エンジニアtype - エンジニアのシゴト人生を考えるWebマガジン

政府も乗り出した「オープンデータ」戦略、うまく進める肝は何? “鯖江モデル”影の立役者に聞く

公開

 

先進諸国に比べ、公共データの公開・活用が立ち遅れていると言われてきた日本の現状が変わろうとしている。

日本政府は、2012年7月に策定した『電子行政オープンデータ戦略』をベースに、政府や官公庁が収集・蓄積している公共データをコンピュータで処理可能なデータ形式で、広く民間に公開するためのルール作りに注力している。

この動きは、2013年に入ってさらに加速。2月には、内閣官房と総務省、経済産業省が、行政・公共機関が保有するデータのうち、どんなデータを公開してほしいか市井の声を募るサイト『オープンデータアイディアボックス』を公開した。

ideabox-hp

今年2月に公開された『オープンデータアイディアボックス』。4月19日時点で120超の意見が投稿されている

しかし、ここから実際に市民レベルで活用できるようになるまでには、いくつものハードルが待ち構えているのは想像に難くない。オープンデータ戦略をうまく進めるには、体制とシステムの両面で、官民の密な連携が必要だからだ。

では、どうすればうまく進むのか。国に先んじてオープンデータ戦略を実践し、一定の成果を収めている北陸の地方都市、福井県鯖江市は、それを知る上で一つのモデルケースとなるだろう。

市長と民間技術者との座談会から生まれた『データシティ鯖江』

sabae-hp

オープンデータを積極的に進める鯖江市のホームページ

現在、鯖江市は『データシティ鯖江』をキャッチフレーズに、公共データのオープン化を強力に推し進めている。

2004年から同市の市政を担っている牧野百男市長は、自らブログ執筆やSNS、ストリーム配信番組の制作を行うなど、IT活用に強い市長として全国的に知られる人物である。

その牧野市長がITへの理解を深め、『データシティ鯖江』構想を打ち出すきっかけを作ったのが、『秀丸エディタ』の開発で知られる斉藤秀夫氏ら、鯖江市在住のIT関連業に従事する民間人たちだった。

その中の1人で、『jigブラウザ』の開発元として知られるjig.jpの代表、福野泰介氏は当時の様子をこう振り返る。

taisuke fukuno

jig.jpの代表取締役社長・福野泰介氏

「2005年ごろに、鯖江市から依頼され職員の方向けに講演をしたことがきっかけで、牧野市長や市職員の方々と親しくさせていただくようになりました。その後、鯖江市民でわたしが通っていた福井高専の先輩でもある斉藤さんたちと市長とで座談会を開いたことがあって、市長から『ITをメガネ、漆器、繊維に続く第4の地場産業として育てたい』という話が出たんです」

この座談会以後、鯖江市と市民、福野氏ら有識者たちの間でITの活用法を探る試みが始まる。実際にオープンデータ構想が動き出したのは、最初の座談会から4年を経た2010年のことだった。

ちょうどその年、jig.jpがW3Cに加盟し、福野氏はHTML5の最新動向を吸収するためW3Cの会合に参加。が、その目的とは異なり、さまざまなセッションを聞く中で「日本はインフラ先進国なのにデータインフラの観点では後進国だと痛感させられた」と言う。

さらに、W3Cのディレクターであるティム・バーナーズ=リー氏がセマンティックWebについて講演しているのを聞き、「公共データがXMLで公開してさえあれば、後はRDFを用いてタグを付け加えることで民間でも公共データを活用したサービスを作れる」と確信したそうだ。

「それで帰国後、一枚の企画書を持って『まずは市が持っているあらゆるデータをXMLにして公開してほしい』と市長にお願いに行ったわけです。そのデータを活用して僕らが無償でサービを作り、市民に広く利用してもらうというアイデアを説明したところ、市長はその場でOKを出してくれて、すぐに(当時)秘書広報課の課長だった牧田泰一さんを紹介してくれました」

これを契機に福野氏は、新設された情報統計課とその課長となった牧田氏と協力しながら、市が保有するデータの公開インフラ整備と、それを活用したWebアプリ開発に取り組むようになる。

今からAmazonを作るのは難しい。ならインフラ活用で「世界初」を生む

opendate-apri

鯖江市が公開した公共データを基に開発されたアプリの数々

当時の福野氏は、自身の技術力向上のため「一日一創」を掲げ、日々Webアプリ作りに邁進し始めていた。2012年の1月からこれまでに作ったアプリの総数は約400個。そのうち、鯖江市からデータの拠出を受けて制作したWebアプリは、その数50にも及ぶ。

この圧倒的な“場数”から得た、オープンデータ戦略を推進していく上で大切だと感じる点は、以下の2つだという。

【1】 「官」の側に、ITに強いCIOがいること

福野氏は、鯖江市の取り組みが成功しつつある要因として、「トップのやる気と現場で実務を回す人材がいたこと」を挙げている。前述の牧野市長と、今年3月から鯖江市役所のCIO(最高情報責任者)を務めている牧田氏がそれに当たる。

特に、官側にCIOがいることの重要性を、福野氏は市内の消火栓をPC/スマホ上で一覧できる『消火栓情報』というWebアプリを開発した際に痛感したという。

このアプリは、2011年の1月に鯖江で起きた大きな火災がきっかけで作られたもの。その年は大雪で市内の消火栓が埋まってしまい、消火作業が滞ってしまったという話を聞き、「GPS情報を使ってすぐ近くにある消火栓を確認できるものを」と開発を考えたが、実際にリリースできたのは構想から1年後だった。

理由は、「鯖江市内に消火栓の位置を一元管理している部署がなく、データが散在していたから」。そこからデータを一元管理するまでに相当な時間がかかったのだ。

「約1年かかった形ですが、通常業務がある中で一元管理し、XMLで公開するまで至ったのは、やはり牧田さんほか情報統計課の尽力のおかげです。民間の感覚で『遅い! だから行政はダメだ』と主張したところで何も変わらないですし、民間から『こういうアプリを作りたいからデータを一元管理する必要がある』と伝える努力も大切なんです」

このプロセスを二人三脚でやってもらえる人材が官側にいるかどうかが、最初にクリアすべきポイントとなる。

【2】民間側が「オープンデータにかかわる利点」を理解すること

taisuke fukuno02

これまでに開発した、オープンデータを活用したアプリを説明する福野氏。そのモチベーションは何か?

オープンデータの推進で、実は最も重要なのがこの点。

利点と書くと「収入」や「名誉」といった実利を思い浮かべる人が多いはずで、実際に民間の開発者たちがオープンデータ構想にかかわっていく際のネックとなるのも、時間的な労力を割いても収益を上げるのは難しいという点である。

この理由で、協力者がなかなか増えない現状を福野氏は認めつつ、個人的な見解として、「社会貢献や地場産業の振興以外にも、公共データの整備段階からかかわることには意義がある」と話す。

「鯖江のように、理解のある行政トップと官側で実務をこなすCIOがいれば、民間側から『これを公開してほしい』とデータ整備を依頼するのはさほど難しいことではありません。時間的な障壁さえ乗り越えれば、『消火栓情報』の開発のように実現は可能なんです。ですから、地域発、日本発の新しいサービスを生むという意味で、早い段階でオープンデータにかかわるのは非常にメリットがあると思っています」

なぜそう考えるのか、福野氏は比喩を交えながらこう続ける。

「今の社会では、Amazonで何かを頼めば当日配送されるくらい、EC事業や宅配事業が発展しています。でも、これを実現できる礎となったのは、道路や空路の発展です。交通インフラが進化したから宅配業者が成長し、EC業も進化した。そう考えると、日本のエンジニアが今から『次のAmazon』を作るのは難しいけれど、公共データという“データインフラ”を整備するところからかかわることで、世界的に見てもブルーオーシャンな画期的サービスを開発できるかもしれないのです」

オープンデータを駆使して開発したWebサービスが、日本の、ひいてはグローバルスタンダードになるようなものに成長したら――。後はFacebookしかり、マネタイズは後からでもできるだろう。福野氏は、そこに可能性を感じている。

「自分の住む国や地域が良くなる開発って、技術者冥利に尽きるじゃないですか。それで食べていけるようになればなお良い。鯖江市ならきっと先進的なデータシティを築けるでしょうし、実現できた日には、ティム・バーナーズ=リーさんをお呼びして『セマンティックWebでこんな素敵な都市づくりができた』と自慢したいと思っています(笑)」

取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/伊藤健吾(編集部)