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FacebookとGoogle+の違いから、ソシアルな時代の「優秀な開発者」を定義する【連載:中島聡①】

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中島聡の「端境期を生きる技術屋たちへ」

UIEvolution Founder
中島 聡

Windows95/98、Internet Explorer 3.0/4.0のチーフアーキテクトを務めた世界的エンジニア。NTTに就職した後、マイクロソフトの日本法人(現・日本マイクロソフト)に移り、1989年、米マイクロソフト本社へ。2000年に同社を退社後、UIEを設立。経営者兼開発者として『CloudReaders』や『neu.Notes』といったiOSアプリを開発している。シアトル在住。個人ブログはコチラ

こんにちは、中島です。この連載のテーマは「端境期を生きる技術屋へ」ということで、今回はさまざまな業界が変わりゆく中で最も成功を収めているテクノロジー企業の一つ、Facebookを切り口にお話したいと思います。

「マイクロソフトはエンジニアとMBAのDNAを持った会社、アップルはエンジニアとアーティストのDNAを持った会社、グーグルはエンジニアとサイエンティストのDNAを持った会社」

これは以前、梅田望夫さんの著書『iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう』に掲載された一節です。本の中に梅田さんと往復書簡をやるコーナーがあり、そこでわたしが書いたものですが、この一文をきっかけに編集部からこんなお題をもらいました。

From GOIABA 「いいね」から生まれる個人と個人のつながりを、最大限に活かしたサービスを生んだFacebook

From GOIABA 

「いいね」から生まれる個人と個人のつながりを、最大限に活かしたサービスを生んだFacebook

「ならば、Facebookはエンジニアと何のDNAを持った会社なのか」

うまく一言で答えるのは難しいのですが、わたしが思うに、Facebookは「人と人とをつなぐ」というインターネットの持つ一側面を、誰よりも理解したサービス開発をしている会社です。だから、無理矢理言うとすれば「Facebookはエンジニアと『人と人をつなぐコネクター』のDNAを持った会社」ということになるかもしれません。

歴史を振り返れば、ネットで「人と人をつなぐ」という概念は、Web2.0が騒がれ出したころからありました。だから、Facebook誕生以前から米国には『Myspace』があったし、日本でも先行SNSがいくつも生まれていた。ただ、それらとFacebookの決定的な違いは、情報の発信源が誰なのか、どんな志向・属性の人なのかが最もフィーチャーされるアーキテクチャになっているという点です。

Facebookはあくまで実名ベースのものという点が、『Myspace』や『mixi』と違って世界中の大人たちのまっとうなコミュニケーションに使われ始めた理由の一つであるのは間違いないでしょう。それに、例えば『Myspace』の場合、基本設計は個人と個人がつながるSNSではあったけれども、いつの間にか「ほめられたい個人が自分をよりよく見せていくための場」、つまり一種のポピュラー・コンテストやオーディションサイトのようになってしまった。結果論ではありますが、『Myspace』は「人と人がつながる」というSNS本来の役割から、何かしらの事情で徐々に変質していったのです。

Google+不振の理由は、「神」になりたいという下心にあり!?

こう考えると、Google+がふるわない理由も、納得できるんですね。SNSとしてのそもそもの生い立ちが、少々いびつだからです。

「サイエンティストのDNA」を持つグーグルは、インターネット上のあらゆる情報を把握することで、サービスに結び付けようとしています。つい先日も『Google Drive』の利用規約が話題になりましたが、彼らはビジネス的な観点から、「クローラーが検索できない世界」が存在するのを嫌うのでしょうね。

Google+にも、それと似た思惑が透けて見えてしまう。自分たちのクローラーが届かない「とても私的な情報」を持つようになったFacebookに負けたくないから作った、という思惑です。わたしには、インターネット上の”神”になろうとしているかのようなグーグルの動きが、とても気味悪く感じてしまいます。

From Guillaume Paumier IPO申請時、「私たちはお金儲けのためにサービスを作っているのではなく、より良いサービスを作るためにお金を稼いでいる」と明言したマーク・ザッカーバーグ

From Guillaume Paumier 

IPO申請時、「金儲けのためにサービスを作っているのではなく、より良いサービスを作るために金を稼いでいる」と明言したザッカーバーグ

一方、Facebookのマーク・ザッカーバーグがIPOに際して株主に書いた手紙を読むと、彼らは今も、ビジネス的な成功より「人と人がつながる」サービスを作り続けるという純粋な動機を原動力にしている印象が強い。

以前、エンジニアtypeの「New Order」インタビューで「これから企業は、その会社が持つ”Why?”が問われるようになる」、「その”Why?”の部分に共感が得られてこそ、激しい口コミが生まれてビジネスが育っていく」と話しましたが、最近のグーグルは何事もビジネス先行型で、世界中の情報を掌握することだけに腐心しているように感じてしまう。Facebookとの違いは、まさにそこにあるのだと思います。

グーグルにとってのGoogle+が、「ネットの力で人と人とをつなげたい」というWhy?ではなく、「自分たちのサービスの土台となるログをもっと多く集めたい」というWhy?から生まれたものだとしたら、今後も困難が続くでしょう。

「誰と」「なぜ」コラボレーションするかで成果が著しく変わる

さて、こうした時代背景を前提に言うと、エンジニア個人も「想い」に忠実になって開発に臨む、もしくは想いを持つ人とのコラボレーションで開発に臨むことが、これからの時代にヒットサービスを生むための糧になると考えています。つまり、エンジニアとして頭角を表す一つの道になるわけです。企業ではいまだに「何でもデキる人」がもてはやされる面がありますが、もうそれだけではダメだということ。

実は今、想いを持つ者同士のコラボレーションの効果について、わたし自身が実感しているところなんです。きっかけは、羽根拓也さんという教育者との出会いでした。

From nooccar アップルが教科書事業に乗り出すこともあり注目度の高まる教育アプリ分野には、以前から中島氏も注目

From nooccar 

アップルが教科書事業に乗り出すこともあり注目度の高まる教育アプリ分野には、以前から中島氏も注目

ハーバード大学でアクティブラーニングという教育手法を研究・実践された後、人財育成や教育事業を営む会社を起業した羽根さんが、たまたまわたしのブログエントリ「ぜひとも起こしたい『教科書革命』」を読んで、共感して連絡をくださった。

結論を言うと、今この羽根さんとわたしとで、スマートフォン向けのある教育アプリの制作を進めています。なぜわたしがこの仕事を始めたか。それは互いの想いが共鳴したから。それだけです。

もしも羽根さんが「こういうソフトをいつまでに○○○万円で作ってほしい」とおっしゃっていたら、こうはならなかったでしょう。2人で話したのは、「既存の教育アプリは『自分で学習する』ためのツールでしかなかった」、「そうじゃなくて、いつもポケットに先生がいて、その先生とマンツーマンで『一緒に勉強できる』ようなツールがあったらいいね」ということだけです。

正直なところ、「ポケットの中に優秀な先生がいる」状態を完ぺきにつくり上げることができるのは、10年先か、それ以上かかるかもしれません。でも、この「ポケットに先生を」という想いは素敵な”Why?”だから、わたしはいつの間にか夢中になって制作を始めていました。

最近は、朝4時くらいに起きてプログラミングしていますし、時差があってなかなか直接コミュニケーションが取れないにもかかわらず、とても良い勢いで開発が進んでいます。「想い」が一致する人と出会い、遠くにあるゴールに向かって一緒に走れる環境こそ、技術者の発想とモチベーションを最大化させるということなのでしょうね。

ちなみに、わたしと羽根さんの関係がそうであるように、想いをともにする相手は上司と部下、同僚たち、ビジネスパートナーである必要なんてどこにもないのです。その昔、創業者がいたころのパナソニックやソニーは、きっと上司・部下という役職や、技術者や営業マンといった違いも関係なく、同じ想いを胸にゴールに向かって走っていたんじゃないかと思います。

仮定の話ではありますが、もしも今、わたしがソニーの社長になれたら、「AIBOの開発を再開しよう」と言うでしょう。理由は、あのロボットを完成に向けていく未来に、何かものすごく大きなゴールがあったように思えるから。それに、「AIBOを復活するよ」と宣言したら、想いに共感する優秀な人材が社内外から集まってきてくれる、と思うからです。

想いに共鳴できる人とのコラボレーションが、イノベーションを促進する。たくさんのエンジニアに、そういう体験を早く積んでほしいですね。

撮影/竹井俊晴(人物のみ)