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米TIME誌も注目!人の手を「ロボットハンド化」する『PossessedHand』が拓く未来とは?【連載:NEOジェネ!】

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世間をアッと言わせるユニークなアイデアと技術力で勝負しているニュージェネレーションを応援するこの連載。今回話を聞いたのは、人間の手の動きを電極パッドでコントロールする『PossessedHand』を開発、販売するH2Lの2人だ。この製品が市場に出てくることで、われわれの生活はどう変化するのか? 『PossessedHand』が切り拓く未来像について明らかにする。
PossessedHand01
H2L株式会社
(左)代表取締役 玉城絵美さん
(右)取締役 岩崎 健一郎氏

PossessedHand』は、電気刺激を腕の筋肉に与えることで、手指の動きをコントロールするシステム、および機具の総称。要は第三者の手を「ロボットハンド化」してしまうツールだ。

基板を内蔵した本体と、そこからのびたコードにつながる2本のベルトからなるこの『PossessedHand』の使い方は至って簡単。

まずは専用アプリケーションをインストールしたPCをUSB経由で基板とつなぎ、計28個の電極パッドを内蔵した2本のベルトを腕に巻く。

次に、基板のスイッチをONにしてPCの専用アプリを立ち上げ、腕のどのパートの筋肉が、どの手指を動かすために使われているのか検知。あとはPCのコントロール画面で動かしたい手指を指定すれば、適切な電流が適切な筋肉に流され、指定した手指が思い通りの動きをするという仕組みだ。

人の手をロボットハンド化する試みとしてはこれまでも、針などを使って電極を腕に刺し、直接筋肉に電流を流す「侵襲性電極」タイプや、制御可能なグローブを装着することで、それを付けている手を動かすタイプがあった。

ただ、針を刺すタイプの場合は、医療従事者でなくては使用できず、グローブタイプでは手指の感覚が鈍ってしまう。

『PossessedHand』は、こういった従来タイプのマイナス面をすべて克服しており、素人でも安心して利用できる新しいタイプの「人体手形状の直接制御システム」として注目を浴びている。

特に海外での評価が高く、2011年9月に米『TIME』誌が選んだ「The 50 Best Inventions(世界の発明50)」の一つに選出されたほか、2012年10月にはシリコンバレーの新聞『San Jose Mercury』紙で取り上げられるなど、開発段階から多くの耳目を集めていた。

2013年2月28日には、医療機関や大学、研究所を対象に、1セット80万円で製品版の販売を開始。日本発のテクノロジーベンチャーとして、新たな局面を迎えている。

アイデアの出発点:ロボットハンドがなかったため、人の手で代用

「高校生のころ、入院して病院で過ごすことが多かったんです」

『PossessedHand』を開発した経緯について、H2Lで代表を務める玉城絵美さんは、そう話を切り出す。

「これまでPCに情報を入力していた手を、『PossessedHand』では逆に、PCからの情報伝達に利用します」(玉城さん)

「一日の大半をベッドの上で過ごすのは快適な一方、やっぱり外の世界のことが恋しくなる。だから、『ベッドの上にいても、外の世界に触れられるマシンがあればいいなあ』と考えるようになったんです」(玉城さん)

玉城さんが本格的に「腕の感触と外の世界での体験」を連動させるための研究を始めたのは、琉球大学、筑波大学大学院を経て、東京大学大学院の博士課程に進んだころだ。

東大大学院では、情報学環の暦本(純一)研究室に所属。ロボットハンドをコントロールするプログラムの改善に精を出していた。

しかし、ロボットハンドは非常に高価なもの。研究室でもなかなか自由に利用することができなかったという。

「2009年の夏ごろ、わたしと同じ研究室の後輩であった岩崎(現H2L取締役である岩崎健一郎氏)の間で、人の体に非常に微弱な電気を流す実験が流行っていたんです。わたしも自分の腕に特定周波数の電流を流し、指を動かしてみたりしていたんですが、その様子を見て、『もしかして、自分の手をロボットハンドの代わりに使えるんじゃないか?』と思うようになりました」(玉城さん)

さっそく玉城さんは基板を組んで試作品を製作。電極パッド一つの簡単なものだったが、可能性の大きさを感じるには十分だった。

「当時、玉城さんも僕も、実験の被験者を探すために共同で人を集めていたんです。そんな縁もあり、『PossessedHand』の開発を手伝うようになりました。最初のころは電極ベルトのはんだ付けを手伝ったり、被験者を集めたりしていましたね」(岩崎氏)

その後、修士過程を修了した岩崎氏は、一般企業に就職したものの、アカデミックな役割を求めて2011年に転職。理化学研究所脳科学総合研究センターにテクニカルスタッフとして務める傍ら、東大研究員となった玉城さんとベンチャー起業のスタートアップブースターである鎌田富久氏ともにH2Lを立ち上げた。

開発のポイント:安全性の追求と明快なUIで目指す「説明書いらず」

微弱とはいえ、人体に電流を流す『PossessedHand』。開発の上では、特に「安全性」に気を配っているという。

「Webサービスでの起業も考えていたが、
 PossessedHandが作りだす未来の方が見てみたかった」(岩崎氏)

「あらゆる状況を想定し、ソフトとハードの両側面から、絶対に規定値以上の出力ができないようにしているのはもちろん、万が一に備え、本体にも緊急停止スイッチを設置しています。とはいえ、ハッキングや改造によって高電流が流れてしまうことがあるかもしれない。そんな場合は、部品が自壊するように設計しています」(岩崎氏)

「『PossessedHand』のハードにはArduinoを利用しているので、やろうと思えばBluetoothを使い、近距離無線通信をPCと本体をつなぐことができます。ただ、無線通信を利用すると、クラッカーによってネットワークからハッキングされてしまう可能性がある。そのため、あえて有線を採用しました。危険性がある要素は徹底して排除しています」(玉城さん)

安全性同様、強いこだわりを持って開発しているのがUIだ。

「一見して使い方が理解できないインターフェースを指す、『Bad UI』という言葉があります。説明書を読まないと基本的な操作が分からない製品も、その一例だといえるでしょう。『PossessedHand』のメインユーザーは研究者ですが、わたしを含め、研究者という人種は往々にして説明書を読むのが嫌いなんですよ(笑)。そんな彼らが分野や専門に関係なく、直感で使えるよう、機能やインターフェースは極力シンプルで分かりやすいものにしました」(玉城さん)

PCで見た『PossessedHand』の操作画面。複雑な操作なしにコントロールできるよう工夫がされている

合計28個の電極パッドを2本のベルトにまとめてしまったのも、そんな開発思想の賜物だ。これにより、一つ一つの電極パッドを腕に貼る行程を省略。ベルトを腕に巻くだけで、あとはソフトが、電極パッドを通して被験者の前腕筋肉に電気刺激を与え、どの刺激がどの手の動きに関連しているのかを自動学習してくれる。

「個人の腕の筋肉のつき方を調べるのは時間がかかるしコツもいります。でも『PossessedHand』なら、適当に電極パッドを腕に巻けば、5~10分でキャリブレーションは終了。すぐに使用可能な状態になりますよ」(岩崎氏)

気合いでこなした、ハードゆえのハードコアなデバッグ作業

『PossessedHand』が、高い注目を集める理由の一つに、後述する「汎用性の高さ」があることは間違いない。ではそんなにも便利なツールが、なぜ今まで開発されてこなかったのか?

基板を収納する体部分の大きさは、だいたい文庫本サイズほど。配線・はんだ付けはすべて手作業で行われている

「機械を作る工学系の技術と、筋肉を扱う生理学系の知識の両者をクロスオーバーさせなければならなかったことが大きいと思います。特定分野のスペシャリストだけでは作れないのです」(玉城さん)

玉城さんは工学畑の人間ゆえ、電子機器やソフトウエアを作ることはできるが、研究開始当時は筋肉についてはまったくの素人。『PossessedHand』の構想を考えてからは、ひたすら勉強に取り組んだという。

加えて岩崎氏は、暦本研究室に入る前はバイオ系の専門家だったことも、開発を進める上でのアドバンテージとなった。とはいえ、たった2人のチームでハードとソフト双方の開発を行うのは、かなり忍耐のいる作業だった。

「2009年に、半分遊び感覚で最初のプロトタイプを作った時は楽しかったんです。でもそれからは新しい知識を勉強し、『PossessedHand』に反映・改良してデバッグを行う毎日……。正直つらかったですね(笑)」(玉城さん)

前回取材した『Pluto』にも通じることだが、小人数のチームが開発したハードウエアを製品として販売することの煩雑さは、ソフトウエアの比ではない。

「『PossessedHand』は、電流を流す電極パッドの配線が28チャンネルあるほか、基板の接続点が約150あります。デバッグとなると、考えうるすべての組み合わせパターンを試し、正常に動作するか確認しなければなりません。しかも、手元にある部品の在庫が底をつき、新たなロットの部品を購入すると、同じ部品でもその特質が変わってしまっていたりする。『絶対に大丈夫』という確信を得るまでに、どれだけ時間を費やしたか(笑)」(岩崎氏)

見れば誰もが想像を膨らませてしまう『PossessedHand』の魅力

2013年2月28日に、医療機関や大学、研究所を対象に製品版の販売を開始した『PossessedHand』だが、今のところ一般消費者向け製品の発売は考えていないという。

「わたしたちは『PossessedHand』を、『研究者が研究をするためのツール』と位置付けています。複数分野を横断しなければならないハードルの高さから、これまでボトルネックになっていた部分をわたしたちが解消した。あとは各分野のスペシャリストたちが、さまざまな形に応用してくれるはずです」(玉城さん)

さらに玉城さんは、『PossessedHand』に望む役割について話を続ける。

『PossessedHand』の実演風景。PCの操作画面上で選択した関節を自由に折ったり伸ばしたりすることができる

「『PossessedHand』の立ち位置について、わたしがイメージするのは『fMRI(functional magnetic resonance imaging)』です。『fMRI』の登場により、脳に関する研究は急速に発展しました。最近では、脳科学分野だけにとどまらず、精神病や広告効果の測定など、さまざまな分野で応用されています。そんなふうに、さまざまな研究の勢いを加速させる起爆剤となりたいんです」(玉城さん)

事実、米『TIME』誌で『PossessedHand』が紹介されて以降、医療系、工学系、脳科学系の研究者たちから、「一緒に作りたい」、「使いたい」、「共同研究したい」といった問い合わせが殺到。2012年7月に投資を受けて起業したのも、そういった声にできるだけ応え、製品版を開発するためだった。

「今後は、バーチャルリアリティの体感装置やリハビリテーション向け装置、脳研究との連携などへと発展していくでしょう。それ以外でも、意外なところに『PossessedHand』の活用シーンはあるかもしれません」(玉城さん)

実は米『TIME』誌に掲載された後、研究とは関係のないところでも、『PossessedHand』は話題を呼んでいた。ネット掲示板の『2ちゃんねる』だ。

「『攻殻機動隊みたいだ!』という意見がありました。厳密にいえば、脳の神経回路にデバイスを差し込み、直接信号を送りこむことで身体を操作する攻殻機動隊と『PossessedHand』の仕組みは異なります。でも、多くの人がアニメにある未来的な描写を連想したということは、人々の想像力を膨らませるきっかけみたいなものが『PossessedHand』にはあるということ。今回、市場に投下した『PossessedHand』が研究者たちの手に渡り、彼らがどんな風に想像力を膨らませ、未来を形作っていくのか。わたし自身とても楽しみです』(玉城さん)

取材・文/桜井祐(東京ピストル) 撮影/竹井俊晴

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