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シャープの事業提携話から、企業ブランドが個人の市場価値に与えるインパクトについて考える【連載:小松俊明⑧】

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キャリアコンサルタント・小松俊明の「最新ニュースから読み解くキャリアの未来」

東京海洋大学特任教授/グローバル・キャリアコンサルタント
小松俊明 [@headhunterjp]

慶應義塾大学法学部を卒業後、住友商事、外資コンサル会社を経て独立。エンジニアの転職事情に詳しい。『転職の青本』、『デキる部下は報告しない』ほか著書多数。海外在住12年、国内外で2回の起業を経験した異色の経歴を持つ。現在はリクルーターズ株式会社の代表取締役を務める傍ら、東京海洋大学特任教授として博士人材のキャリア開発に取り組む

From Pop Culture Geek いわゆる

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いわゆる”身売り”報道が出て以来、さまざまな提携先が浮上しているシャープ

シャープが米半導体大手のインテルと業務提携に向けて交渉しているというニュースが、先日市場を賑わした。

世界各国のPCメーカーは、インテルが提唱する規格でノートPCの製造を始めるのが通例となっている。そこでシャープは、インテルと組むことで、中小型PC液晶の供給先となることに期待を高めているというのだ。

一方、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業と進めてきた出資交渉には進展が見られない。これらのニュースを落ち着かない気持ちでじっと見つめているのは、多額の融資を行ってシャープが早期に事業再建を実現することに期待する都市銀行よりも、ほかならぬシャープで働く社員の方々だろう。

液晶技術で世界に名を轟かせた老舗企業が経営危機に陥ってからというもの、関係者全員が落ち着かない日々を過ごしているのだろうし、日本の製造業不振のニュースに心穏やかならぬ多くの日本人エンジニアにとっても、シャープの行方は今後も見逃せない心境だと思う。

教育の世界にも存在する”M&A”

共立薬科大学は、2008年4月に正式に慶應義塾大学と法人合併。2006年12月に基本合意書を取り交わしてから1年半後だった

共立薬科大は、2008年4月に正式に慶應義塾大と合併。2006年12月に基本合意書を交わしてから1年半後だった

さて、まったく世界の違う話ではあるが、今から約6年前、2006年暮れに慶應義塾大学が共立薬科大学と法人合併を前提に協議に入ったという衝撃的なニュースが流れたことを記憶されているだろうか。

その直後の入試では、210人の定員に5000人を超える志願者を集めるなど、一気に競争率が上昇したとのことだった。

150年を超える歴史のある慶應と、こちらも80年にもおよぶ薬学教育の歴史がある共立薬科が一緒になることになった背景には、合併発表のあった同年、2006年から始まった「薬学教育6年制」への移行と無縁ではなかったという。

それに伴って薬学部設立ラッシュが続いていたこともあり、病院を持たない共立薬科が長期にわたる病院実習をできるのかという懸念が大きくなっていたそうである。それが、近い将来の受験生の減少要因として懸念され、医学教育はあれど薬学教育のなかった慶應との思惑が一致。判断は思いのほか早く、両大学の合併に至ったとのことであった。

このように、双方の足りないところを補完するM&Aは、実業の世界では珍しいことではない。それが歴史のある大学同士で行われたことで、当時は大変注目されたようであるが、これを個人のキャリアに視点を変えて考えてみると、面白い現象が見えてくる。

強い企業ブランドに惹かれてしまう心理

台湾の鴻海精密工業が米アップルのサプライヤーとして業績を伸ばしていることは有名であるが、鴻海精密工業が日本での知名度が高かったかというと、実際はそうとは言い切れないだろう。

今でこそ、同社は日本人の多くが一度は名前を聞いたことがある会社となったわけだが、それでもシャープの社員にとって、もし傘下になることがあるのなら、台湾の鴻海精密工業と米インテルのどちらを好むだろうか。

共立薬科大学のケースでは、慶應義塾大学の一部となることで210人の定員に5000人を超える志願者を集めたが、日本の老舗企業であるシャープで働く社員が、もし近い将来、転職市場に出て活動をした時に、どちらの企業ブランドを背負って世に自分の市場価値を問うことが、より自分を高く売れるだろうか。

一概には言えない上、変化の速い時代に「未来の企業ブランド」がどう変わっているかも予想し得ないが、現時点では半導体業界の雄として知名度の高い米インテルの方が、転職市場では有利なブランドネームかもしれない。

企業ブランド=「信頼」のアナロジー。使える看板は利用するのが吉!?

言うまでもなく、企業ブランドはあくまでも企業イメージに過ぎず、本来個々人の技能と実績が求められる中途採用においては、企業ブランドより個人の能力が優先されることは間違いない。

大手出身者だから評価されるわけではないが、「大きな仕事」をしてきたことによる「見られ方の違い」は確実に存在すると小松氏

大手出身者だから評価されるわけではないが、転職マーケットでは「大きな仕事」をしてきたことによる「見られ方の違い」が確実に存在すると小松氏は言う

ただ、現実問題として、その業界を代表する大手企業出身者が、転職市場で有利になることが多い。こういう類の話をすると反感を覚える方がいるのは承知しているが、疑いようのない事実なのである。

例えば自動車業界のトヨタ自動車、消費財メーカーの花王やP&G、IT業界のIBM、製造業をはじめ多くの業界でナンバーワンであるGEグループも、転職市場では強いブランドネームである。

この現象は、個人のキャリアや転職だけのことではないだろう。

取引先としてこうした優良企業が顧客リストに並ぶこと、それを好む会社は決して少なくない。同じ売上金額でも、優良企業を相手に商品やサービスが売れたということは、品質に対するレベルの高い要求に応えられた証になることが多く、やはり企業ブランドに対する信頼は決して無視できない。

特にエンジニアの世界のように、技術力の高さや開発の素早さ、品質の良さがビジネスの生命線にある場合、どのように顧客の信頼を勝ち得るかが勝負である。企業のブランドができ上がるのには時間と労力、そして膨大なお金がかかっている。まして「自分ブランド」を作り上げるほど、業界内で活躍することはたやすいことではない。

世の中には、元リクルートという、その会社を辞めたことが価値となるような不思議なブランドもある。

「ブランド≒お客さまとの約束」という大原則に立てば、わたしたちは何らかの形で身の周りにあるブランドを力に変えて、これからの厳しい世の中をたくましく渡っていく必要があるのだろう。