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キャリアフリーのO2Oサービス『ショッぷらっと』を生んだ、NTTドコモの“火星人チーム”とは?

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2013年2月20日、NTTドコモはスマートフォンを活用した店舗来店促進サービス『ショッぷらっと』のトライアルサービスを開始した。

このサービス、最近注目のO2Oサービスであるだけでなく、ドコモ以外のスマートフォンユーザーでも利用できる「キャリアフリー」の取り組みとして脚光を集めている。

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NTTドコモが開始したO2Oサービス『ショッぷらっと

スマートフォンユーザーが『ショッぷらっと』対応アプリ(AndroidだけでなくiPhoneにも対応)をDLして加盟店を訪れると、店舗側がユーザーの来店を自動的に識別。

店内で簡単なチェックイン操作をするだけで、共通ポイントである「Star」を得ることができる(獲得したStarは、加盟店での割引サービスや商品券などの特典と交換可能)。

同サービスの加盟店数は、トライアル開始直後の177店舗から400店舗以上(3月20日現在)へと急拡大しており、出だしは好調だ。

ユーザーが来店した時の識別方法も特徴的。【ケータイ×来店促進サービス】でこれまで多かったのはQRコードやおさいふケータイ、Wi-Fiなどを活用したものだが、『ショッぷらっと』はいずれの技術も使っていない。

店舗側のシステムと来店者のスマートフォンを結ぶのは、人の耳には聞き取れない高周波。『ショッぷらっと』のために独自に開発した音波通信技術で、使用する音波通信は度重なる実証実験で人体やほかのマシンに影響を及ぼさないと立証済みだ。

なぜ、名実ともに大企業であるドコモが、異例ともいえる「仕組み・技術ともに前例のほぼないもの」を採用したのか? その裏には、開発の舵取りを担った自称“火星人チーム”の存在があった。

前例を捨て、ハッキング思考であらゆる技術を試す

「われわれは、まだフィーチャーフォン全盛だった時期にスマートフォン向けのspモードの開発に携わってきた新規サービス開発部隊。ドコモ社内ではまだ誰も見向きもしない段階から、一歩先のビジネス分野に取り組んできたことから、自分たちを“火星人チーム”と呼んでいました」

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『ショッぷらっと』誕生の経緯を話す、NTTドコモの斎藤剛氏(写真左と)菊地大輔氏(写真右)

こう話すのは、『ショッぷらっと』の企画・開発責任者を務めたスマートコミュニケーションサービス部のオープンサービス企画担当部長、斎藤剛氏。同氏によると、独自の音波技術を採用した理由はこうだ。

「お客さまが特定のエリアに入った時に、確実にそれを検知できることが要求としてありました。お店の棚付近などの狭いスポットに入ったことを検知する仕組みを、すでに発売されている既存のスマートフォン端末で実現するためには、実現できるエリア範囲やセキュリティが重要となります。結果として、音波技術を採用しました」

売り場ごと、陳列棚ごとに音波発生装置を取り付ければ、店舗内でのユーザーの回遊性を安全かつ効果的に高められる。ただし、音波技術は標準化されたものはないため、自分たちで独自の方式を作り込む必要があった。

同部門でサービス開発担当を務めた菊地大輔氏はこう続ける。

「当初はNFCやWi-Fi、Bluetoothなど、ありとあらゆる技術を検証しました。音波技術ならば到達距離がコントロールできる上、壁や天井で反射する特性があり、閉じた空間でエリアが作れるというメリットがありました。マイクさえ付いていれば、多くのスマートフォン端末を対象にできることも大きかった。ただし独自技術であることから、騒音環境下でも動作するか、歩行しながらでもきちんと検知するかなど検証を繰り返しましたし、セキュリティに隙がないか何度も防御策を考えました」(菊地氏)

開発者としての仕事はそれで終わりではなくて、ハードウエアの開発・生産はどのように行うべきか、実際の店舗にどのように設置すれば理想的な検知エリアが構築できるかということまで、試行錯誤を続けたそうだ。最終的に、自分で外装を設計するところまでやり込んだという。

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菊地氏が設計した音波発生装置。非常に小型だ

「まさか自分が、ドコモに入ってデバイスの設計図や店舗の設計図面と格闘するとは思いもしませんでした」(菊地氏)

実店舗と連携するO2Oサービスの場合、これまではインフラとなるシステムの導入・構築に多大な時間とコストを要するのが常だった。それが音波発生装置を採用したことで導入が容易になり、店舗側の負担が少なくなった。ユーザーにとっても、特別な事前設定なく、アプリを立ち上げるだけで楽しめるサービスが実現できた。

結果的に、こうしたメリットを店舗、消費者双方にアピールすることで、『ショッぷらっと』がO2Oビジネスにおける一定の存在感を示す土台が完成したのだ。

しかし、これまでなら「囲い込み戦略」が常套手段だった通信キャリアの中で、なぜ彼らはキャリアフリーのサービス展開に踏み切ったのか?

一筋縄ではいかなかった、社内の説得

斎藤氏が率いる新規開発チームは、数年前より、シリコンバレーや欧米市場でのビジネス事例をたくさん調査・研究する中で、「これからは日本でもデータ活用ビジネスやO2Oサービスの市場が大きくなる」という確信を抱いていた。

「iモードが全盛の時代には、NTTドコモが自らビジネスモデルを構築できました。しかし今日、スマートフォン向けサービスの主導権を持っているのは、通信キャリアではなくアップルやグーグルのような企業です。そこでNTTドコモとして、スマートフォンにおいてどのようなサービスを提供すべきか慎重に検討した結果、導き出したのがO2Oサービスだったんです。来店の促進を実現するO2Oサービスですが、お客さまがどの店にどのくらい訪問しているか、その結果どのような改善をすればいいのかなど、サービスを通じて得たデータをどのように活用していくかがポイントとなります」(斎藤氏)

とはいえ、言うは易し、行うは難し。サービス実現までにはいくつかの壁があった。いくら「これからはデータ活用ビジネスが大事だ」と力説しても、データを活用してどうやって収益を得るのかと問われ、なかなか社内の理解が得られない。加えて、斎藤氏はお店の立場から見てもデータを活用するという面から見ても、キャリアフリーのサービスが必然と考えていたが、「なぜドコモのユーザーだけに限定しないのか?」という意見がつきまとった。

そこで一計を案じた斎藤氏らは、社内を説得し得る一つのロジックを設計する。

「新規事業へのゴールを『実店舗への送客』としての事業モデルを作りたいと提案し、さらにドコモ以外のスマートフォンユーザーも取り込んだ形で展開した方が、成功の可能性は高まるはず。そう言って、ぜひリスクを取らせてほしいと社内でプレゼンしました」(斎藤氏)

こうして実現への承認を得た後も、課題は山積だった。“火星人チーム”の中心メンバーは、同社では珍しい業務系と技術系の混成チームからなる数名。検討開始からリリースまでわずか1年という限られた時間の中で、ベースとなる音波技術の研究開発から始めるとなれば、これまでのウォーターフォール型の開発スタイルでは実現できない。

協力会社側にも加盟店側にも、「未知の分野」に乗り込むことで生じるリスクを理解してもらわなければ、実現にはたどり着かなかった。

「まだ世の中にないものを作るわけですから、サービスそのものを深いところまで理解してもらうことがとても大切でした。開発の協力会社さまには『パートナーとしてアジャイル開発に付き合っていただけるか、未知の技術の開発を一緒に実現してもらえるか』を何度も刷り合わせしましたし、加盟店開拓チームは加盟店さまに対して『どうして人の耳に聞こえない音がスマフォで拾えるのか?』という仕組みご説明し、安心していただくことに腐心しました」(菊地氏)

こうした苦労の甲斐もあって、今のところ店舗、ユーザー双方からの評価も上々だという。

現在は、購買に至るまでの導線分析や、ユーザーの嗜好に応じたサービスの提示方法を検討しながら、売り上げに対するポイントサービスの貢献度を精査して9月の本稼働に向け調整を図っている。

「ゆくゆくはこの『ショッぷらっと』を社会インフラの域まで成長させていければと思っています。auさんやソフトバンクさん、その他多くのパートナーさまに対しても『ショッぷらっと』のAPIを開放し、共通プラットフォームとさせていただくことも構想としてあります。当面は本稼働に向けて、サービスのブラッシュアップと加盟店舗数の増加が急務ですが、将来的には『ショッぷらっと』の仕組みを使って、店舗以外での展開も考えています」(斎藤氏)

日本における通信キャリアの連合サービスが、新たに生まれるか。今後が見ものだ。

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/伊藤健吾(編集部)