(馬力)は落ちるが、ターボチャージャーを利用して排気量の低下分を補うことにより、排気量縮小前と同等の出力を得られる。

過給器の一種であるターボチャージャーは、シリンダーでピストンを押し下げる仕事を終えた排気を再利用する装置で、排気管の途中に設けられる。排気管を流れる高温高圧のガスがタービンを高速回転させると、同軸に設けられたコンプレッサーが吸気を圧縮する仕組みだ。

排気量が1.6Lの場合、シリンダーに取り込まれる空気の容量は1.6Lだが、ターボで吸気を圧縮してやれば、空気量は1.6Lのままでも、空気密度は圧縮の度合い次第で2倍にも3倍にも高めることができる。

つまり、見た目の排気量は1.6Lでも、実質的な吸入空気量は3.2Lにも4.8Lにもなるということだ。

ターボを用いない自然吸気エンジンはその性質上、回転数の上昇に応じてしか出力を上げることはできないが、ターボを利用すれば低回転から出力(のもとになるトルク)を上げることができる。だから、エンジンをぶん回さなくても力強い走りを楽しむことができるし、常に低回転で走れるので燃費がいい。気持ち良く走れて燃費がいいので、人気が高まっているのだ。

現行F1エンジンは吸気ポート内に燃料を噴射するポート噴射という方式を採用するが、新しいエンジンは燃焼室内に直接燃料を噴射する直噴方式を用いる。これも市販車用エンジンで勢力を伸ばしつつある技術で、ターボと直噴技術が組み合わさることで、エンジンの進化に新たな地平が開けつつある。

F1はエンジンが直噴ターボになるだけではない。これに、運動エネルギー回生システム(ERS-K)と熱エネルギー回生システム(ERS-H)が加わるのもニュースだ。

ERS-Kは市販車でいうハイブリッドシステムと同種で、制動時にブレーキユニットで熱として捨てているエネルギーをモーター/ジェネレーターユニット(MGU)で回生し、電気エネルギーに変換してエネルギー貯蔵装置(事実上、リチウムイオン電池)に蓄えるシステム。

ERS-HはターボチャージャーとMGUを直結したシステムで、捨てている排気を吸気の圧縮に使うだけでなく、エネルギー回生にも使おうという発想。回生したエネルギーはERS-Kと共用するリチウムイオン電池に蓄える。

現行F1は1レースあたりおよそ160kg(約213L)の燃料を消費しているが、2014年以降は100kg(約133L)に使用量が制限される。単純に考えて燃費を37.5%向上させないと、レース距離を走り切ることすらできない。といって燃費ばかりに目を向けていては速さを保てず、「305kmのレースディスタンスを誰よりも短い時間で走り切る競争」に負けてしまう。

こうした競争に勝つには、エンジンだけでなく、ERS-KやERS-Hの2つのエネルギー回生システムを組み合わせた“パワーユニット”で総合的に熱効率を高め、1滴のガソリンから無駄なくエネルギーを取り出す技術が求められるのだ。

2014年に導入されるF1の新フォーマットは、将来の市販車に役立ちそうな技術が満載である。だからこそ、ルノーはいち早く新パワーユニットの開発を表明した。F1で磨いた技術が市販車に投入されているとPRすれば、市販車のセールスにも好影響を与える。それを期待しての動きだ。ホンダを含め、ほかの自動車会社が同じように考えても不思議ではない。

「夢をカタチにする研究開発」の場が、技術者を育てる

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From Honda
メーカーのF1参戦は、商業的なPRだけが目的ではない

F1への参戦について忘れてはならないのは、技術を磨くだけでなく、技術者を育てる点だ。

市販車に用いる技術は一般的に年単位のサイクルで開発に取り組む。一方、F1の場合はレースごと、長くて3週間、短くて1週間で成果が求められる。課題が明らかになり、対策を講じ、勝ち負けという残酷な結果として目の前に提示されるまでのサイクルが極端に短いのだ。

こうした過酷な環境でプロジェクトを前に進めるためには、一人が頑張ってもダメで、自分の専門分野だけでなく、ありとあらゆる専門職や協力企業らとネットワークを構築する必要がある。必要に迫られていろんな領域に首を突っ込んでいくうち、技術者としてのマネジメント能力が高まっていくのだ。

やるからには1番を目指すのは当然だが、自動車会社やサプライヤーがF1に参戦すること、レースに参戦することの意義とは、特定の技術を磨くことよりもむしろ、エンジニアを育てる側面の方が大きい。

本田技術研究所は、夢をカタチにする研究開発を加速させ、本田宗一郎を“再生産”するためにも、F1復帰が不可欠と判断した――。そう考えても、決して的外れではないと思う。

朝日新聞の報道に対する公式表明はまだない。同意も否定もない。“現代の藤沢武夫”が集まった本田技研工業の経営判断に注目したい。