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「革新は、常識の外で生まれる」タイヤの視点でF1を変えた、マクラーレンの日本人技術者【連載:世良耕太⑰】

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

行き詰まった現状を打開し、新たな局面を迎えることを「ブレイクスルー」と定義するなら、ここで取り上げるエンジニアはF1にブレイクスルーをもたらした。

F1チームのマクラーレンで、ビークルダイナミクス系のプリンシパルエンジニアを務める今井弘さんである。

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今井弘氏(撮影:世良耕太)

「速く動くもの」に興味があった今井さんがブリヂストンに入社し、マクラーレンに転職するいきさつは、『Motor Fan illustrated特別編集 F1のテクノロジー5』に詳しいのでそちらをご覧いただくとして(と、軽く宣伝)、ブレイクスルーのエピソードに的を絞ってお届けしよう。

本意ではない人事異動から、F1開発にかかわる夢をつかむまで

エピソードその1はブリヂストン時代。東京大学で工学修士となった今井さんは、いつかF1に行きたいと希望しつつ、「いずれ参戦するのでは」とのウワサを信じて1990年にブリヂストンに入社した。

モータースポーツ関連部署を志望したものの、配属されたのは量産車に純正装着するタイヤの開発部署だった。が、希望が受け入れられなかったからといってクサるほど今井さんは青臭くはなく、「まずは勉強」のつもりで主に欧州車向けのタイヤ設計に取り組んだ。

そうこうするうちブリヂストンはF1に参戦を始めたが、今井さんは相変わらず量産タイヤの設計に携わっていた。そればかりか、イタリアへの転勤を命じられる。

F1の世界に近づくどころか、むしろ遠のく人事だったが、ここでも今井さんはクサることなく仕事に励んだ。励んでみると、面白くなってきた。何が面白いのかというと、「自分が持っている常識と違う常識を持った人と仕事ができるから」だという。

「日本人でもいろんな人がいますが、イタリア人と日本人では、違いの幅が明らかに違いました」

刺激になったのだろう。「ずっとヨーロッパにいたい」という希望を会社に伝えてもいた。ところが、人生は思うようにいかないもので、そんな時に限ってF1開発部隊から声がかかるのである。

当時、ブリヂストンは競合するタイヤメーカーを前に苦杯をなめ続けていた。形勢を逆転するためにもブレイクスルーが必要で、会社はブレイクスルーしてくれるはずだとの期待を込めて、今井さんに白羽の矢を立てたのだった。

当の今井さんは「不本意ながら」異動した。ところが、自分の会社が惨敗しているのを目の当たりにして、うれしいわけがない。持ち前の負けん気に火がついて、「1年後にリベンジしてやろう」と、がぜんやる気を出すのである。

現状打破のきっかけは、「自分の登る山は高い」という考えを捨てたこと

F1タイヤの開発リーダーになった今井さんは、従来の発想をひっくり返した。

「タイヤはいろんな材料がいろんな形で組み合わさっていますが、タイヤの設計者なら誰もが知っている常識がある。わたしは過去の先入観なしに、その常識の外で設計しました」

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撮影:世良耕太
傍目で見ると変わりないように思えるタイヤにも、たくさんのイノベーションが詰め込まれている

彼の話す常識とは、「グリップはヒステリシスに頼るもの」という考え方だ。回転するタイヤが路面に触れて力が加わると、変形を起こす。その時、変形したゴムは元に戻ろうとするが、この動きが摩擦力を発生させる。ヒステリシスと呼ばれるこの現象が、グリップ力を発生させるメカニズムだ。

ところが今井さんは、粘着(アドヒジョン)に頼る開発に思考を切り替えた。机の上をこする道具を、消しゴムから粘着テープに切り替えるようなもので、確かに常識の外である。

「タイヤ開発はすでに細かいところまで突っついていたので、常識どおりの設計を続けていると、それ以上やりようがないところまで行ってしまう。それでは、ブレイクスルーは望めません。まず、自分が登っている山(取り組んでいるテーマ)が一番高い山だと思うことはやめることです。別の山の方が(ポテンシャルは)高いかもしれない」

苦労して高みまで登った後でいったん麓に降り、別の山を登り始めるのは、山登りの苦労をさんざん経験しているだけに勇気のいることだ。だが、その勇気がないと、ブレイクスルーはない。

もちろん、登る前に入念なリサーチは大切。「懸け」るのはいいが、「賭け」は禁物である。

1年後にリベンジを果たした今井さんは、学生のころの念願が叶って「F1の人」になっていたが、イタリア駐在時代の刺激が忘れられず、「海外で働きたい」思いを抑えることができなくなっていた。会社が個人のわがままを聞き入れてくれるわけではないことは、社会人生活を通じて熟知していた。

さて、どうしたものか。思案した今井さんは、あることに気付いた。会社に頼るのではなく、自分で探せばいいではないかと。

海外での就職先を探すなら、F1タイヤ設計を通じて知り合ったF1チームがある。業務のベースは東京・小平だったが、出張ベースでF1グランプリの現場やテストに顔を出し、F1チームの関係者とネットワークを築いていた。

合流することが決まっていたチームが、今井さんの合流を待たずに撤退してしまうというハプニングはあったものの、2009年5月に無事マクラーレン入りを果たし、現在に至っている。

「自分とは違う常識」を持つ人たちと仕事をする喜び

今井さんはここでもブレイクスルーを起こした。どんなにエンジンや空力の性能を高めようと、力を路面に伝えるタイヤを上手に機能させることができなければ、台無しである。心肺能力や筋力をいくら鍛えようと、裸足で茨の道を走るわけにはいかない。シューズにも気を配るべきなのだ。

その上で、シューズの仕様を変えられないなら、与えられたシューズに合わせた走り方を考えなければならない。

そのことに気付かせたのが、今井さんだった。逆に言うと、今井さんがマクラーレンに入ってタイヤの視点から車両運動性能の最適化に取り組むまで、技術の最先端を走るF1チームでさえ、コトの重要性に気付いていなかったのだ。

マクラーレンに新たなポジションが生まれ、それが機能し出したことは、ヨソのチームにも伝わった。現在では、今井さんのようなポジションをチームの中に置いて運動性能の最適化を図るのがトレンドになっている。

タイヤの視点で勝利に貢献したことが認められた今井さんは、現在、タイヤだけでなくホイールやブレーキなど、いわゆる「ばね下」と呼ばれるコンポーネント全体に対して開発の責任を負う立場にある。自分と違う常識を持ったイギリス人との刺激を楽しみながら。

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From McLaren
イギリス屈指の伝統企業の中で、日本人エンジニアがらつ腕を奮う。「メーカー苦境」の裏で、希望の持てる話だ

「マクラーレンはわりと新卒のエンジニアを採用する傾向が強いんですね。オックスフォードなりケンブリッジなりを卒業した学生の就職先の一つに、マクラーレンがなっている。イギリスはモータースポーツの歴史が長いこともあり、学生の一般的な就職先の一つとしてF1チームが認識されています。航空機産業と同列です。だから、非常に優秀な人材が集まる。こいつらには負けられない、と思いますね」

エンジニアとしての生き方そのものがブレイクスルーのサンプルのような今井さんから、メッセージがある。

「学生の方に限らず、すでに仕事をされている方にも伝えたいことがあります。F1だからどうこうではなく、優秀なメンバーの中に身を置いてみるのは非常に刺激的で楽しいですよ、と」