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[コラム] スパイクスアジア広告祭が認めた「メディアを作り出すDB」に、システム開発のニュースタンダードを見た!!

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常識外の「あったらイイね」を開発することが、イノベーションでありクリエイティブ。そんなシンプルな事実に気付かせてくれるプロダクトが、先の震災対応で生まれていたのをご存知だろうか。

アジア・太平洋地域の優れた広告を顕彰する「スパイクス アジア広告祭2011」ホームページ

アジア・太平洋地域の優れた広告を顕彰してきた『スパイクス アジア広告祭』のホームページ

今年9月、カンヌライオンズらによって運営される国際的な広告賞『スパイクスアジア広告祭2011』(Spikes Asia Advertising Festival 2011)において、『助けあいジャパン ボランティア情報ステーション』プロジェクト(現・ボランティアインフォ)が、メディア部門・銅賞を受賞した。

ボランティア情報ステーション(以下、VIS)は、東日本大震災発生の間もない時期から、Web上に散在していた被災地の不足物資や支援要請にまつわるさまざまな情報をボランティアスタッフが収集・登録し、支援希望者とのマッチングを行ってきた民間プロジェクトだ。

その役割からも分かる通り、広告プロモーションでもなければ公共広告でもない。にもかかわらず、なぜ国際的な広告賞を受賞することになったのか。その理由をひも解くカギは、斬新な発想で作られたデータベースにあった。

UIという「面」を持たないことでユニバーサルなDBに

VISプロジェクトのリーダーを務めたNTTレゾナント藤代裕之氏(左)と、同プロジェクトのデータベース・プロデューサー澤村正樹氏(右)

VISプロジェクトのリーダーを務めたNTTレゾナント藤代裕之氏(左)と、データベース・プロデューサー澤村正樹氏(右)

「今回作った仕組みが、広告の分野で評価されたことに、わたしたち自身が一番驚きました。受賞の知らせを聞いた時も、『そういうのもアリなんだ』って思いましたから」

そう話すのは、VISプロジェクトの発起人であり、リーダーを務めた藤代裕之氏だ。藤代氏は、ポータルサイト『goo』などのサービスを提供するNTTレゾナントでWeb企画のプロデュースを手掛ける傍ら、『ガ島通信』で知られるジャーナリスト、大学の非常勤講師などの顔を併せ持つ人物。そもそもどういう経緯で広告賞へ参加することになったのだろうか。

「VISプロジェクトに参画していた広告代理店の担当者から、『このプロジェクトは賞に値する。広告賞にエントリーしてみないか』と言われたのがきっかけでした。『この試みはクリエイティブだし、新しい試みだからきっと評価される』と力説されたので、軽い気持ちでエントリーを了承したんです」

VISのDBは、『助けあいジャパン』など複数のサイトで活用される。いわばDBがメディアを作り出した格好だ

VISのDBは『助けあいジャパン』ほか複数サイトで活用されたが、「最初は使われる当てもなかった」(藤代氏)

代理店の担当者が言った「クリエイティブ」で「新しい試み」とは、同プロジェクトが支援情報の収集と提供に特化していた点を指す。具体的には、ソーシャルユースな情報データベースを構築したことで、DBそのものが数々のメディアを作り出した点が評価されたのだ。

「震災後、膨大な数の支援情報がVISに登録されましたが、ユーザーが実際にその情報を閲覧したメディアは『助けあいジャパン』だったり『sinsai.info』だったりとさまざまでした。VISは当初から、インターフェースという『面』を作らず、データベースのAPI提供だけ行おうと決めていました」

理由は単純。日々刻々と深刻さを増す被災地の状況を考えれば、「開発や集客に時間をかけることが許されなかったから」だ。情報をXMLで簡単に引き出せるようにし、利用者の多いポータルサイトに情報のサプライヤー役を担ってもらう。それが可能になれば、自分たちはPV集めやトラフィックをさばく労力から解放される。

「実際、自社ポータルの『goo』だけでなく、『Yahoo! Japan』をはじめとする大手ポータル各社からの掲載オファーも来て、その目論みは的中することになりました」

マジメな技術屋ほど重視する開発プロセスを「あえて削る」

藤代氏の下でデータベース設計~開発を担当した、NTTレゾナントのエンジニア・澤村正樹氏は、当時の状況をこう振り返る。

「現地のニーズも分からない上に、事態は一刻を争う状況。要件定義に時間をかけたり、平時のWebサービス開発と同じ手順で開発している場合じゃないのはよく分かっていました」

人的リソースも限られている中、開発を一任された澤村氏が出した答えは、スキーマ構成の一切ない、プレーンテキスト一つだけの超シンプルな設計だった(※のちのバージョンアップで、位置情報やモノ情報のカテゴリなどを追加)。

チーム唯一のエンジニアだった澤村氏は、位置情報Q&A『PinQA』や写真共有サービスなどの開発経験を持つ

澤村氏は、過去に位置情報Q&Aサービス『PinQA』ほか数多くのサービスを開発してきた

「エンジニアは運用面やスケールなどを先読みして考えた結果、機能を作り込む方向に動きがちです。でも、この時のわたしたちは逆の選択をしました。使われるかどうか分からない機能の開発に時間を割いて、リリースが遅れるくらいなら、『何でも入力できて・何でもアウトプットできる』という2点だけを重視した設計にしようと。それが奏功しました」(澤村氏)

どう使われても対応できるシステム、言い換えれば「ユーザーも用途もまったく予想できないシステム」を設計することほど難しいことはない。通常のWebサービス開発ではあり得ないケースだからだ。

当然、澤村氏も初めての経験だったと振り返るが、藤代氏がうまく舵取りをしたことで、要件定義からリリースまで約2日というハイスピードで進んだという。

「わたしがプロデューサーとして気を付けたのは、『やらないこと』をジャッジすることでした。言ってみれば引き算の発想。マジメに一生懸命仕事に取り組むエンジニアほど、あれこれ想像して多くの機能を作り込んでしまいがちです。しかし、現地のニーズや状況が分からない段階で、使われ方を想定して作っていくのはむしろマイナスに働く。だから、ゴールありきで『捨てる技術』が大事なんだと全員に伝え続けました。澤村はそこを最も理解してくれたので、やりやすかったですね」(藤代氏)

「世界市場で勝負していく際に必要になるスタンスとも重なる」

また、この時の経験から、「開発プロジェクトにおけるビジョン・目的意識の共有がいかに大切か」という、これまたシンプルな事実に改めて気付かされたと2人は言う。

「オープンな環境で開発をする時ほど、自分ができること・できないことを明確にして動くのが大切」

「オープンな開発ほど、自分ができること・できないことを明確にして動くのが大切」(藤代氏)

「VISのようなオープンプロジェクトには、所属も専門性もバラバラな人たちが参加しています。そんな中でプロジェクトを前に進めていくには、各々が自分の『できること』と『できないこと』を認識して動くことが大切。わたしがリーダーとして心掛けていたは、自分やチームに足りない能力を持った人を見つけて、協力を仰ぐこと。そして、彼らにビジョンを明確に示して貫き通すことだけでしたね」(藤代氏)

「今回のプロジェクトで技術的なチャレンジがあったわけではありません。ですが、思いがけない発見もいくつかありました。自分としては、ほかの企業のやり方を間近に見聞きできたことが大きかった。特殊な環境下でのことではありましたが、スピード感を持って開発したという意味ではまさにアジャイル的なプロジェクトだったと感じています」(澤村氏)

2人のコメントから読み取れるのは、オープンソース的な開発環境で、よりユニバーサルに使われるモノづくりをしていくためのポイントだ。

ゴールだけを強烈に共有して参加者が自立的に動き、意見や手法の違いを「学び」と受け止めながら新しい発想を形にしていく。藤代氏は、「これから日本のエンジニアが世界市場で勝負していく際に必要になってくるスタンスとも重なるんじゃないか」と述べる。

有事に生まれたブレークスルーが、のちの業界標準となっていくケースは少なくない。このVISプロジェクトも、その新しい事例となる可能性を秘めているかもしれない。

取材・文・撮影/武田敏則(グレタケ

<受賞内容詳細>
スパイクス アジア広告祭2011(Spikes Asia Advertising Festival 2011)

スパイクス アジア広告祭は、アジア・太平洋地域を対象とした広告賞であり、広告界における世界最大級の祭典『カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル』(International Festival of Creativity 旧:カンヌ国際広告賞)を運営するカンヌライオンズとヘイマーケットメディアグループが2009年に創設。として今年で第3回目の開催を迎えた。

■参加数:17の国と地域から3647作品(日本からは366作品)
■受賞者:VOLUNTEER INFORMATION PROJECT【リーダー:藤代裕之、データベース・プロデューサー:澤村正樹】

<運営元による受賞情報>
http://www.spikes.asia/winners/2011/media/index.cfm?award=4