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協業、採用、UXデザイン。日本交通・川鍋一朗×コイニー・佐俣奈緒子に聞く「産業Hack」の進め方【特集:New Order】

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スマホ×アプリによる、リアルとネットをつなげるサービスの提供。ハードウエア×ソフトウエア×クラウドの融合による、次世代のモノづくりの実現。テクノロジーの進化は、ITサービスの質と幅広さを劇的に変えてきた。

だが、「技術的に可能」なだけでは、ビジネスとしてスケールさせるのは難しい。人々の生活や行動様式を変え、歴史ある既存産業に変化をもたらすほどのインパクトをもたらすには、テクノロジー以外の面でさまざまな”仕込み”をしなければならないのだ。

その仕込みの大変さを乗り越え、徐々にだが現実社会を変えつつある新サービスが、日本からも生まれている。

スマートフォンアプリ『全国タクシー配車』などを開発し、タクシー産業全体をHackし始めた日本交通と、モバイルペイメントという新たなビジネスによってクレジットカード決済の世界を変えようとしているコイニーも、その数少ない会社の1つだ。

両社はどんなアプローチで既存産業に新風を吹き込んできたのか。そして、どんな壁を乗り越えながら”Connect the new world”を果たそうとしているのか。その疑問を、日本交通・代表の川鍋一朗氏と、コイニー代表の佐俣奈緒子さんの対談で紐解いていく。

プロフィール

日本交通株式会社 代表取締役社長
川鍋一朗氏

1970年生まれ。国内最大手のハイヤー・タクシー会社「日本交通」の創業家3代目。慶應義塾大学を卒業後、1997年にノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBA取得。同年9月にマッキンゼー・アンド・カンパニーへ入社。2000年に日本交通入社、2005年より現職。近年はスマホアプリ『全国タクシー配車』の開発・提供を行うなど、日本のタクシー産業に革新をもたらす

プロフィール

コイニー株式会社 代表取締役社長
佐俣 奈緒子さん

1983年生まれ。日本でも浸透し出したモバイルペイメントの業界で、スマートフォンやタブレットを使ったクレジットカード決済サービス『Coiney (コイニー)』を立ち上げ、真っ向勝負を挑む。2009年より、米ペイパルの日本法人立ちあげに参画。加盟店向けのマーケティングを担当。2012年3月に「コイニー」を創業

UXを追求すると、おのずとハード開発も視野に

佐俣 日本交通さんの『全国タクシー配車』、わたしもよくお世話になっています。一つのタクシー会社が作ったスマホアプリが、業界全体で使われるようになるなんて、すごいですよね。

「あなたのスマホがタクシーのりば」をキャッチコピーに展開する『全国タクシー配車

川鍋 ありがとうございます。わたしたちにとってアプリ開発とは、六本木ヒルズに専用のタクシー乗り場を作ったり、タクシーチケットを一生懸命営業したりするのと同じ。つまり、「お客さまに選ばれるタクシー」になるための取り組みの一つなんです。

―― 対談前に伺ったお話だと、最近はアプリだけでなくハードウエアの自社開発にも着手されているそうですね。

佐俣 おぉ、そうなんですか!!

川鍋 はい。Cerevoさんにアドバイザーに入っていただき、ドライブレコーダーの開発に取り組んでいます。

佐俣 どうしてドライブレコーダーを作ろうと?

川鍋 『全国タクシー配車』をリリースして気付いたのが、どんなにアプリの使い勝手を良くしても、アプリストアのユーザーレビューには「配車が遅かった」、「ドライバーが道を間違えた」といったお叱りのコメントが書き込まれるということ。そのコメントを読んでいるうちに、お客さまに最高のユーザーエクスペリエンス(以下、UX)を提供するには、タクシーを呼んでから降りるまですべての体験を作り上げなければならないと気付いたのです。

佐俣 クルマそのものに手を加えていかなければ、最高のUXは提供できないと?

川鍋 そうです。そのためには、自社でタクシーを作り上げるのが究極のやり方ですが、今はまだそこまでの技術力も体力もないので、まず事故発生時や防犯面で価値があるドライブレコーダーの開発から始めることにしたんです。

―― なるほど。

川鍋 それに、今のタクシードライバーは、いろんな機械を使いこなすのに大変なんですよ。決済機の取り扱い一つをとっても、「クレジットカードの場合は横にスライドさせる」、「プリペイドカードの場合は下から差し込む」などと、使い方が複雑になっています。操作に一貫性がない。

佐俣 確かにそうですね。

川鍋 運転手には高齢のベテランもいますから、こういった機械類の使いにくさは、結果的にユーザーアンフレンドリーにつながってしまう。ですからメーカー任せにせず、タクシーを知る尽くしたわれわれが設計・開発した方が、良いモノができるのではないかとも思っているんです。

佐俣 スタートアップをやっている身としたら、そこまで考えて取り組んでいる老舗企業さんがあるというのは驚きです。すばらしい。

モノづくりの壁「量産化」をどう乗り越えるか

究極のUXを提供することを考えれば、おのずとハードウエアの開発に行き着くと話す川鍋氏

川鍋 でも、実際にハードウエア開発をやってみると、いろいろ難しいものですね。そもそも誰に何をどうやってお願いすれば良いかが分からない(笑)。

―― コイニーでは決済用のカードリーダーを自社開発していますね。

佐俣 ええ。でも、わたしも今の会社を立ち上げるまでは、モノづくりの知識なんてまったくありませんでした。だから、川鍋さんのお気持ちはよく分かります(笑)。世の中にはこれだけモノがあふれているのに、誰がどう作っているのかさえ知らなかった。それに、モノづくりでは500個作るのと5万個作るのとでは全然違うということも分かっていませんでした。

川鍋 そうなんですよね。素人発想だと、モックアップができれば後は量産するだけでしょ!? なんて思ってしまいますが(笑)、むしろ量産をどうやるかの方が大変。

佐俣 個人商店が毎日30ホールのケーキを作るのと、全国のチェーン店に卸すために何千ホールも作るのとでは、同じケーキづくりでもまったく別物。それと同じで、ハードウエアもオペレーションや部品調達のリードタイムなどの面で全然違う。わたしの場合、それを肌感覚で理解するまでに1年くらいかかりました。

川鍋 うちも最近、中国・深圳にある工場の製造ラインを見学しにいってきたのですが、驚くことばかりでした。『Coiney』のカードリーダーはどちらで作っているのですか?

円形の意匠が印象的なCoineyのカードリーダー

佐俣 うちは国内です。

川鍋 どうして海外で作らないのですか?

佐俣 工場までの距離が近ければ、「基板がちょっとおかしい」とか「プラスチック成型部の色味を少し変えたい」という要望を、工場に直接伝えに行っても日帰りができますから。工場が中国だと、そうはいきませんよね。

川鍋 確かに。

佐俣 実は、生産拠点を国内に置くことを強く主張したのは、わたしではなくメーカー経験のあるプロダクトデザイナーだったんです。彼いわく、「初めてモノづくりをする会社は、量産が安定するまで、拠点が遠方だとコミュニケーションコストがバカにならない」と言われて。今思えば、彼の主張は正しかったですね。

川鍋 先日たまたま、マッキンゼーの後輩にあたる柴田陽(O2Oサービス『スマポ』を手掛けるスポットライト社代表。ビーコン装置の開発も手掛ける)さんと話していたら、「製造原価が5倍以内なら、日本で作った方がトータルで安上がりですよ」と言われて、「ん?」と思ったことがあったんです。その価格差を埋めてあまりあるのが、コミュニケーションコストなんですね。

佐俣 ええ。それに日本の工場の現場には、発注元の要求以上に「製品を良くしよう」というDNAが息づいている。これって、わたしたちのようなスタートアップにはとてもありがたいことで。

川鍋 そうですね。深圳はEMS(電子機器受託生産サービス)の聖地で、世界中のありとあらゆるエレクトロニクス製品が作られています。ですから現地にプロを置き、適切な工場に適切な発注をかけ、きちんと管理ができればアリなんでしょうけど、それがなかなか難しい。

デバイスの量産化ノウハウについて、中国の工場を見学して得た学びについて話す佐俣さん

佐俣 わたしも以前、深圳でとある製品を製造している工場を見学したことがあるのですが、ラインで働く若い工員たちを見て、よくできたハードウエアはプロダクトの設計を誰にでも組み立てられるくらいにまで落とし込んでいるからこそ、クオリティーを保つことができているのだと学びました。

川鍋 アプリなら「アジャイルで」とか言いながら徒手空拳でも何とか作れますが(笑)、ハードウエアは誰でも作れるところまで標準化しないと、良いモノができないと?

佐俣 そうなんです。

“異能の人”たちを採用する最良の方法は「真顔で口説く」

川鍋 ところでコイニーさんは、先ほどお話に出ていたプロダクトデザイナーさんしかり、どうやって人材を採用してきたのですか?