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乾燥させない外傷治療の第一人者・夏井睦医師が語る、前例のない道の切り拓き方

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どんな世界でも、事をなすには一筋縄ではいかないもの。人生には、意図しない逆境や思わぬ転機がたくさんある。他者との関係性や仕事の持つ意味だって、その時々で変わり続ける。

それでも自分らしさを大事にしながら働き続ける人と、「私はツイてなかった」と嘆きながら生きる人は何が違うのか。

練馬光が丘病院で傷の治療センター長を務める形成外科医の夏井睦氏は、「消毒しない、傷を乾燥させない」という、それまでの外傷治療の常識からすればあまりに革新的な治療法「湿潤治療」を提唱したことで広く知られている。

権威にこびず、業界の通例や先入観にとらわれずに全く新しいものを生み出してきた夏井氏の仕事哲学は、エンジニアを含むすべての仕事人に参考になるものであるはずだ。

※このコンテンツは、就職学生向け情報誌『就活type』(2014年12月2日発売予定)内の企画「就職しない生き方を選んだ人の仕事哲学」からの転載となります。本誌情報は記事末尾にて。

プロフィール

練馬光が丘病院 傷の治療センター長 夏井睦氏

1957年秋田県生まれ。東北大学医学部卒業。92年、日本形成外科学会の認定医を取得(後に自分の信じる治療法を貫くために更新を中止し、放棄)。96年に「消毒しない、傷を乾燥させない」外傷の治療である「湿潤治療」を提唱。2001年にインターネットサイト「新しい創傷治療」を開設し、以後、傷治療の現場を変えるべく、発信を続けている。趣味はピアノ演奏。著書に『傷はぜったい消毒するな』、『キズ・ヤケドは消毒してはいけない』、『さらば消毒とガーゼ』、『これからの創傷治療』、『創傷治療の常識非常識』『ドクター夏井の熱傷治療「裏」マニュアル』、『炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学』など

医者にとっての最高の教師は患者

湿潤治療を行った際の傷の治り方(「新しい創傷治療」より)

湿潤治療を行った際の傷の治り方(「新しい創傷治療」より)

医者をやってはいるけれど、人を助けたいとかいう志はなくて、単に成績が良かったから。プロ並みの実力だったピアニストの道とはかりに掛けて、音楽では食えないという判断で医学部に進みました。

形成外科医になってからも、手術がうまいわけでも、学位を取る勉強をしていたわけでもない。

それが秋田県のある病院に赴任して床ずれの治療をしていた時に、一緒にいた研修医が1冊の本を持ってきた。日本で初めて出版された、床ずれの傷を乾かしてはダメと主張している本。試しているうちに、若い人のけがにも使ってみることを思い付いたのです。

やってみたらすごく治りがいいし、何より痛みがない。ただ、先例や論文もないので、文字通りの手探り状態でした。

ならば、と治療の方向性は患者に聞いて決めていきました。これから何が起こるかは僕にも分からないから教えてほしい、と正直に話して。医者にとっての最高の教師は患者、というわけです。

蛸つぼの外に出れば分かることがある

実は、1996年ごろから趣味のピアノの方でサイトを立ち上げていました。日本でインターネットが商用利用され始めて間もないころに、入手困難かつ演奏が難しい楽譜のコレクションを英語のデータベースにして公開していました。

すると、海外のマニアから楽譜を譲ってほしいという連絡があり、無料で送ってあげると数日後、現地の珍しい楽譜が束になって届いた。今度はそれを公開すると、国内で大反響。

情報は隠すと入ってこないけれど、公開すればどんどん集まって来ることを実感しました。

それで、治療法についても手順から材料、果ては失敗例まで、全てを公開することにしたのです。

そうして試行錯誤しているうちに、どうやら消毒することすら必要がないということが分かってきた。でも同時にそのころ、しっかりしたデータに基づいた治療をしましょうという動きが立ち上がっていました。消毒しなくていいという根拠は? 当然のように聞かれましたが、そんなものあるわけがない。だって世界で初めての試みですから。

ただ、医学は薬理学と生物学の上に成り立っていて、そちらにはデータなり論文なりがある。それらを組み合わせれば証明できることに気付き、45歳を過ぎて猛勉強が始まりました。蛸つぼの中にいては分からないことも、外に出れば分かるのだ、と。

次の何かを生み出すのは、すぐに飛びつく尻軽タイプ

夏井氏は自身の身上として、イギリスの軍事学者J.F.C. Fullerの次の言葉を挙げた。「先入観を取り除くために、常に『なぜ』を自問しない者は、どんなに勉強しようとも怠け者だ。頭脳は過去の記録の博物館でもなければ、現在のがらくた置き場でもない。将来の問題についての研究所なのだ」

夏井氏は自身の身上として、イギリスの軍事学者J.F.C. Fullerの次の言葉を挙げた。
「先入観を取り除くために、常に『なぜ』を自問しない者は、どんなに勉強しようとも怠け者だ。頭脳は過去の記録の博物館でもなければ、現在のがらくた置き場でもない。将来の問題についての研究所なのだ」

人間の脳みそは、過去に起きたことを記憶するためだけにあるのではない。誰も考えたことのない方法を導き出すためにあるのです。

一度覚えたやり方を絶対に変えたくない人がいるけれど、僕は絶えず新しいものに飛びつく尻軽タイプ。もちろん失敗も多いけれど、それでやめようとは思いません。何十年と生きてきた経験が、大枠では間違っていないと教えてくれるから。

次の何かを生み出せるのは、そういう発想だと思いますけどね。

取材・文/鈴木陸夫(編集部) 写真/竹井俊晴

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2014年12月2日(火)発売予定の号では、今回紹介した記事の他、ヤフー宮坂学氏やLINE森川亮氏、DeNA南場智子さん、ライフネット生命保険の出口治明氏、元アップルジャパン山元賢治氏 etc.のトップビジネスパーソンへのインタビューのほか、さまざまな職業の312人に「働くことの意義」を聞く一大特集を準備しています。販売は全国主要大学の学生協ほか、大手書店にて(税抜276円)。
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