エンジニアtype - エンジニアのシゴト人生を考えるWebマガジン

[連載:理系脳の素ーMozilla Japan代表理事 瀧田佐登子] 情報は未来を決めるものではなく、自由に次の発想へ飛躍させてくれるもの

公開

 
ユニークな視点でものづくりをする理系な人々の、ヒラメキの素をノゾキ見するこの連載。第5回はWebブラウザ『Firefox』などオープンソースソフトを開発・提供するMozillaプロジェクトの日本支部を率いる瀧田佐登子さん。オープンで平等なインターネット環境の提供と技術革新に挑戦し続ける瀧田さんからは、ユニークな発想が次々と飛び出す。

プロフィール

Mozilla Japan 代表理事
瀧田 佐登子さん

富士ゼロックス情報システムや東芝などを経て、1996年、日本ネットスケープ・コミュニケーションズに入社。エンジニアとして製品の開発およびプロモーションなどを担当する。その後、US AOL/Netscapeのプロダクトマネージャやオレンジソフトとのコンサルタント契約を経て、2004年からMozillaの技術、関連技術の普及啓蒙に携わり、2006年より現職に

インターネットブラウザが世界に登場し、あらゆる場所のあらゆる情報へのゲートウェイが開かれてから、まだたったの20年しか経っていない。そのブラウザ開発の歴史を見続けてきた瀧田佐登子さんは、最初にブラウザと出合った時のことをこう語る。

『Netscape』や『Firefox』など、海外で誕生したブラウザの日本での普及役を務めてきた

『Netscape』や『Firefox』など、海外で誕生したブラウザの日本での普及役を務めてきた

「初めてインターネットブラウザを見た時は衝撃でした。それまでのインターネットはドキュメントやデータのやり取りが中心でしたが、ブラウザの出現で、インターネットに表現力が加わりました。世界の裏側の情報が、手元の端末ですぐに見れるんです。わたしは『この先、情報提供のあり方が変わっていくだろう』、『このメディアをどう使ってみんなはどう情報を載せてくるのだろう』とワクワクしました」

瀧田さんの考えたとおり、通信手段だったネットワークはブラウザを与えられたことによりドキュメントや写真、画像にとどまらず、映像やサウンドと、ここ十数年のうちにあらゆる情報を載せ、メディアとして進化してきた。

「当初はエンジニアや研究者など、一部の人のものだったインターネットが、ブラウザの出現とネットワークの商用化のタイミングに乗り、すごいスピードで一般の人に広がっていった。インターネット上でできること、やりたいことが多様化したんです。ある意味、ユーザーがエンジニアリングを育てていったんだと思います」

ネットは情報を取りに行く場。便利だからこそ依存しない

今でこそ、ブラウザの選択肢があることが定着し、『Firefox』は世界で約30%のシェア(StatCounter調べ*)を確保するまでに成長した。

が、瀧田さんがエンジニアとしてブラウザ開発にかかわってからここまで来るには、米Netscapeのソースコード公開、オープンソースプロジェクトとのかかわり、非営利としての組織の立ち上げ、新しいブラウザ『Firefox』の誕生など、まさに波乱万丈。ブラウザの進化とともに歩んできた20年だったという。

オープンソースというスタンスや、カスタマイズしやすい利点が、開発者たちにも人気の『Firefox』

オープンソースというスタンスや、カスタマイズしやすい利点が、開発者たちにも人気の『Firefox』

そんな瀧田さん自身がエンジニアであることもあって、ネットとのつきあい方は少し独特だ。

「やっぱりものづくりの視点で見てしまう部分はありますね。例えば、SNSはサービスよりもシステムが気になってしまう。どんなアルゴリズムなんだろう? どんな仕組みでこのサービスが動くんだろう? とリサーチになってしまいます。仕組みが分からないと気持ち悪くて、使う気になれないんですよね(笑)。

それにやっぱり、ネットワーク上のコミュニケーションの前に、リアルなフェイストゥフェイスのコミュニケーションをきちんとやっておこうよ!と思ってしまいますし。インターネットで何でもできる今、この業界に身を置いているからこそ、ネット中心で物事が動いて良いのか、人間そのものが発展していかないといけないのではないかという危機感も感じていますから」

そんなポリシーがあるからか、瀧田さんにとってのWebはシンプルに「情報ソース」。主に学術から業界・社会の動向まで、ITにまつわるあらゆる情報を、リアルタイムに入手するためのツールだ。

「わたしにとってインターネットは”情報を取りにいく場”。もちろん、コミュニケーションを取ることもしますが、それもやはり情報のうち。人と人とのつながりは、あくまでリアルあってのことだと思います」

本は逆引き的に自分の考えを確認するツール

一方、書籍などのプリントメディアについては、そこからインスピレーションやヒントを得ることこそあれ、どちらかと言うと「逆引き的に自分の考えを確認する」場所だという。

「とにかく考え続けているのが好きで」という瀧田さんのアタマから生まれてくるさまざまな発想や考え方を、本の中で検証したり、ビジョンをより明確にすることに役立てているのだそう。

「ただ、わたしは人と常に違うことを考えていたいんですね。だから本の中で『ほら、やっぱりわたしの考えていることは間違ってない』と確信したら、もうその先のことを考え始める。負けず嫌いなんです(笑)。人から影響を受けるのは好きじゃない。本の中に解決方法を得られることはあるのかもしれませんが、新しい発見や、発想のきっかけはあくまで自分のインスピレーションを信じます」

本に新しい発想を求めると、先入観や固定概念を知らず知らずのうちに植え付けられてしまうのではないか、と瀧田さんは言う。

「例えば、子供のころ『鉄腕アトム』が流行りましたが、あの当時マンガの世界に描かれていた21世紀って、今になって考えると、わりと現実と遠くないような気がしているんです。人型ロボットも開発されていたり、アトムの世界と現実とがそう離れていないことに、一瞬『スゴイ!』と思ってしまいますよね。

でも、ひょっとして、あのころアトムを読んだ少年に未来のイメージが刷り込まれていて、その彼が後に開発者になって知らず知らずのうちにアトムのイメージでものづくりをしているってことは考えられないかなって思ったり……」

確かに、あらゆる情報やアイデアに囲まれていると、人はどこかで知らず知らずのうちに影響されているのかもしれない。あるいは、多様化しているようでありながら、何か一つのものにとらわれてしまっているのかもしれない。

「最近残念なのは、新しいデバイスが誕生してもワクワクすることが少ないこと。一つのプロダクトがヒットすると、ほかもその成功例に倣って似たようなものを出している気がするんです。企業として安全策を取ろうとしているからだと思いますが、技術は確かに進歩しているのに、びっくりするような斬新なアイデアを感じることがあまりなくて……。そこにモノづくりへのチャレンジ、ワクワク感が感じられない。やはりこれからは、エンジニア視点ではなく、テクノロジーを知らないコンシューマー自身が発想、アイデアを出していくべきじゃないかと思います」

世界中のユーザーとともに『Firefox』を革新させ続けてきた瀧田さん自身、開発者でありながら、ユーザー、コンシューマー視点からの発想を忘れていない。

「ブラウザって四角いイメージがありません?それって丸じゃダメなの?とか、そもそもモニターで見なきゃいけないって概念も捨てなきゃいけない時期に来ている。インターネットでやれることが広がっているから、ブラウザのカタチもどんどん変わるべきだと思っているんです。

例えば、ユーザインターフェースという視点で言えば、わたし自身は、いろんなデバイスを操作するリモコンがバラバラと異なることに違和感を感じる。どんなデバイスでも、自分専用のインターフェースで操作できれば、それが全部解決してくれると思うんですよね」

新しい世界を思いつくきっかけは、シンプルに自分の中に生まれる「こうなったらいいな」、「こんなことしてみたいな」という衝動なのかもしれない。

「やりたいと思ったらとにかくやってみること。トライなければ結果なし!ですから」

取材・文/川瀬 佐千子  撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)