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[連載:五十嵐悠紀①] 「ぬいぐるみモデリング」の素人目線が、工学デザインに革新をもたらす

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天才プログラマー・五十嵐 悠紀のほのぼの研究生活
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筑波大学  システム情報工学研究科  コンピュータサイエンス専攻  非数値処理アルゴリズム研究室(NPAL)
五十嵐 悠紀

2004年度下期、2005年度下期とIPA未踏ソフトに採択された、『天才プログラマー/スーパークリエータ』。筑波大学 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻 非数値処理アルゴリズム研究室(NPAL)に在籍し、CG/UIの研究・開発に従事する。プライベートでは二児の母でもある

わたしは筑波大学で研究員をしています。専門分野はコンピュータグラフィックス(CG)やユーザインタフェース(UI)です。

CGは近年、映画やドラマ、ゲームなど幅広く使われ、かなり普及しているのでみなさんご存じでしょう。UIはコンピュータと利用者(ユーザ)の間で情報をやりとりするインタフェースのことです。こちらもパソコン操作をするためのマウスや、 Nintendo DS でのペン入力、iPadのマルチタッチデバイスなど、コンシューマー向けの商品が発売され、非常に身近になってきています。
中でも特に注力しているのが、裁縫や編み物といった手芸の分野を対象にした、CGやUIです。手芸に関する専門知識を持たない子どもたちや主婦でも家庭にあるコンピュータを用いて自分だけのオリジナル作品をデザイン・手作りできるように日夜研究を行っています。
手芸に着目して研究を行っているのは、わたし自身手芸が好きだからですが、ただの手芸とあなどるなかれ。この研究分野は現在、多くの産業界から熱い関心が寄せられています。

それは手芸に焦点を当てた「初心者対象のCG・UI研究」が、自動車のスタイリングデザインや素人による家具の設計など、あらゆる分野で有効なツールになる可能性を秘めているためです。ではなぜ初心者を対象にしたCG・UI研究が、有効なツールになりえるのか。これからその理由をお話ししましょう。

熟練技能だった手芸の型紙づくりをシステムで補う

これまで手芸の分野では、「手作り」と言っても専門家がデザインした型紙や編み図(手作りキットや書籍など)を利用して作品を作ることが普通でした。多くの種類がある手芸の中でも「裁縫」と「編み物」はできあがりの3次元形状を想像しながら、2次元の展開図(型紙や編み図)をデザインしなければなりません。これは熟練者であっても、試行錯誤を繰り返しながら時間をかけて手作業で行う大変な作業だったのです。
紙に描いた形を型紙として2枚作成し、布で裁縫してみると、できあがり形状は一回り小さくなってしまいます。例えば、下図の上段は、ユーザの入力(赤い線)をそのまま型紙として、縫い合わせた結果です。一回り小さくなっていることがわかると思います。よく見る枕の形ですね。それに対して下段は縫い合わせた結果がユーザの入力した四角い外形をしていることが分かると思います。

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ユーザの入力をそのまま型紙にした結果(上段)と、システムを利用した結果(下段)の比較

このような形を作るためには、下段の型紙のように膨らんだ型紙を利用しなければなりません。わたしは、これまで熟練者が手作業でしかできなかったぬいぐるみ、あみぐるみ、カバーの設計にコンピュータを取り入れることで、子供でも簡単に手芸品のデザインができるシステムの開発を行ってきました。

対話的な「スケッチインタフェース」がUIの未来を切り拓く

今回取り上げるのは、手書きスケッチ入力を利用し、ユーザが希望するぬいぐるみの形状を対話的にデザインしていくぬいぐるみデザインシステムPlushie(プラッシー)です。

このシステムは、ユーザが入力した輪郭線と物理的制約を元にぬいぐるみになる形状の3次元モデルを生成します。通常、ぬいぐるみを作成するためには対応する型紙が必要ですが、Plushieを使えばユーザが3次元形状を変更するたびにリアルタイムに型紙も自動生成・更新されます(下図参照)。

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Plushieシステムの画面。ユーザがペン入力でデザインした左画面の3次元ぬいぐるみモデルが、2次元型紙として右画面に自動で生成される

Plushieを使うことで、ユーザはほぼスケッチ入力だけによって、対話的に3次元形状をデザインできるため、操作は非常に直感的です。

つまりPlushieシステムは、全体の整合性を保ちながら、物理シミュレーションの結果がユーザの入力した外形に一致するような型紙を自動生成してくれるのです。このような「スケッチインタフェース」の研究はこの10年盛んに行われてきています。

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ユーザーの入力したスケッチを元に生成した3次元モデルを切断したり、突起をつけたり、変形したりすることで、ぬいぐるみモデルをデザインしていく


今後は「初心者向け」がシステム要件の一つになる

モデリング(3次元形状をデザインする過程)、およびシミュレーションは、自動車設計や飛行機の設計、建築業界などにも用いられています。ただ、モデリングとシミュレーションは別々の過程で行われるのが普通です。

一方、わたしの開発したシステムは、モデリングを行いながら並行してシミュレーションを行えるため、物質の特性を活かしたモデリングを効率良く行うことができます。

このようなシミュレーションを行いながら、対話的(インタラクティブ)に3次元モデリングを行うことは、前述の通り手芸だけでなく、工学的にも十分活かすことが可能です。例えば、空気力学シミュレーションを行いながら自動車のスタイリングデザインを行えば、空気抵抗が少なく、かつ美的なスタイルをユーザの簡単な変形操作でデザインすることができます。

ほかにも、紙という素材を活かしたモデリングである「紙風船デザイン」や、オリジナルな鉄琴をデザインするシステム、自分だけの椅子をデザインするシステムなど、あらゆる初心者向け設計システムに応用することが可能です。

従来シミュレーションは、偏微分方程式を立て、計算時間をかけて行っていました。しかし、近年はコンピュータの高速化に加え、対話的なシミュレーションを高速計算させるための近似モデルを立てることで、よりリアルタイムでのシミュレーションが可能となりました。これらの進化はコンピュータの発達抜きには実現しえなかったことです。

コンピュータの存在感が増していくのに従い、一般の人にとって今まで「見る」だけだったCGは、「使う」ためのものとしての存在感を増していくでしょう。それに伴い、システムを開発するエンジニアには、非専門家の志向を汲み、彼らが使いやすいシステムを設計・開発する「素人の視点」が重要になってくるのではないでしょうか。

なお、Plushieシステムはお台場にある日本科学未来館にて数回ワークショップを開催しており、研究段階にあるシステムの体験教室として小学5年生から中学生の子どもたちを対象に利用してもらっています。わたしのHPにてデモ体験版も置いてありますのでご興味があればアクセスしてみてくださいね。

撮影/小林 正

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Plushieを用いたワークショップの様子と、子どもたちが実際にデザインした型紙とぬいぐるみの例。まったくの初心者でも、優れたUIがあれば、システムを使いこなすのは難しくない