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タクシー業界を変えた『日本交通タクシー配車』は、情シス社員2人の挑戦から生まれた【特集:スマホが企業を救う】

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スマートフォンのGPS機能を使ってタクシーを呼び出すO2Oアプリが人気を博している。現在、類似アプリが複数存在しているが、その先駆けとなったのが『日本交通タクシー配車』だ。

開発を担当した日交データサービスは、1977年に日本交通グループのシステム部門として発足して以来、配車や顧客管理、給与計算、日報管理など、同グループにおける基幹業務システムの開発と運用を行っている。社名や業務内容から想像される通り、この配車アプリの開発に乗り出すまでは、自社ホームページ以外でBtoC向けサービスにかかわることはほとんどなかったという。

システムグループリーダーの若井吉則氏は当時を振り返る。

『日本交通タクシー配車』アプリのUIデザインを主に担当したシステムグループ・リーダーの若井吉則氏(写真左)と、主に開発を担ったサブリーダーの亀井松太郎氏(写真右)

「ガラケー全盛期に携帯向けの『モバイル配車』というサービスを提供していたことがあったのですが、それは自社で作ったものではなく、ほとんど利用されていませんでした。理由は簡単で、配車依頼をするまでの手間が多過ぎたんです。

まず会員登録をして、自分がいる場所を細かく指定しなければならず、『入力に手間取ってる間に、目の前を空車が何台も通り過ぎる』なんて嫌味を言われるくらい使いづらいものでした」

こうした失敗もあり、BtoC向けのサービス開発は一時停滞したが、2010年を境に風向きが変わりはじめる。

「iPhoneやAndroid端末の急速な普及が追い風になりました。われわれもここで何かやるべきではないかという機運が社内で起こり、検討を始めることになったんです」

旗振り役は日交データサービスの代表であり、日本交通グループのトップである川鍋一朗氏。社長直轄のプロジェクトとして発足したものの、実働メンバーは若井氏とシステムグループサブリーダーの亀井松太郎氏の2名のみという小所帯。開発の外注も検討されたが、旧来の開発体制に風穴をあけたいと考えていた川鍋氏たっての希望で、内製の道が選ばれた。

「何を作るべきかという話になった時、僕と若井の間では『タクシー料金の検索アプリはどうだ』という話になっていたんです。われわれのホームページで一番ページビューを稼いでいたのがこのタクシー料金検索でしたから。しかし、この案はすぐに却下されてしまいました」(亀井氏)

川鍋氏から「より営業に結び付くツールを」という要望が寄せられたからだ。そこで急浮上したのが、ガラケー時代に苦杯をなめた『モバイル配車』をスマートフォン上で復活させるというアイデアだった。

「もちろんそのまま移植するわけではありませんでしたが、スマートフォンなら画面も大きいしGPSもある。マップの使い勝手もずいぶん向上していますし、これなら営業ツールとしても貢献できそうだということになり、まずはiPhone版の開発から着手することになりました」(若井氏)

とはいえ、そもそも同社では、これまでMacをベースの開発をした実績すらなかった。コーディングを担当することになった亀井氏にとって、Objetive-Cは初めての開発言語。彼らのプロジェクトは、まずMacを購入するところから始まった。

その後、関連書籍や技術者向けのセミナーに参加するなどして、開発ノウハウをゼロから身に付けたという。

目指したのは、“何度も起動したくなるUIデザイン”

「開発の部分で一番苦労したのが、旧来の配車システムとのつなぎ込みの部分でした。今までの経験では、システム間の連携に使うのはSOAPのXMLがほとんど。ところがiPhoneだとXMLの取り扱いがかなり面倒だったんです。それで、今流行りのRESTをJSON形式で使うことにしたんですが、それをどうやってサーバサイドに実装するかでかなり試行錯誤しました」(亀井氏)

ほかにも、オンラインテンプレートの選定で苦労したり、セキュアなシステムを作るための技術習得に時間を要したりしたが、2011年1月、同社初となるiPhoneアプリ『日本交通タクシー配車』がリリースされた。

まさにゼロからの挑戦だったが、構想から約半年、開発期間は実質3カ月というスピードだった。

「当時はほとんどがWebサイトへ誘導するもので、スマートフォンからの注文をアプリ内で完結させるアプリはほとんどありませんでした。また、タクシーのアプリももちろんありません。われわれにとって経験の乏しいBtoCサービスでしたが、さまざまな分野の人気アプリを落としては2人でずいぶんUIの研究を行いました」(若井氏)

「使えば使うほど良さが分かるようなUIデザインにした」と言われるように、一度使ったユーザーのリピートも増えているそうだ

こうした地道な努力の末にたどり着いたのは、iPhone標準のUIを利用し、シンプルなアプリに仕上げるべきという結論だった。

「ユーザーのみなさんに“刺さる”アプリにするには、どんなお客さんでも迷わず使ってもらえるようにすることが必要不可欠です。目指したのは“何度でも起動したくなるUI”。1度使って終わりではなく、使えば使うほどその良さが伝わるようなアプリにしたいと考えました」(亀井氏)

こうした開発側の思いは、ユーザーにしっかり届いたようだ。

「そもそもタクシーの無線配車は悪天候時に増える傾向があります。なかなかタクシーが捕まらない状況の中、われわれのアプリを使って実際にタクシーを呼んだ方が『便利だ』とTwitter上でつぶやいてくださり、それを見たフォロワーがダウンロードするという現象もあるようですね。さらにそこから2度、3度と使っていただく方も多い。クチコミとリピーターによって、このサービスは広がっているんです」(若井氏)

従来の電話配車では、一時的に注文が殺到すると、話し中や回線パンクのリスクはつきまとったが、アプリ経由ならクラウドサーバの活用でそういった状況を回避することもできる。確実にオーダーが可能で、かつ口頭で居場所の説明をする煩わしさがなくタクシーを呼べるという点がウケけているようだ。

しかし、アプリをリリースした初日の状況は散々だったという。「配車依頼はたったの6件。そのうち1件は社員からのもの」(若井氏)だったというから笑えない。しかしそんな話が嘘のように、ウワサがウワサを呼んで、ユーザー数は急増。今では日本交通グループが受ける月間約20万件の無線配車依頼のうち、およそ13%がアプリ経由での配車が占めるようになっている。

もともとは日本交通の営業エリアでしか使えなかったアプリだが、「全国各地で使えるようにしてほしい」というユーザーの声を受けて作った『全国タクシー配車』アプリ(2011年12月リリース)も、同社が手掛けることに。全国各地のタクシー業者と提携した同アプリだが、クラウドサーバを活用しているために、各業者の基幹システムとの接続もスムーズに行うことができたという。

内製が成功の肝~縮小気味だったシステム投資にも希望の光

ダウンロード数は順調に推移しており、『日本交通タクシー配車』と『全国タクシー配車』の両アプリ合わせて、iPhone、Android、Windows Phone版総計で75万を超えるダウンロードを記録している(2013年3月12日時点)。両アプリ経由でのタクシー売上(全国のタクシー提携会社合算)も、「リリースからの累計で10億円を突破した」(若井氏)という。

振り返ってみて、ここまでの成功を収めることになった秘けつはどこにあったのだろうか。

自社の営業範囲“外”でも使えるようにと開発された、『全国タクシー配車』アプリも順調にユーザーを増やす

「やはり、サービスを内製しているというのは大きいと思います。機能やUIの見直しがすぐにできますからね。それに開発陣には、自分たちが一番よく知っているタクシー事業の延長線上にアプリ開発があることをきちんと意識しながら開発に取り組んでいるので、当事者意識がとても強い。それが結果的にみなさんに使ってもらえるサービスにつながっているんだと思います」(若井氏)

当面の目標は「全国版」を開発した際に構築した配車システムを、全国のタクシー会社に利用してもらうこと。すでに41都道府県80グループ(2013年3月現在)で利用されているが、一日も早く全国すべての都道府県で利用可能になるよう、今も普及に努めている。

「現在開発チームは6名。かつては開発費用の削減が進み、縮小の一途をたどっていたシステム部門ですが、アプリ開発の実績が認められ、今では新サービス開発のためメンバー増員を企画しているところです。タクシー事業の活性化のためにも、これからも意欲的に開発に取り組んできたいですね」(若井氏)

タクシー業界は景気に左右される傾向が強く、さらに競合他社とのサービス競争が激しい業界だ。日本交通にとってアプリ開発は、自社が掲げる『タクシーは「ひろう」から「えらぶ」時代へ』というスローガンを体現する存在なのだ。

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取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/小禄卓也