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[連載:高橋信也②] 悪しき職業病を克服して「技術の世界の池上彰」になる方法

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PMOの達人・高橋信也のプロジェクト最前線
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株式会社マネジメントソリューションズ  代表取締役/CEO
高橋信也

外資系コンサルティングファーム2社を経て、大手メーカー系システム会社へ転職。PMとしてグローバル案件などを手掛けた後、2005年に各種プロジェクトマネジメント支援を行うマネジメントソリューションズを設立。著書に『PMO導入フレームワーク』(生産性出版/税込2310円)がある

わが家には、10歳の男の子と5歳の女の子がいます。ちょうど知的探求心が芽生え始めたところで、よく「政府ってなぁに?」、「空はなぜ青いの?」という質問をされます。わたしは毎回頭をひねり、さながら池上彰さんのように説明をするのですが、最近、これがコミュニケーションスキルの向上に非常に適したトレーニングだな、と思い始めています。

コミュニケーションには、「発信者責任」と「受信者責任」という2つの側面があります。情報を伝える側には、相手が理解できるように発信する責任があり、情報を受け取る側は相手の言葉を正しく理解する責任がある。

エンジニアの仕事で言うと、特に若いうちは受信者責任が強く求められます。上司や顧客企業の要求を聞き、そこから自分が今やるべき仕事は何なのかを正しく理解して、適切なプログラムを組んでいく、というように。

そして、「善き受信者」になるために、知識を増やしていくわけです。簡単な説明を聞いただけで、どの技術をどう駆使すれば良いかを判断するには、広くて深い知識が欠かせませんからね。

しかし、こうした仕事内容が、時に悪い傾向をもたらします。「知らないことは悪」という世界にどっぷり浸かり過ぎて、知ったかぶりが横行するという、職業病とでも呼ぶべき傾向です。例えば要件定義の時、相手の求めていることが理解できなくても、分かったフリをしてやり過ごすなど、思い当たる方も多いのではないでしょうか。

こうした心理的な要因が、プロジェクトの失敗や、「技術ベースではこれが一番なはず」という無用なこだわりを生んでしまいます。ただ、この受信者責任の問題解決は簡単。勉強して知識の総量を増やしながら、知らないことは臆せず相手に聞けばいいからです。

厄介なのは、もう一つの責任、発言者責任を果たして「善き発信者」になっていくという課題の方でしょう。

『2ちゃんねる』的な環境に安住していると、発信者として成長できない

プログラマーやSEとしてキャリアを重ね、プロジェクトリーダーやプロジェクトマネジャーになれば、発言者責任はどんどん膨らんでいきます。システムについてよく知らない顧客企業や、チームメンバー、他分野のエンジニアにも理解できるように情報発信をすることが職務となるからです。

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『2ちゃんねる』のような”閉じられたコミュニティ”に安穏としていては、発信者としての能力が身に付かない

受信者でいられた若い時分は、コミュニケーションを取る相手は同じくらいの技術知識を持ち、似たような環境で働く人たちが多かったはず。技術用語だらけでも、十分に会話は成立していたでしょう。例えるなら、そこは『2ちゃんねる』の世界です。

ところが、発信者責任を問われるようになると、会話の相手は「知らないこと」が当たり前という人たちが増えていきます。わたしが子どもとの会話を一種のトレーニングだと考えるようになったのも、こうした変化を体験してきたからです。

わたしの場合、この「発信者トレーニング」を意識的にやるようになったタイミングが、10年ほど前にありました。あるコンサルティングファームでコンサルタントをしていたわたしは、チーム内で一番若かったにもかかわらず、あるプロジェクトで大役を任されました。それは、クライアントである大手飲料メーカーの部長陣数十名に向けて、導入を進めていたERPについて説明をするというものでした。

10年前は、世の中的にERPの認知すらあまりない状況で、「導入すると何が変わるのか」というところから説明する必要がありました。そこで、一通り説明内容を詰めた後、わたしは妻を相手に模擬プレゼンを繰り返しました。コンピュータのことを何も知らない妻が、「今の説明は理解できた」と言ってくれれば、クライアントにも伝わるはずだと考えたわけです。

結果、このプレゼンは高評価をいただき、発信者としての自信を手に入れました。しかし、それで終わりではない、というのが、発信者として成長していく上で難しいところです。

地道な「筋トレ」を続けて、ビジネス界で最も価値あるポジションを目指す

受信者としての能力を高める、つまり知識を増やすための鍛錬は、すぐにその効果が表れます。今までできなかったことがどんどんできるようになるので、楽しさもあるでしょう。

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From Dark Angel Photography Works’ photostream

つらい筋トレと同じように、発信者としての力量は日々の鍛錬=コミュニケーションの中でしか磨かれない

ところが、発信者として能力を高めるには、トライ&エラーを繰り返さなければいけません。伝える相手や内容が変わる以上、前回うまくいったからといって、次もうまくいくとは限りませんからね。いわば筋力トレーニングのような苦しさがここにはあります。

しかし、我慢して発信力を鍛え上げた”筋肉系エンジニア”には、一気にその先の道が開けていきます。より多くの「知らない人」が待ち受ける案件、つまり新規プロジェクトのマネジメントや、より大きなチームのマネジメントという可能性です。さらには「善き経営者」になる可能性も開かれている、とわたしは考えます。

例えばHondaは、代々優秀な技術者が経営トップを務めてきました。創業者である本田宗一郎さんのみならず、Hondaの経営陣は素晴らしい発信者ばかりです。技術知識という土台を持った人が、発信力という”筋力”を身に付けながらマネジメントを行ってきたからこそ、世界でトップを競える組織になったんじゃないかと思います。

今後、時代はますます情報と知識の流通を盛んにしていきます。「知っていること」の相対的価値は、どんどん下がっていくのです。そこで価値を生むのは、人が知らないことを分かるように発信できる人。だから、エンジニアという「知っている人たち」は、一皮むければビジネス界で最も価値ある人になれる可能性を秘めているわけです。

そうなるためにも、先に述べたように家族に技術の説明をしてみるとか、FacebookやTwitterといったSNSを使って知り合いに技術解説をしてみるなど、仕事以外の場でも地道に発信者としての”筋トレ”を続けていくのを強くオススメします。

撮影/外川 孝(人物のみ)