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[連載:西田 宗千佳⑨] アプリ開発者も要注目、ソニーの新CMOSから見える「ソフトとハード」の新しい時代

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ジャーナリスト・西田 宗千佳のデジMONO先端研
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IT・家電ジャーナリスト
西田 宗千佳 [@mnishi41]

「電気かデジタルが流れるもの全般」を守備範囲に執筆活動を続ける気鋭のフリージャーナリスト。主要日刊紙や経済誌、MONO系雑誌にあまねく寄稿し、書籍の執筆も多数。最近は電子書籍関連の著書が多い。近著は『形なきモノを売る時代-タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組』(ビジネスファミ通刊/税込1500円)など

1月23日、ソニーは新型のCMOSセンサーを発表した。ご存じのように、同社はデジタルカメラおよび携帯電話向け撮像素子のジャンルで高いシェアを持つ。この新センサーも、そういった用途で2012年後半以降、広く使われていくのは間違いない。

「あ、わたし、ハードエンジニアではないので……」

そう思った方、ちょっと待ってほしい。この新センサーは、確かにハードの技術だが、今後の「処理」に関する考え方について、いろいろと示唆に富んだ技術でもあるのだ。

発表された後、この新センサーは「より高画質を実現するもの」として理解されることが多かったようだ。具体的には、「動画でのHDR」、「RGBW画素によるより明るい撮像」といった点だ。特に分かりやすいのは後者だろう。

現在の撮像素子は、ほとんどが赤・緑・青のカラーフィルターを重ね、そこから得られる情報から映像を作る。それに対し新センサーでは、カラーフィルターを重ねない「白」の画素を用意し、4色から映像を作る。フィルターのない白の部分があるとその分光を多く取り入れられるようになるため、暗部性能が大幅に向上する。

このような用途が発表されたため、新センサーは「RGBW配列やHDRが特徴」と思われた。だが、それはちょっと異なる。この新センサーの発表は、センサーそのものの発表ではなく、「製造技術」の発表が主眼だったからだ。

「構造の違い」がもたらす2つの新たなメリット

ソニーが現在も製造している裏面照射型CMOSセンサーには、センサー部に加え、そこからの信号を処理する「回路部」で構成されている。それらは1枚の極めて薄い基板の上に一度に作られていて、センサーLSIの面積全体がセンサー、というわけではない。また、極めて薄い基板であるため、実装用に裏に補強目的の支持基板が貼り付けられている。

新センサーでは、この構造が異なる。センサーと回路部は別の基板になり、もともと支持基板であった部分に回路部が入り、極薄であるセンサー部の支持と信号処理を行うことになる。この構造こそが「新しさ」なのである(下図参照)。

これまでの裏面照射型CMOSセンサーと、ソニー新型CMOSセンサーの構造の違い

これまでの裏面照射型CMOSセンサーと、ソニー新型CMOSセンサーの構造の違い

新構造を採用した理由はいくつもある。

第一に、センサーLSIの面積を小さくできる点だ。実際に光を受けるセンサー部はサイズを変えず、回路部の分だけ小さくなるため、機器に実装する際に有利になる。特に携帯電話では大きなポイントだ。

第二に、製造コスト面で有利なこと。より複雑な処理を行い、より高画質なセンサーを作るには、半導体プロセスの高度化が必須だ。他方、最新の技術を使った半導体製造ラインを作るには、最低数千億円の投資が必要となる。センサー部と回路部が一体である場合、常に「同じ半導体プロセス」を使わねばならず、投資にも共同歩調が必要だ。

だが、両者を分ければより投資を最適化できる。センサー部の製造には特別なラインが必要だが、回路部は一般的なLSIプロセスなので、社外の半導体製造専門企業に製造委託をしても良い。

実は、このセンサーが「これからの機器」的であるのは、今挙げた第二のポイントが大きくかかわっている。

「処理」に対する考え方が変わる事実を、開発者はどう活かすか

ちょっと話が変わるようだが、ここで一つ質問をしてみよう。デジカメの写真と、iPhoneの写真アプリとの違いはなんだろう?

From raneko 基本的にデジカメの画像処理として発展してきたCMOSも、スマートフォンアプリの台頭に合わせて進化

From raneko

基本的にデジカメの画像処理として発展してきたCMOSも、スマートフォンアプリの台頭に合わせて進化

答えはもちろん「ソフト処理」だ。映像に加工して残したり、SNSなどへ送信したりと、「撮っただけ」ではない価値が写真アプリの良いところである。

他方、デジカメでも「画像処理」をしていないわけではない。撮影されたデータに補正をかけて残したり、画像エフェクトをかけたりすることは、ごく普通に行われている。特に大きいのは、現在「画像処理」が必要とされている範囲が非常に増えている、ということだ。

例えば顔認識。現在はセンサーLSIから出た映像を、別途搭載されたアプリケーションプロセッサ側のソフトが処理した上で行っている。だが、顔やモーションの認識が必要な範囲がこれだけ増えてきたなら、センサーにより近い部分、すなわちセンサーLSI内で前処理を行い、アプリケーションプロセッサに渡して処理精度や速度を上げることも考えられるだろう。

もっとベーシックな話もある。前出の「RGBW対応」がまさにそうだ。

実のところ、センサーをRGBW対応にすることはなにも難しくない。問題は、そうしてセンサーから得られたデータを「どう処理するか」という点だ。現在の画像処理用LSIやアプリケーションプロセッサ上のソフトは、すべて「RGB処理のデータ」に特化して作られている。それを特殊な画素構成のセンサーに合わせて変更する工数は大変なものになる。

だが、RGBWのセンサーから受け取った映像信号を「回路部」がRGBのセンサーからの情報であるように「変換」してくれるとしたらどうだろう? RGBW処理の利点を活かしつつ、センサーLSIの外では今までの処理系がそのまま使えるので、コストアップにはつながらない。

もちろんそれを実現するためには、これまでよりも複雑な処理を可能とする「回路部」が必要になる。新センサーの用途としてRGBWが例示されたのは、この考え方に基づく。

動画でのHDRについても同様だ。センサー部のすぐ近くにある回路部が、より複雑な映像処理をこなせるようになることで、従来はアプリ処理に近かったHDRがより高速に行えるようになる。それによって、静止画では当たり前になっていたHDRを、動画でも可能としたのである。

「ソニーの製造技術ってすごい」という感想で終わってもらっては困る。そこは技術的背景に過ぎない。重要なのは、従来はある程度明確な区分があった「センサー部が行う低レベルな処理」と「アプリケーションプロセッサが行う高度な処理」の間が、どんどん縮まっている、という点である。

写真などだけでなく、ナチュラルインプット用の画像処理センサーとしても、信号処理の必要性はどんどん増えている。だが、そこでアプリケーションプロセッサの負荷をあげるのは正しくない。アプリケーションも新しいものがどんどん増えているからだ。

ソフト処理とハード処理の境目はどんどん薄くなる。ローレベルな処理と言われていた部分にも、比較的高度な演算力が求められるようになり、ハード構成もそれに合わせて変わっていくだろう。

ソニーがこのような新センサーを開発した裏には、製造コストの問題をさることながら、そのような「センサー用途の変化」への対応もあった。エンジニアリングの観点で見ても、両者の間をいかに埋めるのか、設計時にその間をどのように意識しておくかは、より大切な判断となっていくのは間違いない。

撮影/芳地博之(人物のみ)