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[連載:世良耕太⑧] 『レクサスGS』ハイブリッドシステムを開発した元F1技術者・佐藤俊男の「転身を支えた想い」

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F1ジャーナリスト世良耕太の自動車開発探訪

F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(ソニーマガジンズ)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー4』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

From TOYOTA

From TOYOTA

“先代”のレクサスに比べ、さらに40%近くの燃費向上を実現して脚光を集める『レクサスGS』の新型モデル

驚いた。「レクサスGSのハイブリッドシステムを開発したのは彼です」と紹介され、顔を上げると、見知った顔がそこにあったからだ。1987年にトヨタ自動車に入社した佐藤俊男さんである。

佐藤さんと既知の間柄なのは、彼がF1参戦活動の前線基地だったTMG(トヨタ・モータースポーツ。ドイツ・ケルンにある)に在籍していた時期、何度か取材をしたことがあるからだ。

2007年1月に取材した時、佐藤さんは2万rpmを目指したF1エンジンの開発について説明してくれた。GSが積むハイブリッドシステムの話もそこそこに、F1エンジンの開発から量産ハイブリッドシステムの開発へ転身した経緯について話を聞くと、おおよそ次のようなことが分かった。

日本に戻ってきて、ハイブリッドシステムを開発する部署で働くようになったのは2007年の末だったこと。以来、『レクサスGS』のハイブリッドシステム開発に携わっており、担当して初めて世に送り出すシステムであること。現在の肩書きは「HVシステム開発室」の室長であることなどなど、である。

2つの現場で磨いた「肌感覚」と「スピード感」でチームをけん引

「なぜまたF1からハイブリッドに?」という最初に頭に浮かんだ疑問をぶつけてみると、「面白そうだったから」というストレートな答えが返ってきた。

「ガソリンエンジンの開発はかなりやってきた。新しいことにチャレンジしたい気持ちがあったからです」

第一の疑問が解消すると、「F1のエンジンを開発していたエンジニアが、ハイブリッドシステムを開発する部署に移ってなじめるものだろうか?」という疑問が湧いてきた。この質問に対し、佐藤さんはこう答えた。

「いきなりシステム主査を任されました。モータースポーツ部だけではなく、量産エンジンの設計に5年間携わった経験が役に立ちました。『3MZ』という横置きV6エンジンに関しては、開発提案からラインオフまで一通りやりました。モータースポーツの経験しかなかったとしたら、量産部門の仕事になじむのは難しかったでしょう。でも、量産エンジンで一通り経験があったので、その経験をハイブリッドシステムに応用すればよかったのです」

応用、とはどんな風に。

「システム主査の仕事は全体の業務をまとめることが重要です。パワーや燃費といった目標性能だけでなく、コストや質量といった要件もあり、すべてをバランスさせ、決められた日程の中で進めていく必要がある。まとめる際に、何でもかんでも手を付ければ良いわけではなく、『これはまずいな』と感じたら、『ここは制御で工夫しよう』とか、『これは車両側で調整してもらおう』といったことを、肌感覚ですり合わせていくことが重要。条件反射的に”肌感覚”で物事を進められないと、全体をまとめるのは難しいでしょう。この感覚は、量産エンジンの開発で身に付けたものです」

From 世良耕太 量産エンジン開発に比べて、技術者の役割分担が進むF1開発。佐藤さんはそこで「垣根を打ち破る」マネジメントを学ぶ

From TMG

量産エンジン開発に比べて、個々の役割分担が進むF1開発。佐藤さんはそこで「垣根を打ち破る」マネジメントを学ぶ

そう聞くと、モータースポーツの経験は何の役にも立たなかったのかと寂しくもなり、少しは皮肉を込めて質問したくなるというものである。

「モータースポーツの仕事は国際的です。わたしはドイツやアメリカで仕事をしましたが、外国の人たちは仕事の役割分担が意外にはっきりしていて、協調しづらい面がある。相手の専門領域に踏み込んで行きづらい。わたしは技術のコーディネーターの立場としてその垣根を打ち破り、エンジニア同士の交流を活性化したつもりです。日本の企業では海外ほど役割分担が厳格ではありませんが、モータースポーツでの経験を活かし、組織横断的な交流を活発にするよう努めています」

開発のサイクルを早くするようになったのも、F1などモータースポーツの開発に携わった効果だ。冒頭で記したように、佐藤さんが2007年末に着手したプロジェクトが一応の形になるまで、4年を超える歳月を費やしている。量産部門ではごく標準的な開発スパンだろう。

一方、モータースポーツにおける開発のサイクルは極端に早い。F1の場合、レースとレースのインターバルは2週間が基本。2週間ごとに結果が求められるので、その間に前の結果から得た知見をフィードバックしなければならない。エンジンの場合、2007年以降は主要部品の開発が凍結されたが、佐藤さんがF1エンジンの開発に携わっていたころは、1年ごとにまったく新しいエンジンを設計していた。

「モータースポーツは何をやるにも早いですね。計算も早いし、試作も早い。その仕事の進め方も肌感覚になっているので、現在の部署で活かしています。特に先行開発。早く動かないと物事は先に進みませんから。モータースポーツでお付き合いのあったサプライヤーさんとは、今でも一緒にお付き合いをさせていただいています」

「自動車エンジニアに専門外などない」

From 世良耕太 「パワーがすべて」のF1エンジン開発から一点、燃費向上に励む佐藤さんだが、仕事には共通項もあるとのこと

From TMG

「パワーがすべて」のF1エンジン開発から一点、燃費向上に励む佐藤さんだが、仕事には共通項もあるとのこと

F1エンジン開発時代にはパワー向上に喜びを感じていた佐藤さんは現在、燃費向上に喜びを感じている。

「F1はパワー。ハイブリッドは燃費。一見するとまったく違うことのように思えるかもしれませんが、効率を追求する意味では同じで、今は燃費を良くすることにエンジニア的な喜びを感じています」

佐藤さんは、「根はエンジン技術者」と言ってはばからない。だから、エンジン技術者の視点でハイブリッドシステムをとらえている。

「ハイブリッドシステムはモーターやインバーター、バッテリーが組み合わさっていますが、実はエンジンが重要。エンジンの効率をどんどん上げるのと同時に、その効率の良いところをモーター、インバーター、バッテリーの組み合わせで上手に使うようにする。エンジンをどう使うかが、ハイブリッドシステムの要なんです」

20年、30年、いや50年先はすべてのクルマが電気自動車に置き換わっているとする未来予想図がある。この予想の中では、ハイブリッドはガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関が電気自動車に置き換わるまでの「つなぎ」という位置付けだ。

しかし、そうではなさそうなことが、佐藤さんの取り組みからうかがえる。極論すれば、エンジンは効率の悪い機関だ。その効率の悪さを補うべく、ハイブリッドシステムを利用する。そうして、エンジンが主役の乗り物を少しでも長く生き延びさせる。

佐藤さんとのやりとりから、もう一つ気付かされたことがある。自動車エンジニアに専門外などないということだ。新しい部署に飛び込み、肌感覚になった過去の経験と知識を活かせば、自分がその部署になじむどころか、既存の部署をダイナミックに活性化するポテンシャルがある。実践している人がいるのだから、間違いない。