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優れたエンジニアの幸せとは? Windows 8開発統括「突然の退任劇」を、個人のキャリアとして見てみると…【連載:中島聡⑤】

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中島聡の「端境期を生きる技術屋たちへ」

UIEvolution Founder
中島 聡

Windows95/98、Internet Explorer 3.0/4.0のチーフアーキテクトを務めたエンジニア。NTTに就職した後、マイクロソフト日本法人(現・日本マイクロソフト)に移り、1989年、米マイクロソフトへ。2000年に退社後、UIEを設立。経営者兼開発者として『CloudReaders』や『neu.Notes+』、教育アプリ『neu.Tutor』といったiOSアプリを開発する。シアトル在住。個人ブログはコチラ

MicrosoftでWindows部門のトップを務めていたスティーブン・シノフスキーが電撃退任したというニュースは、日本の皆さんもご存知の方が多いでしょう。今回は、このニュースをわたしなりの視点でとらえて、技術屋の生き方について考えてみたいと思います。

「わたしなりの」というのは、今回の退任劇が、スティーブン本人のキャリアにとってどんな意味があるのか? という視点です。

Steven Sinofsky

From D.Begley 近年はMicrosoft主催のイベントでスピーカーとして登壇する機会も多かったシノフスキー

メディアに出ている退任報道では、Microsoftの社内政治についてや、CEOのスティーブ・バルマーと意見が衝突して追い出された、などと憶測する内容が数多く見られます。社運を賭けたWindows 8をリリースしたばかりのこの時期に、Windows&Windows Live担当社長が辞めたのですから、いろいろ勘ぐりたくなるのも無理はないでしょう。

ただ、わたしとスティーブンはFacebookフレンドで、周囲の人たちが彼に寄せているメッセージを見ていると、どれも不思議と温かいんですね。Microsoft社内の人ですら、「スティーブンありがとう」、「長い間ご苦労さま」みたいなポストが多い。

それでふと、「スティーブンはある意味幸せなタイミングでMicrosoftを辞められたんじゃないか?」と思ったんです。Microsoftにおける彼の集大成となったWindows 8とWindows RTを出した今、もうこれ以上社内にとどまる理由はなかったんじゃないかと。

なぜそう感じたか。理由を書く前に、まずはスティーブンがどういう人物なのかを簡単に説明しておきましょう。

「8への変化」はシノフスキーでなければ実現できなかった

彼のことを最初に知ったのは1990年代の半ば。当時のスティーブンはビル・ゲイツのブレーン(技術顧問)をしていて、一方のわたしはWindows部門のソフトウエアアーキテクトでした。

わたしを含めた開発部門の人間は、1年か2年に一度だけ、ビルに30分ほど時間をもらって今後の開発について直接プレゼンする機会がありました。ただ、ビルは超が付くほど多忙なので、資料を前もってブレーンに渡しておくんですね。

BillGates

From Masaru Kamikura
若き日のシノフスキーは、多忙を極めたビル・ゲイツを技術面で支えるブレーンを担当

で、彼らが資料に目を通して、ポイントをかいつまんでビルに伝えておく。つまり、ブレーンは社内外のあらゆるテクノロジーに精通したエリートしかなれないポジションということです。

さらに、ビルはイエスマンを嫌い、議論のできる側近を好んだので、スティーブンも頭が切れて口は達者。それゆえ、社内には敵が多かったかもしれませんが、米企業のエグゼクティブの世界はそれが普通で、結果が伴えば特に問題ではありません。

実際、彼はWindows 95以降、Microsoftがネット戦略にかじを切ったころから社内で力を増していき、要職を経てWindows部門のトップに就任してからは、Vistaの失敗を修正する大役を見事にこなしてWindows 7、8、RTをリリースしてきた。

この変化は、長年レガシーの負の遺産に悩まされてきたWindowsアーキテクチャを考えると、ものすごい偉業です。HTML5へのシフトを進めたのも大英断ですよ。個人的には、スティーブンほど能力のある人じゃなかったら実現できなかったと思います。

だからこそ、すでにMicrosoftを辞めていたわたしとしては、かなり前から「スティーブンはいつ抜けるんだろう?」と思っていたんですね。

図抜けた能力と実績があって、超お金持ちになったエグゼクティブは、ある程度ミッションを遂行したら退職して自由に暮らし、後に新しいビジネスを興したりベンチャーに投資する側に回るのが一般的だからです。

アメリカのIT業界の常識に照らし合わせると、今回の退任は、むしろ「今のタイミングで辞められて良かったのかも」となる。本人にはいろんな思いがあるでしょうから無責任を承知で言うと、これから「Windows 9はどうする?」などと言われて“また抜けられなくなる”前に退職できたのは、彼のキャリアにとって幸運だったかもしれないのです。

「どこからでもお声のかかる人」は一つの会社に留まることがリスクに

もう一つ、「幸せ」だったかもしれないと思う理由は、エンジニアとしてのスティーブンの能力を考えると、本当にどこからでもお声のかかるような人物だから。

彼は若くしてビルのブレーンを務めたほどの知識を持つ、典型的な「タイプA(編集部注:米IT業界で超優秀な人材のこと)」のエンジニアです。アメリカには一つの会社で一生働くという感覚がほとんどありませんから、彼のような実力の持ち主なら、会社と考え方がズレてきたら辞めるのが当たり前なんですね。新しいチャレンジの機会がたくさんありますから。

そういう意味でも、スティーブンにとっては良い潮時だったかもしれないな、と。

日本のIT業界はこちらとは状況が違いますが、日本のエンジニアも腕に自信があればどんどん外に出てチャレンジするべきだと思います。グローバル化で変化のスピードが一段と速くなっている今、フィットしていないと感じる会社にしがみつくのは意味がありません。

では、どんなエンジニアが「どこからでもお声のかかるタイプ」で、どんな人が(長い目で見て)ダメになっていくのか、わたしなりの考えを書きましょう。
(次ページへ続く)