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[連載:匠たちの視点-戀塚昭彦] 『ニコ動』創世神いわく、「成功はユーザーとともにあり」。その真意とは?

タグ : 3日, koiduka, koizuka, nikoniko, software, システム, ソフトウェア, ソフトウエア, ニコニコ動画, ニコ動, ユーザ, 戀塚, 昭彦, 開発 公開

 
プロフィール
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株式会社ドワンゴ ニコニコ事業本部 企画開発部 ソフトウェアエンジニア
戀塚昭彦氏

1970年生まれ。技術系高等学校卒業後、システムサコムビジネスに入社。組み込み系システムなどの開発を行う。その後、フリーランスのプログラマとして、ゲーム開発集団Bio_100%に参加し、さまざまなゲームソフト開発に携わる。1999年、ドワンゴに入社し、2006年10月に、ニコニコ動画のプロトタイプを5日(3営業日)で創り出す

4月21日、木曜日の深夜。話題のアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の最終回を控え、Twitterは大いににぎわっていた。

戀塚もその渦中にいた。が、明日は週に1度の出社日。テレビ放送は録画し、3時には床に就く。睡眠を削ると体調を崩すので、「徹夜は禁止」なのだ。

『ニコニコ動画(以下、ニコ動)』を始めてから、アニメはずいぶん見るようになりました。初期の頃は人気アニメをネタにしたMADが多くて、元ネタを知らないと楽しめないので。最近はニコ動での公式配信も増えて、またかなり盛り上がっていますから、ユーザーの間で話題になっている作品は大体チェックしています」

戀塚の肩書きは、ニコ動の開発総指揮。サービスの核となるコメントサーバーを担当するほか、総合的に機能やサービスの開発をサポートしている。入社以来、在宅勤務を続けており、普段は社内ネットワーク経由で、技術的なアドバイスや各担当とのディスカッションを重ねる日々だ。

“神”はいかにして世界を3日で創りたもうたか?

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ドワンゴに入社以来、在宅勤務スタイルを貫く。取材は唯一の出勤日である金曜日に行なわれた

ユーザからは“ニコ動の神”と、畏敬の念をもって称される。ニコ動の初期バージョンをたった1人、約3日間で作り上げたエピソードを、もはや知らぬ者はいない。

はてなやTwitterから、ニコ動関連の話題を即座に拾い上げて対応する、神業的スピードも称賛の的だ。本人は、「いろんなフィルター機能もあるし、フォローしているといっても1000人程度。そもそもプログラマーは、自動化するのが商売ですから」とあっさり言ってのける。

さらに、この”神”は、自分が作った世界の住人でもある。自腹で料金を支払ってプレミアム会員となり、ニコ動の各種サービスやネット上でのコミュニケーションを楽しんでいる。戀塚は、開発者であり、ユーザーであり、ニコ動のファンなのだ。

「結局、ソフトウエアは道具なので、使われて初めて価値が生まれる。ならば、使われるシチュエーションをよく理解している方が良い。そのためにはユーザーの声をいかに聞くかに尽きます。でも、自分がユーザーであるというのが一番効率が良いですよね。そのほうがモチベーションも高く保てるし、何よりも人に話を聞くまでもなく、自分の頭の中で問題を解決できる。より早く最適な状態を作れるわけですから」

ユーザーが見えないソフトの開発は面白くない

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自分が使うためのものを作る。戀塚のソフトウエア作りはここからスタートした。初めてコンピュータに触れたのは、小学校4、5年生のころ。マイコンブームの時代である。

「ゲームをやりたいなら、専門誌に投稿された作品のコードを自分で入力するしかなかった。市販のゲームソフトもちょろちょろあったけれど、かなり玉石混交で、だったら自分でも何とか作れそうだなと(笑)」

絵を描くことも好きだった。コンピュータ上で描ければ画材が不要になると考え、専用のソフトを自作した。今のように簡単に情報が取れる時代ではなかったので、必要な道具は、ユーザーがそれぞれ自力で作るほかない。もっとも当時のコンピュータは「何もかも不便だった」ため、何を作ってもどんどん便利になった。足りないものはたくさんあり、次々に作り続けて、「やがては作るネタが枯渇していくほど」だった。

高校に入学すると、通信ソフトを作ってパソコン通信を開始。自分のために作ったソフトを公開したら、やはり同じように困っていた仲間に喜んでもらえた。感想をもらったり、フィードバックを受けて、より使いやすく改良されていくのも面白かった。

「自分のやった成果がすぐに出る、自分でわかるというのが魅力でした。実は絵の道に進むか少し迷ったこともありましたが、まあ、当たり前のようにコンピュータの世界に入りましたね」

就職して手掛けたのは、組込み系のシステム開発。プログラミングに関しては「新たな勉強はほとんど必要なく」、すんなりと仕事に入っていく。

初仕事では、路線バスの車上機の開発を手掛け、旭川まで赴いて路線走行のテストをした。運転手と2人だけの車中で、直接使い勝手の話を聞けた。ふと思いついて、運転中の空いた画面に時計を表示してみせると、「これは便利だね」と感謝された。

便利になる道具を作り続けてきた戀塚は、「ソフトウエアは使ってもらってなんぼ」という感覚が染みついている。だから、ユーザーのいる仕事が好きだ。何か問題が起こっても、対象があれば修正する方向性も定まる。物事がスムーズに動くのだという。

“遊び”を作ってリリースするのは、ユーザーとソフトを共創するため

ニコ動には、戀塚の知見や経験があちこちに活かされている。

自らユーザーになるのは、サービスの使われ方や、ユーザーが楽しんでいる様子を見に行くためだ。実際に使ってみることで、使い勝手への不満や欲しい機能への要望も肌感覚で理解できる。また、ユーザー同士としてコミュニケーションが深まれば、生の声を聞くこともできるようになる。

ユーザーの本音を知るために、はてなやTwitterもフル活用する。誰かが独り言のように「ちょっと重い」、「何か微妙」などとつぶやこうものなら、即座に追いかけて直接対話し、速やかに反映する。

「以前のプロジェクトでこの手法を取り入れたら、かなりうまくいったんです。So-netの麻雀ゲーム『JongPlugged(ジャン・プラグド)』を開発した時は、最初にチャット機能を作ったので、とても会話がしやすくなった。ニコ動は自由なチャットの場を設定せず、最初はユーザーとの接点が少なかったので、こちらから外に出て行って意見を吸い上げて、すぐに対応するようにしました。素早い対応はフィードバックサイクルを加速します。何か要望が出ても反応が遅ければ、段々みんなが黙ってしまう。でもすぐに反応すると、『話を聞いてもらえる』と感じて、その後もさらにいろいろな声が上がってくるんです」

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twitterを見るのに使用しているのは、『Tween』『夜フクロウ』。拡張性とフィルター機能に定評があるtwitterクライアントだ

パソコン通信の時代から、ソフトウエアの世界には共創の文化があった。誰かの作品が公開されると、アドバイスをしたり、改良に参加するメンバーが出てくる。自然とコミュニティーが生まれ、ソフトウエアが進化していった例は少なくない。

戀塚の頭には、その構図があった。設計段階から、あえて”遊び”を作り、ユーザーが自由に工夫を凝らせる余地を残したのである。

社内で試してみると、多彩な遊ばれ方が出てきた。実はさまざまな機能も作っていたが、あえて最初は全て隠してリリースした。ニコ動はこれまでにないまったく新しいサービスだったため、まずは理解を広めることを狙ったからだ。

「最初からいろいろな機能を提供してしまうと、ユーザーの興味が分散するし、迷ってしまう人も出てきます。そこで最初は動画にコメントをつけるという行動に集中して、習慣を付けてほしかった。その上で、ユーザーが面白い使い方をどんどん発明してもらい、時間をかけて共有されていくことを狙っていました」

実際に公開すると、やはり頓知(とんち)の効いたユーザが多数現れた。弾幕モードやコメントアートなど、思いもしなかった使われ方が生まれ、みんなで盛り上がって共有される。ニコ動という新しい文化が育まれるとともに、徐々に機能が増えていき、新たなサービスへと発展していったのである。

開発者なら「口を出し続ける顧客」を育てろ

上の動画で戀塚が話す、「顧客側が口を出し続けることの重要さ」を痛感したのは、ニコ動の開発に着手する少し前、自宅を建てた時だった。

「施主と施工主との間には、どうしてもイメージのずれが生じるので、ギャップを埋めるには細かな調整を重ねる必要があります。そこで、3Dの間取りソフトで生活動線をシミュレーションしまくって口を出し続けました(笑)。作り手側からすると、それだけユーザーがコミットしてくれるように接することで、結果、サービスの満足度を高めていくことができます。ユーザー自身がコミットするから、誰もが楽しめる、誰にでも使いやすいカタチに育っていくんです」

最後に、最近の気になる先端技術はあるか聞いてみた。

「日本のPC黎明期から何にでも手を出して、ベースの部分は大体カバーしているので、実は新しい技術についてはそれほど気にしていません。例えば言語にはトレンドがあるけれど、プログラミングそのものの形は今も昔も同じ。言語に依存しない不変部分があって、プログラミングの勘所は変わらない。よく見ると、ブームに合わせて作り直されただけのものも結構ありますから、トレンドの知識を補充して差分だけ取ってくれば済みます」

常に気にしているのは、技術の中身よりもむしろ、世の中の動きだ。コンピュータネットワークは、パソコンだけでなく、タブレットPCやアプライアンスにも広がり、いよいよ「使える」環境が整いつつある。「さまざまな電子機器とつながるシステムを作り、引き続き、ユーザーとともに新たな遊びを探っていきたい」と語る戀塚。

神は神でも、高見から市井を見下ろすのではなく、地上で遊びながら世界を俯瞰する、”神”のようだ。

取材・文/瀬戸友子 撮影/竹井俊晴