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[連載:山海嘉之②] 目先のニーズにおもねらない「複眼の視野」が、世紀の発明品を生み出すカギに

公開

 
ロボット博士・山海嘉之の未来創造塾
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CYBERDYNE株式会社  CEO  筑波大学大学院 教授  工学博士

G-COE:サイバニクス国際教育研究拠点 リーダー  内閣府 FIRST:最先端サイバニクス研究拠点 統括者
山海嘉之

筑波大学大学院システム情報工学研究科で、1991年からロボットスーツHAL®の開発に着手。機械工学や生体医学などを融合した学術領域「サイバニクス」を創出し、約17年を経てHAL®を完成へ導く。2004年に設立したCYBERDYNE株式会社では医療・福祉現場にサービスを展開中

技術で未来を設計する開発型指導者の視点を学んでもらうべく、前回の連載の最後で宿題を出しましたが、皆さん取り組んでいただけたでしょうか?

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From Sam Howzit

遠距離での会話を可能にした電話技術。その普及は、実利的に使う人々ではない層が後押しした(※写真はイメージ)

「あなたが世界で初めて電話機を発明した科学者だと仮定して、世界中で使ってもらうために、あなたならどんな提案をするでしょう?」

これがその内容でした。ちょっと考えていただくだけでも、「ビジネスがよりスピーディーに展開できるようになる」、「各国政府の外交がスムーズになる」などなど、いろんな提案内容が出てきそうですね。

ただ、わたしがその科学者だったとしたら、こう答えます。

「ビジネスシーンはもちろん、例えば女性たちのコミュニケーションにも一役買うでしょう」

皆さんの中には、電話機の実用的な面にフォーカスして提案内容を考えた方が多かったかもしれません。しかし、実際に電話機の普及に貢献したのは、若者同士の他愛のない会話や、主婦の方々の日常会話といった「非実用的」と思われがちな使われ方でした。電話機を生んだ科学者の功績は、肉声を電気信号に変換し、その信号をケーブルで運んで情報伝達するという技術的な側面よりも、誰にでも簡単に遠く離れた人とコミュニケーションができるようにしたことにあるのです。

もしも電話技術を実利のある世界でしか活用しようとしていなかったら、果たして電話機は現在のように普及していたでしょうか。ここに、単なるエンジニアと、「出口」まで見据えた開発型指導者との違いが凝縮されています。

人々が、どんなタイミングで”水”を欲するのかを知る

技術開発をビジネス的な観点だけでとらえている方は、発想もビジネスユースになりがちなもの。目先にある、表層的なニーズに応えようとしてしまうからです。でも、わたしの考えでは、「ニーズ」や「シーズ」ありきで発想すること自体が、間違ったアプローチなのです。

「出口志向」の開発型指導者は、革新的な技術を生み出すと同時に、この発明をより多くの人に喜んでもらうにはどうすれば良いのかを考えます。そして、「遠く離れた人と会話のできる技術があれば、人々の中で眠っていた潜在的なコミュニケーション欲求が一気に高まるんじゃないか」、「ビジネスだけでなく、社会全体に歓迎される製品にしていくにはどうすれば良いか」と、複眼的に世の中を見て思考を巡らせていきます。

そこまでやり切ることができれば、ある特定のニーズに応えるだけではない、人々の潜在欲求を満たす「世紀の発明品」が誕生するでしょう。この流れ全体を「設計」することで、技術革新によって新しい産業を生み出すことが可能になるのです。

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「ロボットスーツHAL®も、作り手たち自身が惚れ惚れするまでデザインにこだわった」(山海氏) という

Prof. Sankai University of Tsukuba/CYBERDYNE Inc.

と同時に、人々に愛されるためのディテール、つまりデザイン設計にもこだわり抜く必要があります。直接的なニーズを持っていない(自覚していない、という方が正しいかもしれません)方々に興味を持っていただくためには、機能面での便利さのみならず、感性に訴えかける様式美を体現しなければならなりません。最近の製品では、『iPad』シリーズなどがその好例でしょう。

これら全体を構想しながら、目の前の技術を見つめていくのが、社会の未来を思いやる開発型指導者の仕事になります。

わたしがHAL®の開発と並行してCYBERDYNEという会社を設立した理由、世界中を飛び回ってたくさんの行政関係者や企業人と会っている理由、また、どんなに時間に追われようとも自らHALの形状など細部に至るまでこだわりを持って設計を改善していった理由……そのすべてがここにあります。会社というプラットフォームを持つことで、サイバニクスという新しい学問の成果を社会に還元すること、発明品を社会インフラとして浸透させるための方法論、そして感性にまで訴えるものづくりができているかどうかの検証まで、すべてを「一人の眼」ではなく「複眼的」に行えるからです。

そうして今、CYBERDYNEは「住環境に溶け込むサイバニクス」を完成させようとしています。これまで「人にとけ込むサイバニクス」を追求してきましたが、そのネクストフェーズとして、生活環境と新技術を融合・複合させることで人々の生活を支援していきたいと考えています。まだ具体的な内容は公表できないのですが、その理由は、先ほどお話しした「社会インフラとして浸透させる仕掛け」を整備している段階だから。

わたしも科学者なので分かるのですが、ピュアな気持ちでエンジニアリングに取り組む人は、研究や開発の成果が実った瞬間、「できた!」と感動します。そして、すぐにその成果を発表したくなります。特許などの側面を考えれば、すぐに発表すべき局面もあるでしょう。

しかし、社会に新技術を普及させる、本当に世の中で役立つ仕掛けをつくるという観点から言えば、「できた!」のタイミングは必ずしも世に出す最良のタイミングとは限らないのです。

美味しい水を作ったら、まずはその水を心から喜んでくれる相手を探すこと。手近にいるまったく喉の渇いていない人に「美味しい水ができた」と知らせるよりも、まず喉が渇いている人たちを見つけ、その人たちにいち早く水を渡す方法を考えることが重要です。そうすれば、同じ水で、より喜んでもらうことができますからね。

そして、もう一つ考えるべきなのがタイミングです。多くの人々の喉が渇きそうなタイミングを知ることができれば、その時こそ水は絶大な価値を生みます。素晴らしさを伝達できる最良のタイミングで渡すことができた時、社会は動き出します。こうした社会のメカニズムの本質を、技術者はもっともっと知っていく必要があるでしょう。

「2人のスティーブ」のような相互補完を自らつくる

さて、このような話をすると、「これからの開発者は非常にスーパーな能力の持ち主でなければいけないのか……」と途方に暮れる方もいるかもしれません。自分の専門分野で革新技術を生むだけではなく、それを社会に出していく上でさまざまな人の気持ちや希望を感じ取れるようにならなければいけない。さらには社会学にも精通していかなければいけないからです。

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From Ballistik Coffee Boy

ビジネスの才覚に長けたジョブズ(左)とスーパーギークのウォズニアック(右)のペアが、アップル発展の礎を築いた

でも、「自分には無理」とあきらめるのはまだ早い。研究をするための夢や情熱に加えて、人が喜んでくれる技術をイメージし続けるように心掛ければ、工学で未来を創造することは可能です。この「イメージする技術」を身に付けようと努力を続ければ、研究のテーマが町中にあふれていることにも気付くでしょう。

また、自分は不得手な分野でも、周りにはその領域を極めた人がいるものです。例えばアップルを創業した2人のスティーブ、ジョブズとウォズニアックの関係が良いお手本でしょう。

市場が求めているもの、未来に必要なものをかぎ取る感覚に優れているジョブズの隣には、「ハードウエアの天才」、「ウォズの魔法使い」といわれ、突出した技術力の持ち主であったウォズニアックがいました。2人が手を結んでいたからこそ、アップルは次々とコンピュータの未来を創出できたのだとわたしは見ています。

つまり、すべての領域に自分一人で精通する必要もなければ、専門領域を捨てる必要もないということ。素晴らしい能力を持つパートナーを見つけ、彼らと手を結べば良いのです。

このようなパートナーシップを築けるかどうかも、やはり自分の能力にかかってきます。すばらしく突出した能力の持ち主は、凡庸な人間とは手を組みません。つまり、自分もまた、今携わっている専門領域で、それも「好き」ではなく「できる」分野で、突出した力を身に付けるように磨きをかけていくことが必要です。

そうすれば、すばらしい才能を持ち寄ることで、前回の連載で示した3つの要素、「あふれる情熱」、「高度な技術知識」、「社会の未来を思いやる視点」をバランスよく満たすことができ、新しい未来の可能性が見えてくるのです。

※『ROBOT SUIT』、『ロボットスーツ』、『ROBOT SUIT HAL』、『ロボットスーツHAL』、
『HAL』(ハル)、『Hybrid Assistive Limb』は、
日本国または外国におけるCYBERDYNE(株)の登録商標または商標です。