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音楽を「選ぶ」から「出会う」ものに~”和製Pandora”と期待の『monstar.ch』が挑むストリーミング配信の未来

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2012年6月20日、ネット上にアップロードされているコンテンツを違法と知りながらダウンロードした者に対し、刑事罰を問える改正著作権法が参院で可決成立した。この法改正の是非はさておき、こうした環境面の変化が、日本におけるコンテンツ配信のあり方を大きく変えるきっかけとなる可能性がある。

 

すでに欧米では、著作権にまつわる諸問題をクリアしたストリーミング型の配信サービスが急成長しており、日本でも7月からソニーが『Music Unlimited』の日本向けサービスを開始するなど、今回の法改正が普及に拍車を掛ける可能性があるからだ。

「われわれは近い将来、音楽ストリーミングサービスで日本No.1、アジアNo.1サービスを目指す」

そう意気込むのは、商用音楽配信サービスの『monstar.ch』(モンスター・チャンネル)やインディーズ音楽を中心に楽曲販売を行うサイト『monstar.fm』(モンスター・エフエム)を手掛けている、モンスター・ラボの鮄川(いながわ)宏樹氏だ。自社の音楽アプリでのノウハウを活かし、クライアント向けにも多数のiPhoneアプリの企画・開発を行っている。

モンスター・ラボ代表取締役社長の鮄川(いながわ)宏樹氏[右]と、同社チーフテクノロジストの稲村創氏[右]

モンスター・ラボ代表取締役社長の鮄川(いながわ)宏樹氏[右]と、同社チーフテクノロジストの稲村創氏[左]

同社の主な収益源となっている『monstar.ch』事業は、従来の有線放送サービスの月額利用料の半額から3分の1程度で利用できる、”ネット版の有線放送サービス”だ。

業界最多の550チャンネル、全300万曲におよぶ豊富な楽曲数を有しており、すべてが放送に必要な権利処理を施したもの。それらを、一月あたり1980円という価格設定で提供している。

有線音楽業界で「黒船」と呼ばれるほど破竹の勢いでシェアを獲得するネット音楽放送局『monstar.ch』

有線音楽業界で「黒船」と呼ばれるほど破竹の勢いでシェアを獲得するネット音楽放送局『monstar.ch

既設のインターネット回線と手持ちのPCが利用できるという手軽さと、店舗で再生する際の権利料なども料金に含まれているという点が受け、現在、飲食店や美容室、オフィス、医院などを中心に拡販が進んでいる(いずれも2012年6月末現在)。

「店舗向けサービスを開始してから約1年半。すでに約2000店舗のお客さまにご契約いただきました。今年の7月からは、この店舗向けサービスとは別に、これまで蓄積してきた音楽配信のノウハウを活かして個人ユーザーに新しい音楽の楽しみ方を提案する準備を進めています」

それが、冒頭で鮄川氏が話した「音楽ストリーミングサービスで日本No.1、アジアNo.1」を目指す上で突破口となる同名のスマートフォンアプリ『monstar.ch』だ。

世界的にDL型からストリーミング型に主戦場が移行中

モンスター・ラボがこれから踏み込もうとしている個人向け音楽ストリーミングは、欧米ではすでにさまざまなサービスが乱立している。

北米で約1億5000万人の登録者数を擁する『Pandora Radio』のほか、欧州では登録ユーザー約1000万人のうち300万人が有償サービスの利用者と言われる『Spotify』が急成長中だ。

ネットでの音楽配信事業を手掛けてきた実績をもとに、スマホ市場に着手する鮄川氏

ネットでの音楽配信事業を手掛けてきた実績をもとに、スマホ市場に着手する鮄川氏

しかし、著作権の問題などにより、いずれのサービスも日本への上陸は果たしていない。そこに、権利処理済みの楽曲とストリーミング配信の技術的ノウハウを持ったモンスター・ラボが進出するのは、ある意味自然な流れだった。

「今まで日本国内における音楽配信サービスの成功例として、『着うた』や『着うたフル』のようなダウンロード型のサービスがありました。しかし、これはあくまでフィーチャーフォンでの話。携帯電話市場がスマートフォンへと移行する中、『Pandora Radio』や『Spotify』の成功でストリーミング型の定額サービスや無料の広告モデルの有効性が明らかになっています。わたしたちが次に開拓を目指すのは、まさにこの市場なんです」

では、この音楽のストリーミング配信を日本で普及させるため、同社がアプリ開発で「魂を込めた」部分は何なのか。ポイントは、いかに楽曲との出会いを演出するかだという。

UI面での工夫により、気分に応じて音楽を楽しめるように

音楽配信のビジネスにとって、最も重要なのはコンテンツそのものの魅力だ。配信業者はこの魅力をユーザーに伝えられるかどうかで、ビジネスの成否が試されることになる。

『monstar.ch』の場合、楽曲の仕入れは主に国内外の音楽レーベルや、自社サービスである『monstar.fm』の登録アーティストから買い付ける形態を採るが、その中にいわゆるメジャーレーベルの楽曲はさほど含まれていない。

だが、これまでの事業展開で得た経験則から、ストリーミング形式での音楽配信では楽曲の知名度はそれほど問題にならないと鮄川氏は感じている。

「曲名やアーティスト名で検索し、ダウンロードにつなげるサービスの場合、メジャー楽曲が存在しないということは、即ユーザーの不満につながります。一方で、有線放送やラジオ型のストリーミングサービスの場合は、嗜好に合った音楽が半自動的に流れてくることの方が好まれる傾向があるんです」

そのため、大事になるのは「楽曲を気分で選んだり、プロのDJがセレクトした質の高い特集やソーシャル上で友人が勧めている楽曲を聴けるようにすること」と鮄川氏は言う。

まさにこの点をクリアにするのが、アプリのUIになる。『monstar.ch』では、アプリ画面に

【1】 気分とジャンルの組み合わせで聞く。
【2】 ほかのユーザーがお薦めしている曲を聴く。
【3】 DJがセレクトした特集を聞く。
【4】 自分でプレイリストを作って聞く。

の4種類の入り口を設けており、さまざまな切り口でユーザーが「楽曲と出会う」ための仕掛けを演出(下の画像参照。左から順に【1】~【4】のUI)。

開発中のiPhone版『monstar.ch』のUI。一番左の【1. 気分とジャンルの組み合わせで聞く】では、例えば「邦楽×気分を上げたい」などと選ぶだけで自動で音楽が流れてくる仕掛けに

開発中のiPhone版『monstar.ch』のUI。一番左の【1. 気分とジャンルの組み合わせで聞く】では、例えば「邦楽×気分を上げたい」などと選ぶだけで自動で音楽が流れてくる仕掛けに

さらに、このように配信の切り口を工夫することに加え、開発のアプローチにもユーザー視点が問われると話すのは、チーフテクノロジストの稲村創氏だ。

徹底しているのは、「技術者の美学やエゴより、ユーザーのニーズを満たすモノづくり」だと話す。

長く愛されるために、機能を削ぎ落とす勇気も大事に

開発の力点は「どれだけスケールしても落ちないバックエンド構築」と語る稲村氏

開発の力点は「どれだけスケールしても落ちないバックエンド構築」と語る稲村氏

「これまで行ってきたユーザーテストの結果で、複数の音楽アプリを使い分けることはあまり行われていないことが分かりました。ですから、これからリリースするアプリの開発でも、長く使い続けていただくためのベーシックな部分に最も注力しています」(稲村氏)

具体的には「音楽を途切れさせないバックエンドの仕組み」や、「予備知識のない一般ユーザーが簡単に使いこなせるUIの作り込み」が挙げられる。

「わたしたちも音楽好きですし、自分のこだわりを反映させるような機能面の追加アイデアはどんどん湧いてきます。しかし、音楽のストリーミング配信において何より需要なのは、配信を止めないこと。システムの安定感や信頼性、使いやすさは、機能を盛り込む作業より優先されるべきだと考えています。ですから開発チームでは、一つ一つの機能について、盛り込むべきか削ぎ落とすべきかの議論を日常的に行われています」

ローンチ準備の最終段階を迎えている個人向け『monstar.ch』は、月間10時間まで無料で利用可能で、各種ソーシャルメディアとも連携。月額350円の会員になると、時間無制限でプレイリスト作成など会員限定の機能を使うことができるようになるという。

まずは7月中にiPhoneアプリをリリースし、その後、Androidアプリにも対応する予定だ。

「このサービスで伝えたいのは、スマートフォンでの音楽を楽しみ方は一つではないということ。好きな楽曲をダウンロードして楽しむことを上回る新しい体験を提供していきたいと思っています」(稲村氏)

『monstar.ch』が変化する音楽ビジネスの中で、アジアの王者として勝ち名乗りを上げることができるか。これからその真価が問われることになる。

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/竹井俊晴