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[連載:世良耕太④] トヨタのル・マン復帰に学ぶ、日本の技術で世界をひっくり返す「異端の革新力」

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(ソニーマガジンズ)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー3』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part1』(オトバンク/500円)など

photo 世良耕太 1999年のル・マン24時間参戦車両(TS020)。この年の2位が、トヨタにとっての過去最高位となっている

photo 世良耕太

1999年のル・マン24時間参戦車両(TS020)。この年の2位が、トヨタにとっての過去最高位となっている

トヨタが、2012年からル・マン24時間レースに復帰すると発表した。フランス中部にある1周約13.6kmのコースで開催される同レースは、1923年以来の歴史を持ち、ヨーロッパを中心に絶大な人気を誇る。

24時間で最長の距離を走った車両が勝利の栄誉に浴することになるが、24時間を走り切る信頼耐久性だけでなく、スピードも欠かせない。陸上競技に例えれば、100m走のスピードを維持したまま、マラソンを走り切る体力が求められる。そんな過酷な競技だ。

ポルシェやジャガー、フォードやフェラーリが「ル・マンの顔」だった時代もあったが、近年はドイツのアウディとフランスのプジョーが一騎打ちを繰り広げている。どちらも、ディーゼル・ターボエンジンを搭載。日本で生活していると想像がつきにくいが、ヨーロッパでは、新車販売台数の半数をディーゼル・エンジン搭載車が占める。

日本ほど燃料代のコストメリットはないが、燃費の良さと、低回転域での扱いやすさが支持される背景にある。自社のディーゼル・エンジンの優秀さをアピールする場として、ル・マン24時間は絶好の機会というわけだ。

そこに、くさびを打ち込もうとしているのがトヨタだ。パワーユニットは、ディーゼルではなくガソリン・ハイブリッド。トヨタ・ブランドの代名詞的存在となった『プリウス』と同じで、ガソリンエンジンとモーターの動力を組み合わせる。トヨタは、ガソリン・ハイブリッドでル・マンに出場し、過酷な環境で技術を磨くと同時に、ディーゼル勢を打ち負かすことで、自社技術の優秀性を証明しようと考えているのだ。

ディーゼルとガソリンエンジンの熱効率差「6」をどう埋めるか

エンジンの燃焼室で燃料が燃え、【100】のエネルギーを生み出したとする。それがエンジン内部の各部品やトランスミッション、ドライブシャフトを経由して、最終的にタイヤから路面に伝わる間に、熱の放出やフリクションによるロスで多くのエネルギーを失ってしまう。最終的に路面に伝わるエネルギーは、ガソリンエンジンで【36】、ディーゼル・エンジンは【42】にしかならない。

算出方法によって数値に違いは出るだろうが、いずれにしても、ディーゼルが有利でガソリンは不利なのだ。

photo 世良耕太 2007年の十勝24時間レースに参戦した、本格的なレーシングハイブリッド搭載車。この車両で、高速・急減速時のエネルギー回生について学んだ

photo 世良耕太

トヨタが2007年の十勝24時間レースに参戦した際の、本格的なレーシングハイブリッド搭載車。この車両で、高速・急減速時のエネルギー回生について学んだ

この、ガソリンエンジンのディーゼルに対するハンデを跳ね返す技術が、ハイブリッドである。燃料の持つエネルギーによってクルマを前に押し出した力は、減速する際、ブレーキユニットによって熱に変換され、大気に放出される。通常は捨ててしまっているそのエネルギーを、モーター/ジェネレーター(以下、MGU)で回収して電気エネルギーに変換し、バッテリーに蓄えておく。

そして、次の加速の際には、バッテリーに蓄えたエネルギーを利用し、MGUを駆動してエンジンをアシストする。MGUのアシスト分だけ、エンジンは楽をできる(つまり、燃料を節約できる)わけだ。ハイブリッドの価値は、モーターでエンジンをアシストすることよりもむしろ、捨てているエネルギーをいかに上手に回収するかにある。

こうしたエネルギー回生を行うことで、ガソリンとディーゼルの間にある熱効率差「6」を埋めようという考えだ。いや、埋めるだけでない。回生効率を高めることで、「6」以上の効率向上を果たせば、ディーゼルを上回る熱効率を実現できる。そうなれば、ガソリン・ハイブリッドに勝機が見えてくる。

ハイブリッド技術をレースフィールドに持ち込んだ際に課題となるのは、短時間に大量に発生する減速時のエネルギーを、いかに効率良く回収し、蓄えるかだ。例えば、量産ハイブリッド車の場合、70km/hから0km/hまでを30秒ほど費やして停止する。だから、小さなエネルギーをゆっくり回収すればいい。

一方、レーシングカーの場合は、250km/hから100km/hまで、速度差150km/hの減速をわずか5秒で済ませてしまう。ゆえに、大量に発生するエネルギーを、短時間で回収しなければならない。

イノベーションは、常に”辺境から来る者”が生み出す

実は、高速域の急減速で発生するエネルギーをいかに効率良く回生するかは、レーシングカーだけでなく量産ハイブリッドにおいても課題であり、そこをレースフィールドで磨くことによって克服する狙いもある。これが実現すれば、トヨタの量産ハイブリッドは、低速域でも高速域でも効率の高いシステムになり、ヨーロッパで主流のディーゼル・ターボや、ガソリン過給ダウンサイジングを駆逐するポテンシャルがある。そう信じての取り組みだろう。

photo 世良耕太 TMGは2009年のF1に投入すべくKERSの開発を行った。この時培ったバッテリー制御技術が、のちのEV開発に結び付く

photo 世良耕太

TMGは2009年のF1に投入すべくKERSを開発。この時培ったバッテリー制御技術が、のちのEV開発につながる

量産ハイブリッドシステム開発部隊を巻き込んだトヨタのレーシングハイブリッド開発は、2006年からスタートしている。日本での活動は2007年でいったん休止となったが、その後は、F1の開発拠点だったドイツ・ケルンのTMG(Toyota Motorsport GmbH)に場所を移し、F1への投入を前提に開発されたKERS(運動エネルギー回生システム。ハイブリッドシステムの一種)の開発を通じ、水面下で行われていた。

TMGは今年8月末、ドイツ・ニュルブルクリンク北コース(全長20.832km)に専用開発の電動レーシングカーを持ち込み、電気自動車(EV)のラップレコードを大幅に更新してみせた。その時の開発で培ったバッテリー制御技術はKERSの開発をベースにしたものだが、ル・マン用ハイブリッドにも活かされるはずだ。

内燃機関を利用した自動車の歴史は125年あり、その間、エンジンは飛躍的な進化を遂げてきた。伸びシロはそんなに残っていないと言われながらも、地道な努力で効率向上を続けており、まだまだ今後10年単位で、自動車の主力パワーユニットとして活躍し続けそうだ。

一方、ハイブリッドやEVなど、電気を使うパワーユニットは、存在感の増大は予想されながらも、20年後、30年後も少数派にとどまるとする見方が多い。ただしそれは、現時点での技術を俯瞰(ふかん)した上で導き出した予測に過ぎない。突然変異のように優れた電動技術が出てくれば、世界は一変する可能性がある。

From TMG ハイブリッド・エンジンを搭載する2012年ル・マン24時間参戦車両のイメージスケッチ。アウディとプジョーが席巻してきた伝統の耐久レースに風穴を開けられるか?

From TMG

ハイブリッド・エンジンを搭載する2012年ル・マン24時間参戦車両のイメージスケッチ。アウディとプジョーが席巻してきた伝統の耐久レースに、トヨタは風穴を開けられるか?

トヨタは1997年に初代プリウスを発売して以降(あるいはそれ以前から)、MGUやバッテリー、インバーターなどのハードウエアや、それらを統合するソフトウエアなど、電気にまつわる知識と技術を身に付けたエンジニアを異業種から積極的に招き入れた。おそらく現在も、その流れは続いているだろう。

言ってみれば、自動車開発の世界から見て”辺境の地”から来た技術者たちが、革新を後押ししてきた格好だ。

125年の歴史がある内燃機関の自動車に比べ、電気を利用して走る自動車の歴史は圧倒的に浅く、発展途上なのだから、「異端者の発想」から知恵を絞り出そうとする動きはあって当然と言える。

トヨタがル・マン24時間レースに投入するレーシングハイブリッドが切り拓く、電動化技術の新しい世界が待ち遠しい。と同時に、レーシングハイブリッドの開発を通じて得られた知見を反映した、量産ハイブリッド車の登場も期待したい。