エンジニアtype - エンジニアのシゴト人生を考えるWebマガジン

ガラケー向けデコメ制作から「スマホシフト」に成功~キッズスターの親子向けアプリ開発記

公開

 

ITビジネスの栄枯盛衰は、そのサイクルが異様に速い。モバイル端末の主軸がガラケーからスマートフォンへと移りつつあることで、かつて「成長ベンチャー」と持てはやされた携帯向けコンテンツ企業各社も、日々次のビジネスモデルを構想している。

福岡発のモバイルコンテンツ事業者として知られるアイフリーク(2013年4月から持ち株会社アイフリーホールディングスに移行)も、2000年代半ばから、デコメをはじめとする携帯向けコンテンツを提供している企業。同社はこれまで培ったノウハウと人脈を駆使し、次なる商機を見いだそうとしている。

彼らが新たに乗り出したのは、6歳以下の乳幼児を持つファミリー向けビジネス。市場開拓の尖兵となるのが、自社の展開するスマホアプリ『こえほん』と『森のえほん館』の2つだ。

morinoehonkan

『森のえほん館』はiOS版Android版がリリースされている

「『こえほん』は、ユーザー自身が絵本のストーリーに沿ってセリフを吹き込むことで、オリジナルの“読み聞かせ絵本”が作れるサービス。もう一方の『森のえほん館』は、プロの朗読音声が入った絵本が読み放題になる月額定額制のサブスクリプション型サービスです。『こえほん』がリリースから約2年で80万、『森のえほん館』はおよそ1カ月で10万DLと、それなりに良い感触を得ています」

そう語るのは、『こえほん』と『森のえほん館』を運営するアイフリーク傘下のキッズスターで、開発チームに所属する森哲哉氏だ。

デコメコンテンツで成長してきた同社が、なぜファミリー向けサービスに照準を合わせることになったのか? そこには、デコメ制作で築いてきた“資産”を有効活用できるという算段があったという。

クリエイターネットワークという資産を活かしてピボットに成功

kidsstar-devteam

キッズスターで『森のえほん館』などの開発に取り組む森哲哉氏(写真右)と大村弘樹氏(写真左)

「われわれのデコメ制作に協力してくださっていた約8000名のクリエイターネットワークの中に、絵本作家を目指してる方が多かったというのが、『こえほん』企画立案のきっかけになったと聞いています」(森氏)

2013年3月末にリリースされた『森のえほん館』は森氏らの社内チームによって開発されたものだが、その2年前に開発された『こえほん』は、外部の開発業者の手に委ねられ開発が進められていた。

「でも、アプリ開発は改善のスピードが命。『こえほん』の展開で得たこういった知恵を踏まえて、『森のえほん館』の開発からは、より小回りが利く内製化の道を選びました」(森氏)

現在は、チームリーダーで主にサーバサイドの設計・開発を担当する森氏と、iOSアプリの開発を担当する大村弘樹氏、さらにAndroidアプリを担当するエンジニアの3名体制で開発を行っているが、森氏も大村氏もファミリー向けアプリの開発に携わるのはこの職場に来て初めてのこと。

ましてや年齢差の著しい親と子が、同じ画面を同時に見ながら使うアプリの開発経験などあるはずもなかった。

そこで、さまざまな企業や団体が行っているキッズ向けイベントに足を運んでは、「幼児のスマホ・タブレットの触り方」を徹底的にテスト。どんなインターフェースが使いやすいのか、何度も研究したという。

幼児に愛されるアプリに必要だった、「常識外れ」のUIデザイン

その結果分かったのが、幼児向けアプリには、これまでアプリ開発の「常識」とされてきたものとは違ったUIが必要だということ(以下の動画参照)。

「例えば一般的な電子書籍では、画面の左右をタップすることでページを送るUIが当たり前のように採用されています。でも、実際に子どもたちに使ってもらうと、このやり方は使いづらいUIだと分かったんです。そのため『森のえほん館』では、フリックでしかページを送れないようにしました」(大村氏)

「気になるものが目に入れば、ひとまず何でも触るというのが子どもの習性なんですね。『人の視線は左上から右下に流れるもの』というデザインの定説も、彼らには通じませんでした」(森氏)

そこで、『森のえほん館』は絵本リストの表示方法もシンプルな本棚形式にし、なるべく絵を大きく見せるため表紙以外の情報は極力排除した。タイトルのテキスト表示さえ避ける徹底ぶりだ。

「一時は、絵本リストの表示にカバーフロー型の表示形式にするのはどうかと考えて試してみたのですが、こういうアイデアって結局『大人の目線』で考えられたもので。実際に子どもたちにデモアプリを触ってもらったら、仕組みを理解してもらうことはできませんでした」(森氏)

こうした試行錯誤の末、「音量などの各種機能設定メニューは親向けに」、「絵本の選択メニューやページ送りのUIは子ども向けに」分けてインターフェースを最適化する手法が採られた。

「デザイナーと一緒になって、非常に細かい部分について何度も議論を重ね、修正を繰り返してできたのが『森のえほん館』です。主役はあくまでも絵。UIや機能が主役を邪魔しないことを常に意識して作ったつもりです」(大村氏)

「飽き性」な子どもでも使い続けるサービスのエンジニアリングとは?

morinoehonkan-try

大人向けのアプリよりはるかに「読みやすさ」が求められる絵本アプリ。サクサク感を生むコツは?

もちろん、シンプルかつ分かりやすさを追求する設計思想は、UIだけでなくAPI設計やデータ処理にも受け継がれている。

子どもを持つ親なら体感的に分かるだろうが、そもそも幼児は何事もすぐ飽きる。大人以上に「挙動の軽さ」に気を配らないと、アプリを使ってもらえなくなるからだ。

「iPhone版だと絵本の選択画面には6冊表示されるのですが、選べる絵本の総数はおよそ230冊。一気にすべてのデータを読み込んでしまってはアプリにもサーバにも負荷がかかり過ぎてしまいます。そのため、表示中の画面の『前後1ページ分の情報』だけを読み込むようにし、サクサク動く操作感を実現しました。アプリ側でどれだけ情報をキャッシュしておくべきかも含め、最適なAPIを設計するためにだいぶ神経を注ぎました」(森氏)

「アプリ側の実装を担当した者としては、森にデータ処理やAPIの基本設計をしっかりやってもらったおかげで、だいぶ楽になりました。組織が小さい分、意思疎通もしっかりできたし、仕様についてもコードベースで議論しながら開発できたので、とても開発しやすかったですね」(大村氏)

キッズスターのエンジニアチームは現在、既存サービスのブラッシュアップを行うとともに、新たなサービス企画立ち上げに向け動き始めている。

「わたし自身はこれからも、ファミリー層にリーチできるモノづくりにこだわっていくつもりです。形式はアプリでもWebサービスでもかまわないので、親子が喜んで使ってくれるサービスを作れればと思っています」(森氏)

「今までは、絵本の読み聞かせができるというサービスの性質上、就寝直前の自宅で使われることを念頭に開発してきましたが、最近あるアンケートを見たところ、子を持つ親は外出先での利用率も多いことが分かったんです。なので、今後は外出時の利用も進むような仕掛けを考えていきたいですね」(大村氏)

ファミリー向けのアプリサービス市場はいまだ黎明期。競合が少ない分、ビジネスとしてのポテンシャルは大きい一方、少子高齢化が進む日本においては、デファクトとなるようなアプリでなければ旨みがない。

「絵本の読み聞かせ」という長年続いてきた親子のコミュニケーションを、新しいデバイス上でどこまでうながせるか。彼らが日々行っている試行錯誤の「完成形」が楽しみだ。

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/伊藤健吾(編集部)